表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第10部 『乙女たちの日々』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

406/502

伍妃/犬猿の友②

 それは二日前のことだった。

 強欲都市(グリード)の繁華街。とあるバーにて。


 二人の男が、カウンターでグラスを傾けていた。

 一人は三十代の男。白い紳士服(スーツ)を着こなした紳士だ。

 髪も整えられ、一流のビジネスマンの風貌である。


 もう一人は二十代半ばの青年。

 縮れた茶髪に丸い眼鏡をかけており、その姿は大学生のようにも見える。

 だが、


「……きひっ」


 その顔に、一般人とは思えない不気味な笑みを浮かべた。


「いよいよかい?」


「……ああ」


 紳士服姿の男が頷く。


「二日後、《夜猫(ナイトウォーカー)》が強欲都市(グリード)に来る。そのタイミングを狙う」


「おっ、そうかい。芽衣ちゃんが帰ってくんのか」


 眼鏡の青年は双眸を細めた。


「ラッキー。前から狙ってたんだよな。あのおっぱいを是非とも堪能したくてさ。ああ、それで言うのなら《雪幻花(スノウ)》の方は帰ってこないのかい?」


「……彼女はいない」


 グラスの酒で喉を潤して紳士服姿の男が言う。

 すると、「残念」と眼鏡の青年は額に手を当てた。


「《雪幻花(スノウ)》の方も愉しみたかったんだがな」


「剛毅だな」紳士服姿の男が青年を一瞥する。「彼女は怪物だぞ」


「きひっ、それでも女に過ぎねえよ。捕まえちまえば堕とし方はいくらでもあるぜ」


 額から手を離して嘆息する。


「まあ、いいさ。三輪華。まずは二輪から摘むことにすっか」


 眼鏡の青年は双眸を細めて、紳士服姿の男を見やる。


「契約だ。どう扱ってもいいんだよな?」


「ああ。構わん」


 一拍おいて、紳士服姿の男が言う。


「殺しても構わない。あの女がいては、私は自由になれないからな」


「きひっきひっ、綾香ちゃんも不遇だねえ……」


 青年は下卑た笑みで、紳士服姿の男の横顔を覗き込む。


「一番付き合いの長い隷者(ドナー)に裏切られるとはねえ」


「…………」


 男はグラスを傾けるだけで何も答えない。


「けど、殺しゃあしねえよ。もったいねえ。まあ、傷心の綾香ちゃんは俺らが可愛がってやんよ。芽衣ちゃんと一緒にな。だが、あんたは怯えなくてもいいぜェ」    


 そこで、きひきひっと笑う。


「なんせ、俺らの相手をして正気でいられた女はいねえしな。そんじゃあよ」


 眼鏡の青年は立ち上がった。


「二日後だ。連絡待ってるぜ」


「……ああ」


 紳士服姿の男が頷く。

 眼鏡の青年は片手を上げて去っていった。

 残された男はカランとグラスの中の氷を鳴らした。


(すべては覚悟の上だ)


 男の名は郷田和房(ごうだかずふさ)

 彼は西條家の先代当主から仕える臣下だ。

 そして綾香にとって二人目だった隷者でもある。

 綾香の信頼も厚い。

 けれども、彼は今の状況に不満を抱いていた。

 長年に渡って空白だった覇者の座。そんな強欲都市(グリード)に遂に(キング)が現れた。

 綾香はそれに即座に順応した。

 戦うのではなく、同盟を結び、実質的にNO2の地位を得たのだ。

 その手腕は、流石は先代のご息女だと思う。


 ――だが。


(……あなたはそれでよろしいのですか。お嬢さま)


 彼女が目指していたのは真の覇者の座だったはずだ。

 確かに今の彼女は強欲都市(グリード)を統括している。

 しかし、それはあくまで(キング)の代行に過ぎない。

 今の状況は、本来の目標通りとはとても言えなかった。


(お嬢さま……あなたは)


 郷田を始め、古参メンバーには思うところがあった。

 ――冷酷なる女帝。

 もはや、彼女はただの女になったのではないか。

 三輪華は揃って(キング)に手折られたという噂もある。

 実際に綾香は女王争奪戦の際、行方不明になった期間があった。

 その時、(キング)の女にされたのではないか。

 同盟を謳っているが、すでに彼女は(キング)に平伏しているのではないか。

 そう思う者が多かった。郷田もその一人だ。

 だからこそ、


(奴ら……そして私は贄だ。女帝を目覚めさせるための)


 彼女は今一度、知るべきなのだ。

 自分がどれほど醜く歪んだ世界にいるのかを。

 そのために、今回の実行犯にはこの上なく外道な輩を選んだ。


 ――《蛇噛(スネイクバイド)》。

 先程の眼鏡の男が率いるチームだ。


 快楽が第一で、混沌を好む刹那的な思想の連中だった。

 それだけに、今の統治された強欲都市に不満も抱いている。

 危険な連中だ。最悪の事態も考えられるが、真の女帝ならば打ち砕けるはず。

 苛烈な苦境でこそ、彼女は鮮烈に咲き誇るのだ。


 ただ《夜猫(ナイトウォーカー)》には申し訳なく思う。《蛇噛(スネイクバイド)》は極上な獲物であるほどしつこく喰らいつくので、たまたま帰還のタイミングを利用したのである。


(いずれにせよだ)


 郷田も立ち上がり、バーを後にした。


(もはや計画は止まらない。二日後にはすべてが変わる)


 心の中でそう考えていた。

 ……そう。

 そんな風に考えていたのだ。


 決行した当日。

 今、この瞬間が訪れるまでは――。


「……ふむ」


 そんな呟きが耳に届く。

鮮烈紅華(レッドリリィ)》が拠点にしているホテルのロビーにて。

 郷田は言葉を失っていた。

 このホテルに残っていた彼の部下たちもだ。


「……芽衣と綾香は留守なのか?」


 想定外の訪問者。

 帽子を被り、灰色の胴衣(ベスト)を着た紳士服(スーツ)姿の青年。

 強欲都市の王(グリード・キング)――久遠真刃は、そう尋ねるのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