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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第10部 『乙女たちの日々』

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肆妃『月姫』/青い世界①

 肆妃『月姫』・蓬莱月子。

 彼女には悪夢がある。

 青色の悪夢だ。

 そこは真っ青な世界だった。

 遥か頭上の海面に光が見える世界。

 そこに月子は漂っていた。

 服は着ている。あの日(・・・)と同じ白いドレスだ。


(う、あ……)


 彼女の顔は苦悶で歪んでいる。

 その口から、ボコボコッと空気が零れ落ちていく。

 口元を両手で塞いでも、泡は抑えきれない。

 やがて呼吸が出来なくなり、同時に凪のようだった世界が荒れ狂い始める。

 月子の身体は激流に翻弄されていった。

 上下の感覚さえも分からない。

 ただただ苦しく、辛く、怖かった。

 そうして――……。



「―――ッ!?」


 パチリ、と。

 自室にて、月子は目を見開いて目覚めた。

 上半身を跳ね上げる。

 カハッと息を吐きだし、胸元を抑えて酸素を一気に吸い込んだ。

 最近寝間着代わりにしている燦とお揃いの大きなTシャツには汗が滲んでいた。


 ――はひゅ、はひゅ、はひゅ……。

 ややあって、呼吸もどうにか収まってきた。


(……熱い……)


 月子は、両手でシャツの襟首を引っ張った。

 伸縮性の高いシャツは大きく伸びる。素肌にも汗が浮かび上がっていた。


「…………」


 少し虚ろな眼差しでそれを一瞥すると、シャツを離した。

 続けて、息苦しさから、彼女はほぼ無意識に、もぞもぞと手を動かしていた。

 何かがベッドの上に、ポトリと落ちる。

 少し楽になって、月子は小さく吐息を零した。

 そうしてベッドから立ち上がり、机の上のスマホを取る。

 時刻を見ると、夜中の二時だった。


(……水……)


 それを思い浮かべると体が少し強張るが、今は水分が欲しかった。

 月子は自室を出て、キッチンに向かった。

 流石にこの時間では誰も起きていないようだ。

 キッチンでコップに水を注いでゴクゴクと呑み干した。

 一回では足りないので二回呑んだ。

 おかげで少し落ち着いてくる。

 月子はそのまま自室に帰ろうと思ったが、ふと足が止まる。

 暗い廊下もそうだが、何より直前の夢のせいで心細かったのだ。

 もう眠っていると分かっていても、自然と足はある部屋へと向かっていた。


 廊下を進んでいくと、おもむろに気付く。

 目的の部屋からまだ明かりが漏れていることに。

 そうして部屋の前まで辿り着いた月子はその場で固まってしまった。

 こんな時間に訪れては迷惑だと分かっているので、ノックが出来なかったのだ。

 すると、


『……誰だ?』


 部屋の方から声を掛けられた。

 月子がビクッと肩を震わせると、すぐにドアが開かれた。

 その部屋から出てきたのは、こんな時間でもまだ仕事でもしていたのか、白いYシャツと黒いジーンズ姿の真刃だった。


「月子か?」真刃は眉根を寄せた。「どうした? こんな時間に?」


「い、いえ」


 月子は手を動かしながら、しどろもどろになって説明する。


「の、喉が渇いたから水を……そしたら、その、たまたまおじさまの部屋から明かりが見えたから、す、すぐに帰ります」


「…………」


 真刃は双眸を細めた。

 そして、


「……月子。お前を抱くぞ」


 そう告げて、少ししゃがんで彼女を軽々と持ち上げた。

 月子は一瞬、「ひゃあっ……」と声を上げた。

 正面から抱きかかえられつつ、真刃の首筋に両手を回す。

 深夜のこの時間帯。そして彼の部屋の前。

 以前ならここで盛大に勘違いしていたところだが、今はもう誤解はしない。

 ――そう。抱くは抱き上げるだ。


「……怖い夢を見たのか?」


 真刃に優しい声で問われて、月子は躊躇いつつも頷いた。


「……そうか」


 真刃は月子を抱きかかえたまま、ドアを閉めて部屋に戻った。

 そうして月子をベッドの縁に座らせて、自身は腰を屈めて月子と視線を合わせた。


「どんな夢を見たのだ?」


 真刃がそう尋ねると、月子はキュッと唇を噛んで、


「……昔から時々見る夢です」


 訥々と語る。


「海の底で溺れる夢……あの日から……」


 またあの夢だった。

 あの日の記憶ではない。

 その夢も見るが、あれは彼女のトラウマが形となった悪夢だった。

 月子の肩が小刻みに震える。

 そして泣き出しそうな顔で真刃を見やると、両腕を広げた。


「お、おじさま……抱っこ……」


「……ああ」


 真刃は、すぐさま月子を再び抱き上げた。

 背中をポンポンと叩く。


「……ううゥ……」


 月子は真刃の背中を掴んで、力一杯に抱き着いた。

 きゅうっと胸の奥が鳴った。

 大きな安心感が心を包んでくれる。


「……月子」


 真刃は、月子の髪を撫でながら口を開く。


(オレ)が知っているのは金羊から聞いた事実だけだ」


 そう切り出して、


「一人で抱え込んでいては辛いだけのこともある。ゆっくりでいい。お前の過去のことを話してくれないか」


「…………」 


 月子は無言だ。ただ真刃にしがみつく力が強くなる。


「それが嫌ならお前の父や母のことでもいい。(オレ)に聞かせてくれないか」


「…………」


 月子は真刃の肩に顔を埋めたまま答えない。


(オレ)はお前の傍にいる。月子を一人にはせぬ」


 真刃は優しい声でそう告げた。

 そうして月子は「……うん」と頷いた。


「あれは三年前。私が九歳の頃……」


 真刃の腕の中で、月子は語り出す。


「海の上でお父さん(パーパ)お母さん(マーマ)がいなくなった日」


 彼女にとって忘れられない悪夢を。




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