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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第9部 『百年乙女―天照紅炎―』

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第三章 遠き日の名前④

 数瞬の間が空いた。


(……な、に?)


 唐突に七奈の口から飛び出た名前。

 その全く予期せぬ名に、思わず真刃は目を剥いた。


 ――久遠刃衛。

 無論、知っている。

 真刃が知らないはずがない。


「……やはりご存じなのですね」


 真刃の様子から察して七奈は言葉を続ける。


「……『久遠』?」


 一方、六炉が真刃の横顔を見やる。


「真刃の親戚の人? 男っぽい名前だから桜華の時とは違う?」


「……当然だ」


 真刃はようやっと言葉を紡ぐ。


(オレ)が名を与えた女は桜華だけだ。そして桜華と同じにするなど極めて遺憾だ。あれは最悪の男だった。久遠刃衛。(オレ)の忌まわしい父の名だ」


「真刃のテテ上さま?」


 六炉は目を丸くした。


「……やはりそうなのですか」


 七奈は双眸を細めた。


「ヤハハ。ね。ボクの言った通りでしょう。七奈ちゃん」


 その傍らで八夜が楽し気に笑っている。


「絶対に騙りなんかじゃないって。だって、あのお爺さんからは隠しきれないぐらいの外道さが滲み出てたからね。お父さんの同類か、それ以上だと思ったんだ」


 一拍おいて、


「後ろにいた二人もね。彼らはボクに似ていた気がするよ。けど、そうなると、あの日うちに来たお爺さんが、お義兄さんの制作者(・・・)ってことになるの?」


「……八夜くん。その言い方は失礼よ」


 直球すぎる夫を七奈が窘めようとする。

 が、真刃は気にせず「よい」と手を向けた。


「製作者と言えばそうなのだろう。だが、あの男はとうに死んでいるはずだ」


『……そうだな』


 その時、ボボボと真刃の傍らに鬼火が現れた。

 それは骨を持つ猿――従霊の長・猿忌の姿に変わる。


『よもやその名を聞くとはな。だが、それはすでに過去のモノだ。本人ではあるまい。仮に生きていれば、あの男は天堂院九紗よりも永く生きていることになるからな』


「え?」八夜が目を瞬かせる。


「そこまでお爺ちゃんだったの? お義兄さんのお父さんって?」


 続けてそう尋ねる。七奈も神妙な面持ちで真刃の方を見据えていた。

 八夜の方は良くも悪くも純粋な好奇心からの質問だと思うが、七奈の方は、こちらの情報を少しでも入手しようという意図が読める。

 七奈は六炉が大切に想う異母妹だ。ある程度ならば真刃の素性などの情報を開示してもいいとは思うが、今はそれ以上に気になることがあった。


「いずれにせよ、わざわざ(オレ)の父の名を天堂院家に対して名乗る以上、何かしらの目的があるのだろう」


 ――父の名を名乗る老人。

 無論、本人ではないと思うが、その忌み名をわざわざ名乗る意図が気になる。


「その男は何の目的で天堂院家に近づいてきたのだ?」


 という真刃の問いに、


「……彼らが来訪したのは五月初旬のことでした」


 七奈が答える。


「先程もお伝えしましたが、従者は二人。十五歳ぐらいの少年と、顔は確認できませんでしたが、恐らく少女でした。『久遠刃衛』は六十代の老人です。彼らの目的は……」


 そこで七奈は眉根を寄せた。

 次いで後頭部で腕を組む八夜と、キョトンとした六炉に目をやった。


「どうしたの? (なっ)ちゃん?」


「……いえ。その……」


 七奈は気まずそうに視線を異母姉から逸らした。

 すると、八夜が「ヤハハ!」と陽気に笑って、


「確かに言いにくいね! ボクから言おうかい?」


「……えっと、それは……」


 七奈はさらに困った顔をして言い淀んだ。


「ヤハハ。えっとね。六炉姉さん」


 すると、八夜は珍しくいつもの身勝手すぎる行動力からというより、七奈の困った顔をどうにかしてあげたくて語り始めた。


