第八章 天を照らす紅き炎⑥
骸鬼王はまず爆炎で迎え撃った。
巨腕を大きく横に薙ぎ、煌龍たちを呑み込んでいく。
第一陣はそれで払えた。
しかし、煌龍たちは恐ろしいほどの大群だった。
第二陣が爆炎の余波を突破して骸鬼王に喰らい付いてくる!
腕、肩、脚。胴体に絡みついてくる龍もいる。
骸鬼王はそれらを捕らえて喉元や龍体を握り潰す。
倒された煌龍は炎の海に沈み込んで還元されるが、すぐさま別の場所で復活した。
ただでさえ数百にも及ぶ数でありながら、幾度も蘇るらしい。
骸鬼王は体に絡みつく煌龍たちを両腕で引き剥がしつつ、アギトからの赫光で、炎の龍の大群を薙ぎ払った。
――ギュボッッ!
横に薙ぐ赫光に触れるだけで煌龍の体は両断されていく。
あくまで骸鬼王と比較しての話だが、個体としてはそこまで強くはない。
体長こそ長いが、体躯自体はずっと小型である。
だが、煌龍たちは不滅にして無限だった。
粉砕した傍から、太陽に還元されては復活する。
そして不滅ゆえに、その攻撃はすべて捨て身だった。
破壊されることなど気にもかけない。
前衛が粉砕されたのなら、その残骸を乗り越えて次が襲いかかってくる。
それが全方位から押し寄せてくるのだ。
『……グウッ!』
煌龍の一頭を引きちぎりながら、骸鬼王が呻く。
絡みついてくる龍たちへの対応が追い付かない。
隙あらば喰らいつく。強固な骸鬼王の体躯を一度で砕くほどの咬筋力はないようだが、わずかずつながらも削られていく。
骸鬼王は肩に喰らいつく煌龍の頭部を握り潰した。
だが、代わりの煌龍が絶えず襲い掛かってくる。
(……まずいな)
骸鬼王の中で真刃が眉をしかめた。
大スクリーンは煌龍の大群で埋め尽くされている。
常人ならば恐怖で震えるような光景だ。
このままでは埒が明かない。
それどころか、押し切られる可能性が高かった。
いや、事実上、数が無限ならば凌ぎ切れる道理がない。
これほどの乱戦になっては全身の動きが一歩遅れる時があった。常に重圧をかける《制約》がここに来てさらに重い錨となってきた。
真刃は無言で骸鬼王の足元の炎海に目をやった。
全容さえも分からない恐ろしく巨大な象徴だ。
しかし、
(全力の《災禍崩天》ならば半分は崩せるか)
直感でそう判断する。
とは言え、この煌龍たちの猛攻の前ではその隙も作れないか。
真刃は頭上に目をやった。
そこには宙に浮かぶ杠葉の姿がある。
「…………」
真刃は強く拳を固めた。
すると、
『……主よ』
猿忌の鬼火が口を開いた。
『躊躇しているような余裕はないぞ』
「……分かっておる」
真刃は小さくそう呟いた。
直後、骸鬼王がアギトを杠葉に向けた。
象徴の破壊が困難であるのならば、術者本人を狙うしかない。
そうして杠葉に向けて赫光が放たれた!
――しかし。
すう、と。
杠葉は赫光に対し、神刀を十字に振るった。
すると、赫光が十字に斬り裂かれた。
分割された赫光は杠葉に直撃することなく後方へと消えていった。
「神刀・《火之迦具土》か……」
どこか安堵しつつも、真刃は表情を険しくした。
相も変わらず恐ろしい霊具だった。
だが、杠葉はそれを防御に回しているようだ。
攻撃は象徴に任せ、自身の防御は神刀を以て対応するつもりなのだろう。
あれを突破するには生半可な攻撃では無理だった。
それこそ、全力の《災禍崩天》が必要になってくる。
『すべてにおいて厄介な女だな』
忌々し気に猿忌が言う。
――と、その時だった。
……ズズズ。
骸鬼王を囲う煌龍たちが一斉に鎌首を高く上げたのだ。
そしてアギトを開く。
そこからは炎が溢れ出ていた。
攻撃を察した骸鬼王は両腕を交差して身構える。
一斉に業火の砲撃が撃ち出されたのは、その直後だった。
百にも至る業火は爆発しない。
ただ、全方位からの砲撃は一つの巨大な火柱となって骸鬼王を呑み込んだ。
全身に絡みついていた煌龍たちごとだ。
骸鬼王は、溶岩流を纏う灼岩の王。
炎熱に対しては絶対にも等しい耐性を持つ火焔山の化身だ。
しかしながら、火の神の巫女の一撃は王にも届くほどに強力だった。
――ゴオオオオオオオオオッッ!
巨大な火柱の中で、骸鬼王の巨躯が徐々に削られていく。
このままでは相当に危険だった。
だが、骸鬼王が動く前に杠葉はさらなる一手を打った。
天を衝く火柱の中。
骸鬼王と共に炎に呑まれた煌龍たちの体躯が膨れ上がっていったのだ。
その異変には真刃もすぐに気付いた。
(――まずい!)
すぐさま煌龍たちを引き剥がそうとするが一歩遅かった。
煌龍たちの巨大化は限界にまで達した。
龍体の至るところに亀裂が奔り、光が溢れ出てくる。
そうして、
――ゴウンッッ!
大爆発を起こした!
骸鬼王の巨体を丸ごと呑み込むような衝撃である。
炎の海に烈風が吹き荒れた。
「………」
その様子を遥か上空で杠葉は見つめている。
密着状態からの自爆。
さしもの骸鬼王とてただでは済まないはずだ。
しかし、杠葉は確信している。
ただで済まないと言っても、それで決着する訳もないことを。
「これで終わりじゃないでしょう。真刃」
そう呟いた。
事実、骸鬼王は健在だった。
爆発によって巨躯の一部が崩れてはいたが、戦闘不能ほどではない。
だが、この状況は極めてまずかった。
衝撃で足元に造っていた外殻が破壊されて、全身が炎の海の中に沈んでしまったのだ。
今もどんどん巨体が沈んでいっている。
このままだと、太陽の中核にまで落ちていくかもしれない。
その場合、骸鬼王であっても圧力に耐え切れない可能性があった。
『……主よ!』
猿忌は、鬼火を震わせて進言する。
『改めて言うぞ。あやつは躊躇できる相手ではない』
「…………」
真刃は無言で拳を固める。
『このままでは敗北は必至だ』猿忌はさらに語った。『だが、それは主にとっても、あやつにとっても本意ではあるまい』
一拍おいて、
『やはり、あれを使うしかあるまいて』
「……分かっておる」
真刃は険しい表情を見せつつもそう返した。
そして、
「己もすでに覚悟はできておる」
そう告げた。




