第一章 強欲者たちは語る①
五月の中旬ごろ。
早朝。フォスター邸の執務室にて。
真刃は執務席に座り、もはや定例となったリモート会議を行っていた。
相手はいつも通り西條綾香だ。
長い黒髪に、鮮やかな紅で彩る唇。
女帝の美貌は健在だ。
以前、真刃が懸念していた疲労も少しは改善したのか顔色も良い。
ラフな私服姿である真刃に対し、朝でありながらイブニングドレスを纏っている。
だが、今日の参加者は彼女だけではなかった。
ノートPCのモニターは二つに分割されている。
もう片方に映し出されているのは、三十代の男性だった。
扇子を片手に持った和装の人物。
チーム《崩兎月》を率いる、実質的な強欲都市のNO3。
――千堂晃である。
『やあ。久しぶりやね。久遠君』
細い目をさらに細めて千堂が挨拶をする。
「ふむ」
真刃は千堂に目をやった。
「珍しいな。千堂。お前が会議に出るとは」
前述した通り、もともと千堂は強欲都市のNO3だ。
強欲都市における代行者である綾香が真刃の右腕ならば、左腕と呼べる人物である。
従って、この会議にはいつでも参加できるように招待はしていた。
だが、千堂はこれまで一度も参加することはなかった。
『いやあ、ごめんなあ』
扇子で自分の頭を打って千堂が謝罪する。
『最近ずっと工房に籠っててん。けど、ようやく満足いくモンが出来てな。折角やし、いの一番に久遠君にお披露目しようと思うて』
言って、千堂がモニター内でしゃがんだ。
そして次に現れた時に手に持っていたのは、精巧な人形だった。
『おおッ!』
と感嘆の声を上げたのは机の上に置いていたスマホ――金羊だった。
『凄いっス! 今にも動きそうな躍動感! ぶるんっていう擬音が聞こえてきそうっス!』
『おおッ! やっぱり久遠君の式神君は見る目があるやん!』
と、千堂が嬉しそうに笑う。
彼の手に持たれた人形。
それは陸妃・天堂院六炉の人形だった。
黒い拘束具によく似たスーツの上に、愛用の花魁の着物を羽織り、和傘を手に片足で跳躍しようとしている姿だった。台座には二本の氷柱もある。
「……そういえば交渉するとか言っていたな」
真刃は思い出す。
この人形を作るために千堂は真刃の軍門に降ったといっても過言ではなかった。
強欲都市の平定後、六炉とモデルの交渉をしていたことは知っていたが、現物がこうして誕生したということは交渉に成功したということか。
『ふっふっふ。これだけとちゃうで』
千堂はさらに笑う。
そうして再び身を屈めて、もう一体の人形を取り出した。
『おおッ! 今度は芽衣ちゃんっス!』
金羊が感嘆する。
次に出てきたのは芽衣の人形だった。
白色のセーターに黒いロングスカート。満面の笑顔でひまわりの花束を両手で抱きしめており、長い栗色の髪がふわりと舞って、その場で一回転した造形だった。
『芽衣ちゃんは模擬象徴の許可はおりんかったから私服姿やねん。《崩兎月》内でも特に要望が多かった「ゆるふわお母さん」モードの芽衣ちゃんや』
『おお~』金羊が声を零す。
『流石はAKIRA先生っス! 見事なクオリティっス! 出来れば月子ちゃんのもお願いしたいっス!』
そんなことを言い出した。
真刃の方は、何とも言えない顔を見せていた。
見事な造形とは思うが、流石に自分の妻たちの人形を見るのは複雑な気分だった。
一方、綾香は深々と嘆息し、
『……千堂。朝から何してるのよ。あなたは……』
『いやいや。安心しいや。西條ちゃんのもちゃんと完成しとるから』
『へ?』
綾香はキョトンとした顔をした。
千堂は三度しゃがむと最後の一体を取り出した。
『どや! これが最後の新作や!』
と、千堂が自信ありげに語る。
それは綾香の模擬象徴の人形だった。
背中からは六本の巨大な蜘蛛の脚。その内の四本は台座へと突き刺さり、残り二本は翼のように天に伸びている。そして綾香本体はほぼ裸体だ。青白い紫色の肌に四肢や腹部、双丘には黒い模様が浮かんでいた。攻撃直前のシーンなのか、表情は鋭く、長い髪を躍動させて腕を交差して構えている。
『なんで私のまであるのよ!』
綾香が勢いよく身を乗り出して叫んだ。
『あなたの趣味は聞いてたけど、創作の許可なんて出した覚えはないわよ!』
『いや、ほら、こないだ西條ちゃんから連絡くれたやろ? そん時、話のついでな感じで聞いたら「あ~はいはい」って許可くれたやん』
『それは許可じゃないわよ!』
綾香が叫ぶ。
流石の彼女も、自分の精巧な人形には赤面モノだった。
しかも、よりにもよって自分でも際どいと思っている模擬象徴の姿である。
『壊しなさい! 破棄しなさい! 今すぐ!』
『イヤや!』
千堂が即答する。
『むしろ、これに一番時間がかかったんよ! 三体揃ってグリードガールズや! これは間違いなくボクの代表作シリーズになるで!』
『人の人形を勝手に代表作にするな! そもそもシリーズって何よ!』
綾香が激怒する。
しかし、千堂はどこ吹く風だ。
パンと扇子を開き、
『ともあれ、おかげさまで満足のいく仕上がりになったで』
「……そうか」
全く話についていけていないが、真刃は頷く。
「お前がひと段落着いたと言うのならばよい。何かと綾香にばかり負担をかけてしまっていたところだ。これからはお前にも頼らせてもらおう」
『アハハ。ほどほどに頑張りますわ』
細い双眸を微かに開けてそう告げる千堂。
綾香は未だ憤慨していたが、何はともあれ、
「さて」
真刃は指を組み、一拍おいて、
「では、そろそろ今日の定例会議に入るぞ」
そう告げた。
第9部、先行第2弾です!
2022年の最後までに第3弾ぐらいは投稿するかもしれません。
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