「結局あのお爺さん。自分の作品をうちに売り込みに来たんだ」


「……売り込み?」


 六炉は小首を傾げた。


「そのお爺さん、セールスマンだったの?」


「ヤハハ! ある意味ね」


 八夜は陽気に笑う。


「自分の作品。多分、ボクらと同じ存在であるあの子たちを売り込んできたんだ。性能を試してみたくないかって。そしてその性能が満足のいくものだったら……」


 そこで彼はあごに手をやって、青い双眸を細めた。


「その血を取り込んでみないかって。要は子供を作ることを前提に、現時点で最高性能のボクか六炉姉さんの隷者にしてみないかってさ」


「……む」


 その台詞には六炉も流石に不快になった。


「そんなのやだ」


 そう告げて席から立ち上がり、


「六炉はもう真刃のお嫁さんだから。他の人なんてやだ」


 真刃の首に後ろから強く抱き着いた。


「ボクだって嫌だよ」


 八夜は肩を竦めた。


「だってボクのお嫁さんは七奈ちゃんだけだからね」


「……二人の意見はともあれ」


 七奈が嘆息しつつ、真刃に告げる。


「あの老人は、実に効果的な口説き文句を父に告げました」


「……それはなんだ」


 キナ臭さを覚えつつ真刃がそう尋ねると、


「あの老人はこう言ったのです」


 一拍おいて、七奈は一言一句、老人の言葉をなぞる。


「『行き詰まっているのだろう? このままでは届かないと気付いておるのだろう? 小生の生み出した「久遠(くどう)真刃(しんは)(おう)()」にはな』」


 一瞬の静寂。


「なん、だと……?」


 呆然と真刃がそう呟き、猿忌は軽く目を剥いた。

 これもまた、あまりにも想定外な名前だったからだ。



 ――久遠(くどう)真刃(しんは)(おう)()



 もはや本人と猿忌以外は誰も知らない真刃の本名である。

 それこそ、桜華も、杠葉も、紫子さえもその名前は知らない。


 ――真なる刃を携えて、王へと至る儀を行う。


 そういった意味を込めていると、幼き日に父に聞いた。

 だが、父の思惑など真刃にとっては心底どうでもよいことだった。

 当人にしてみれば、ただ長いだけの煩わしい名前だ。

 ゆえに、今の今まで忘れていたぐらいだ。


『……主よ』


 猿忌が神妙な声で呟く。真刃は「ああ」と頷いた。


「古い名を持ち出したものだ。確かにただの騙りではないようだな」


 真刃は七奈を見据える。


「それで総隊長……お前の父はどう応じたのだ?」


「……その場では返答しませんでした。老人の方もあの日はただの顔見せのつもりだったのでしょう。あっさりと引き下がっていきました。ですが」


 七奈は肩を少し落として息を吐いた。


「老人の提案はかなり父の琴線に触れたようです。性能を試す機会の場と、有用と判断した場合の相手として、四我お兄さまと八夜くんを挙げて、そして半ば諦めつつあった六炉お姉さまの捜索を本格的に再開いたしました」


「え? ホント?」


 真刃から顔を離して目を丸くする六炉。


「ムロはもう真刃のお嫁さんなのに」


「その件では案ずる必要はない」


 真刃は指を組んで言う。


「六炉の望まぬことをしようとするのであれば誰であれ潰すまでだ。だが」


 一拍おいて、


「その『久遠刃衛』の映像はないのか? 写真でもよいのだが」


「それならばここに」


 七奈はUSBを取り出した。


「本家の防犯カメラの画像データのコピーです。アナログな手法ですが、下手にネットを介してお渡しするよりも確実かと」


「ああ。感謝する」


 真刃はUSBを受け取った。


「後で確認しよう。『久遠刃衛』が何者なのかは(オレ)の方でも探る。だが、七奈。八夜」


 真刃は二人に目をやって、


「恐らく危険な人物であることには違いない。父の名を名乗った時点ですでに外道なのは確実だからな。ゆえに重々に警戒せよ」


 そう強く警告した。

 どうにも嫌な予感を抱えながら――。



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