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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第9部 『百年乙女―天照紅炎―』

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第四章 過去と未来①

「――……以上が報告となります」


 そう告げて両手を床に突き、深々と頭を下げる男性。

 そこは火緋神家本邸。御前の間。

 頭を垂れる男性は火緋神家の諜報部隊に所属する引導師だった。


『なるほど。報告ありがとうございます』


 薄いヴェールに覆われた上座にて御前さまが告げる。


『もう下がって頂いて構いません』


「は。では失礼いたします」


 男性は退室した。

 これで御前の間にいる者たちは六名だ。

 御前さま。その傍らに控える火緋神本家の火緋神巌。

 そして二人の左右を固める大門紀次郎を含む守護四家の当主の面々だ。


『流石に負傷者は免れませんでしたが……』


 一拍おいて、御前さまは言う。


『死者と行方不明者が出なかったことは幸いでしたね』


 先程の男性が報告したのは、先日の名付き我霊(ネームドエゴス)・《死門(デモンゲート)》が起こした事件における被害に関してだった。


 この街すべての引導師を巻き込んだ前代未聞の大事件。

 まるで事故に巻き込まれたかのような理不尽な状況ではあったが、通信機器が封じられていなかったことが幸いしたようだ。引導師たちは互いに連絡を取り合い、危機的な状況には近くの者が応援に駆けつけ、非戦闘系の引導師も可能な限り保護した。

 元々引導師は、家系や組織に所属して徒党を組んでいることが多いため、孤立が少なかったことも良い方向に転がる結果になったのだろう。


 ただ、それでも完全にフォローすることは出来なかった。

 確認したところ、戦死者こそ出なかったが、乱戦の中で攫われた女性引導師もいたそうだ。

 死人に捕らえられて影の中に引きずり込まれたとのことだ。

 嫌でも最悪の結末を想像した。

 だが、彼女たちは、気付けばこの街のいずこかに放り出されていたらしい。


 何故、拉致した者をわざわざ解放したのか……。

死門(デモンゲート)》の死体人形が次々と倒れていったことに関係するのかも知れないが、結局、大乱戦となった事態は、当事者たちもよく分からない内に終息したそうだ。


 火緋神家を完全に蚊帳の外にして。


「よもや封宮(メイズ)で我らを封じ込めようとはな……」


 と、守護四家の一人。和装を纏う七十代の老人が呻く。

 志岐守家当主・志岐守豪気である。


「報告によれば天堂院家も封じられていたそうですな。人食いの化け物が小賢しい。我らの参戦を恐れたのでしょう」


 と、語るのは三十代前半の男性だ。

 黒いスーツ姿で正座する精悍な顔つきの青年。

 墨岡家当主・墨岡克哉だ。


「紀次郎」


 墨岡は対象的な白いスーツを纏う大門に目をやった。


「お前は幸いにも外にいたのだろう? どうにか出来なかったのか?」


「残念ながら」大門はかぶりを振った。「私では力不足でした」


「いや、それでもお前ならば何かしらの策を――」


 と、言葉を続けようとする墨岡を「まあ待て。墨岡」と巌が制した。


「確かに大門は聡明な男だ。しかし、あの混沌とした状況だ。流石に難しいだろう。それよりも私は今回、各家の本邸の位置に問題があると感じた」


 ボソリとそう提言する。視線が巌に集まった。


「火緋神本家の守護のためとはいえ、各分家の本邸が近すぎるのだ。そのため、今回は各家の多くの主力たちが封じ込まれてしまった」


 守護四家の本邸は、火緋神家本邸を守護するため、四方に配置されている。

 天堂院家もまた、有力な分家の本邸は比較的に近くにあるそうだ。

 本家に不測の事態が起きた時、すぐに駆け付けるための配置なのだが、封宮が生み出された今代においては、周辺ごと封印されてしまうリスクが浮き彫りになったようだ。


「本邸自体はそのままで良いとしても、人員はある程度、分散も考えねばならんな」


「それに加え、封宮そのものに対する手段も考える必要がありますな」


 巌の台詞に続くのは、志岐守老の隣に座る老人。

 四奈塚家当主・四奈塚達也だ。


「ああ。そうだな」巌も頷く。


 それからヴェールに覆われた御前さまに顔を向けて、


「各家の人員の分散。そして封宮に対する研究と対策班を立ち上げようと思います。よろしいでしょうか、御前さま」


『ええ。それでお願いします』


 御前さまのシルエットは、ゆっくりと頷いた。


『すべては巌さんに一任します』


 そう告げた時だった。

 不意に御前さまは口元を押さえて、ゴホゴホとせき込んだ。


「御前さま!」「ッ!」「御前!」


 巌を始め、守護四家の当主たちも軽く立ち上がった。

 それに対し、御前さまは片手で制す。


『……大丈夫です。いささか風邪が尾を引いていたのでしょう』


「……御前さま」


 巌は眉をしかめて告げる。


「どうか、お側に主治医をお付けになってくださいませんか。それが無理だと仰られるのでしたら、せめて専属の女給だけでも」


『いえ。私の身を案ずる必要などはありません』


 そう返して、御前さまは巌に顔を向けた。


『あなたは私などではなく火緋神家の未来を見据えてください』


「……御前さま」


 巌は母に「しっかりしなさい」とたしなめられた少年のような顔をした。

 が、すぐに表情を引き締めて、


「確と承知しております。ですが、何卒ご自愛を」


 そう言って頭を垂れる。

 それに倣うかのように守護四家の当主たちも深々と頭を下げた。


『ええ。気を付けておきます』


 御前さまは頷いた。


『今日の会議はここまでにしておきましょう。巌さん。後は頼みます』


「――は」


 巌は首肯する。

 巌たちは「失礼いたします」と告げて御前の間から退室した。

 残された者は御前さま一人だけである。

 そうして、


「あ~、あ~、あ~」


 ヴェールの中で彼女は自分の喉を触ってとても若い声を出した。


「ゴホン、ゴホン……ダメね」


 苦笑を零す。


「私って演技が下手よね。わざとらしすぎて心配かけるなんて」


 そう言って和装の女性が立ち上がる。


「けど、巌さん」


 彼女は彼が退室した襖に目をやった。


「あなたに火緋神家の未来を見据えて欲しいのは本当よ」


 いかなる未来が自分に訪れてもいいように。

 こうして、徐々に表舞台から消えていく。

 それが下手な演技までした彼女の狙いだった。


(……私の……)


 彼女はそっと自分の胸元に片手を当てた。

 そして、ポツリとこう呟いた。


「一体、どこへ向かうのかしらね。私の未来は……」




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