第八章 想いの寄る辺⑦
……ゴフウッ。
骸鬼王が大きく火の息を零した。
《制約》の強制解除。
そのダメージは絶大だった。
真刃は息を切らせて、滝のような汗をかいていた。
闇の中に広がる鬼火たちも騒めいている。
無尽蔵の体力を誇る真刃が息を荒くすること自体、異常なことなのだ。
(あの時以上の激痛か……)
口元を片手で押さえて双眸を細める。
骸鬼王ならば《制約》を一時的に解除もできる。
かつても一度したことだ。
だが、あの時でもここまでのダメージはなかった。
これは真刃にとっても想定外だった。
確かに今回の魂力の総量、従霊たちの数はあの頃以上だ。
その影響もあるだろうが、それでも異常なほどの激痛だった。
『……主よ』
真刃の身を案じて鬼火の一つ――猿忌が声を掛けてくる。
『大丈夫なのか?』
「……問題はない」
一拍おいて、真刃は言う。
「久方ぶりだったからな。いささか強烈だっただけだ」
と、猿忌には告げる。
事実、精神的なダメージは想像を絶するモノだったが、体自体は非常に軽い。
一時的にでも《制約》が完全に解除された証明だ。
(恐らく《制約》は強制解除するたびに激痛が増すといったところか……)
真刃はそう判断する。
常人ではそもそも一度だけでも強制解除が出来ないため、真刃以外の事例はないのだが、まず間違いないだろう。
(三度目は己であっても相当な覚悟がいるな)
ようやく息を落ち着かせつつ、真刃は思う。
ともあれ、今は御影だ。
「《制約》が復元するまで十五分といったところか」
『……ふむ。そのようだな』
と、猿忌が同意する。
骸鬼王の黒い鎖は復元し始めているが、その速度から再び繋がるまで十五分と考える。
幸いと言うべきか、この復元速度の方は前回と同じ程度だった。
「この十五分で決着をつけるぞ」
真刃の宣言に、従霊たちは輝きを以て応えた。
と、その時だった。
――ズンッ。
対峙する夜空の剣神が一歩前に歩を進めたのだ。
左右の光剣を自然体で携えている。
(……なるほどな)
その構えを見ただけで真刃は察した。
あの象徴は御影の分身。御影の剣技を忠実に再現できるのだと。
(あやつの二刀など、己も知らぬが……)
真刃は双眸を細めた。
いずれにせよ御影の剣だ。
決して侮ってよいモノではない。
――と、考えた瞬間だった。
(――なにッ!)
真刃は目を見開いた。
およそ六十メートルに届く剣神の巨体が音もなく移動したのである。
同時に黒と白の斬撃が骸鬼王の胸部で交差し、炸裂した。
衝撃が骸鬼王の巨躯を揺らす。
「―――く」
真刃は舌打ちする。
骸鬼王の巨躯は城砦の如く強固だ。
今の一撃で崩れることもない。
しかし、こうも容易く懐に入られるとは。
骸鬼王は右腕を振るった。
だが、その時にはすでに剣神は間合いから遠ざかっている。
あの巨体で流れるような歩法だ。
剣神は、左右の剣を水平に広げた。
反射的に骸鬼王は両腕を交差させる。と、
――ガガガガガガガガガガガガッッ!
刹那、無数の斬撃が襲い掛かってくる!
剣神の両腕が霞むほどの乱撃だ。骸鬼王の両腕が削られていく。
(二刀は攻撃特化の型か)
真刃はそう睨んだ。
骸鬼王が強固であることを想定して、それを斬り崩すための双剣らしい。
まさに、あの剣神は骸鬼王と戦うために造られた存在ということだ。
双剣の連撃はなお続く。
だが、骸鬼王も圧されたままではない。
アギトから炎を噴き出し、赫光を撃ち出した!
《制約》を解除した骸鬼王の出力は、これまでとは比較にもならない。
触れもせずに大地を溶解させて、赫光は夜空を撃ち抜いた。
――そう。撃ち抜いたのは夜空だった。
直前、剣神は横に移動。赫光を回避すると同時に斬撃を喰らわしてくれた。
そのまますれ違うように剣神は走り抜けた。
『相も変わらない大技頼りだな』
剣神が――いや、御影がそう告げる。
『昔からお前は大雑把すぎるのだ。そんな雑な攻撃など届かんぞ』
『オオキナ、オセワダ』
骸鬼王が振り返り、右腕を振るった。
剣神を巻き込むように次々と爆炎が広がっていくが、それも届かない。
剣神は、その巨躯で人と変わらない動きをする。
羽を思わせるほどの軽やかな加速で爆炎の射程から逃れていく。
そうして爆炎が消えると同時に跳躍。左の黒剣で骸鬼王の肩口を斬りつける!
――が、
『………む』
――ガギンッッ!
それは首を動かした骸鬼王の角によって防がれる。
膂力では骸鬼王の方が遥かに勝る。黒い光剣は大きく弾かれた。
剣神は骸鬼王の巨躯を蹴りつけて後方に跳び、再び間合いを取った。
剣神は、再び双剣を自然体で構えた。
対する骸鬼王は、大きく火の息を零した。
『オマエコソ、カルイケンダ』
骸鬼王――真刃は言う。
『ソレデハ、オレハ、クズセンゾ』
『ふん。それはどうかな?』
剣神は、黒剣の切っ先を骸鬼王に向けた。
『我が白剣は鋭さにおいて並ぶモノはない。そして我が黒剣は……』
一拍おいて、彼女は告げる。
『我が復讐心より生まれた炎だ。黒剣はそれで斬りつけた傷を黒い炎で焼き続ける。その炎は決して消えはしない』
『…………』
指摘されて、骸鬼王は自身の腕に目をやった。
確かに斬りつけられた損傷には、黒い炎が纏わりついていた。
それもほとんどの損傷にだ。
白剣による損傷が、すでに復元されている訳ではない。
どうやら白剣で斬りつけた箇所に、黒剣で追い打ちをかけていたようだ。
あの乱撃の中で恐ろしいほどの剣技の精度である。
『その炎で焼かれている限り、お前であっても再生できないと思え』
少しだけ得意げな声で彼女が言う。
この緊迫した戦闘で、真刃は思わず口元を綻ばせた。
……懐かしい。
剣のことになると、あいつは少し得意げになる癖があった。
改めて目の前にいるのが、あの御影であるのだと感じた。
そんな真刃の心情を知ってか知らずか、
『せっかく《制約》を解いたのだ』
剣神が言う。
『これが全力という訳ではないだろう?』
『……フン』
対する骸鬼王は、鼻を鳴らした。
『イイダロウ』
そうして破壊の王は告げる。
『ココカラハ、ゼンリョクダ。シカトウケトメロヨ。ミカゲ』




