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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第2部 『炎の刃と氷の猫』

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プロローグ

 シン、とした空気に包まれている。 

 そこは、とても広い部屋。

 一面に畳が敷かれ、周囲は襖で覆われた広大な和室だ。 

 そこに今、五人の人間がいた。

 上座に当たる場所に座る五人の人物。

 薄布に覆われた人物を中心に、補佐たる四人が座っていた。

 右側には七十代の老人が二人。いかにも好々爺といった小柄な人物と、対照的な大柄な人物。

 二人とも和服を着こなしている。

 守護四家の当主たち。


 志岐守豪気と、四奈塚達也。

 意外にも『豪気』という大仰な名を持つのが、小柄な老人の方だ。


 左側には若い人物が並ぶ。

 一人は三十代前半。

 黒いスーツを纏う精悍な顔つきの青年だ。名を墨岡克哉と言う。


 そしてもう一人。彼は薄布に覆われた人物を除くと最も若い。

 二十代後半の男性である。


 ただ、容姿は少し不健康そうだ。体格は不摂生さを感じる痩せ型。伸ばしっぱなしのぼさぼさの髪をうなじでくくり、窪んだ眼差しを見せている。

 大門家の若き当主にして教職にも就く青年。大門紀次郎だ。


「……御前さま」


 大門は視線を薄布に覆われた上座に向けて告げる。


「もうじき、参られるそうです」


『……そうですか』


 その声は薄布の奥から聞こえてきた。

 術を用いているのか、それとも薄布の効果なのか。

 その声は老人なのか、若者なのか、男性なのか女性なのかも分からない奇妙な声だった。

 守護四家の当主の一人ではあるが、大門は御前さま――火緋神家の当主の姿を見たことがなかった。恐らくそれは他の三家の当主も同じだろう。 

 分かっていることといえば、御前さまはご高齢であり、慈悲深き女性であること。

 そして、守護四家の当主たちを遥かに凌ぐ力量を持っていることぐらいだ。

 むしろ、御前さまについて詳しい者といえば――。


「……失礼いたします」


 不意に部屋の外から声がする。

 侍女の声だ。


「天堂院さまが、おいでになられました」


『……お入り頂いてください』


 御前が告げる。

 すると、すっと襖の一つが開かれた。

 そうして一人の人物が入ってくる。

 大門たちの表情が、微かに警戒するものに変わった。


 ――一言でいえば、不気味な老人だった。

 着ている服は茶系統の和服。双眸は髑髏のように窪んでいるのだが、その奥の眼差しは妖しいほどに輝いている。頭部は年齢のせいか剃髪、代わりに白い髭であごを覆っている。背は高く背筋は真っ直ぐだ。体格はかなり大きく、高齢でありながら杖もついていない。足腰も全く揺らぐことなく、普通に歩いていた。


 それこそが、一番不気味な点だった。

 この老人は、すでに百三十歳を越えているという話だ。

 だというのに、精気も覇気も、まるで劣えていないのである。


 怪物。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 ――そう。怪物。


 天堂院九紗(てんどういんくじゃ)


「……ふん」


 天堂院老は、御前の対面に当たる場所に、ふてぶてしく座った。

 次いで腕にあごを置き、瞳を大きく剥きだして、ギロリと御前を見据える。


「こんな老人を呼び寄せるとは、いい身分になったものだな。火緋神の」 


『……あなたが老人の範疇に入るのですか』


 御前は言う。


『それに、今回の会談はあなたの方から提案したこと。ならば、あなたが足を運ぶのは当然だと思うのですが? 天堂院殿』 


 そう告げる彼女の声にはわずかにだが、不快感が宿っているように聞こえた。

 守護四家の当主が微かに眉をひそめる。

 温厚な御前さまにしては、とても珍しい対応だ。


「……ふん。貴様に比べれば充分に弱っておるわ」


 と、天堂院老が言う。


「相変わらず貴様は年長者を敬うという気遣いが足りんようだな」


『まさか、私に忖度でも期待しておられるのですか? 我々はそのような友好的な関係でもないでしょうに』


 御前は、かなり辛辣だった。

 この二人が対峙するところは初めて見るが、大門たちは困惑してしまう。

 あまりにも普段の御前さまらしくない。

 明らかに、天堂院老に対し、嫌悪感さえ抱かれているようだ。


「……御前さま? いかがなされました?」


 志岐守老がそう声をかけると、御前は小さく嘆息した。


『いえ。古き知人と再会し、少々気持ちが昂ってしまったようです』


 御前さまと、天堂院老は古くからの知り合いということだ。

 恐るべきことに、大正時代からの顔見知りらしい。

 要は、天堂院老こそが、唯一御前さまの姿を知る者ということだ。

 ただ、それも数十年前までのことだろうが。

 彼らが対峙するまでには、実にそれだけの年月が空いているのだ。 


 火緋神家の当主と、天堂院家の当主。

 互いにこの国の引導師を牽引する立場にありながら、ほぼ絶縁状態にあった。


 それが、今回、天堂院家からの呼びかけで対談が成立したのだ。

 出来れば、友好的に進めたいというのが守護四家の総意だった。

 それは、天堂院側としても同じことだろう。


「……ふん。小娘が」


 天堂院老は苦笑を零した。


「まったく変わらんな。一世紀も前のことをいつまでも引きずりおって。まあ、よいわ。ここは儂が折れてやるのが年長者というものだな」


『…………』


 御前は沈黙する。まだ何か言いたいことがあったようだが、


『……そうですね』


 会談を不和で終わらせたくはない。

 御前も折れることにした。


『私と、あなたの因縁はあくまで私人としてのこと。失礼いたしました』


「いや、構わん。儂も大人げなかったようだ」


 と、お互い儀礼的に告げる。これでとりあえず和解だ。

 大門たちは内心で少し安堵する。


「では、早速本題に入るか」


 そんな中、天堂院老は膝の上に肘を置いて話を切り出した。

 その窪んだ眼差しで、薄布に覆われた同じ時代を生きた者を見据えて。


「のう。火緋神の」


 古の時代より生きた者は告げる。


「貴様。今の時代の引導師どもの質をどう思う?」

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