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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第1部 『骸鬼王の館』

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第八章 千怪万妖骸鬼ノ王④

(……ぐ、なるほど。そう来たか)


 立ちこもる土煙の中で、真刃は双眸を細めていた。

 ズキン、と強く痛む右脇腹。流石に脂汗も出てくる。

 これは肋骨の二、三本はやられたか。


(本当に強欲な奴だな。ゴーシュ=フォスター)


 どうやら、ここで真刃を打ちのめし、勝負をご破算にするつもりらしい。

 安直ではあるが、実にあの男らしいとも思う。

「さて」土煙を盾で払いながら、真刃はゆっくりと立ち上がった。


『……真刃さま』


 その時、身に纏った刃鳥が、声を掛けてきた。

 彼女の声色は、とても辛そうであり、同時に憤懣に満ちていた。


『申し訳ありません。わたくしがついておりながら、真刃さまに、そのようなお怪我をさせてしまうとは』


 それから、底冷えするような声で。


『あの男、始末致しますか?』


「そういきり立つな」


 真刃は小さな声でそう返すと、苦笑いをして見せた。


「あれでもエルナの兄だ。殺すのは忍びない。だが、あの男と、これからひたすら殴り合うのも厄介だな。羽鳥だけでは苦戦は免れまい」


 すでに猿忌、羽鳥、赤蛇の三体を召喚している。

 これ以上の召喚は《制約》が発動してしまう。それでは返って弱体化することになる。

 それに加えて、この負傷だ。

 戦況は、あの男に傾いていると言わざるを得なかった。

 だが、ここで敗北すれば、エルナもかなたも奪われてしまう。

 この世界に来て、ずっと傍で支えてくれたエルナも。

 少しだけ、笑うことを望むようになってくれたかなたもだ。


(……それは……)


 かつての大切な少女たちのことが脳裏によぎる。

 自分が躊躇ったため、永遠に失うことになった少女たちの姿が。


(……もう二度と御免だな)


 真刃は、双眸を細めて口角を崩した。


「そうだな。今回は無茶をすることに決めた。久しぶりに、深奥(・・)に赴くことにしよう」


『ッ! 真刃さま』刃鳥が息を吞む。 


「今の我らの総力では、部位顕現であっても精々一分が限界だろう。《制約》を破るのもまず無理だろうな。だが、それでも充分だ。依代はこの館にする。悪名とはいえ、(オレ)の名を勝手に借用していたのだ。その程度の代価を要求してもよかろう」


 横たわる女の遺体を一瞥して、真刃が告げる。


「それに今回の件。エルナの扱いについても、かなたの件に対しても。結局のところ、(オレ)も奴には相当腹が立っている」


『……承知致しましたわ。では』


 羽鳥がそう呟くと同時に、真刃を覆っていた鎧が、ボロボロと崩れ落ちていった。

 黒いスーツ姿に戻った真刃は、肩の埃を軽く払う。

 そして、彼は命じた。


「猿忌と赤蛇を除く、すべての従霊に告ぐ。(オレ)の元に集え。(オレ)に器を与えよ」



       ◆



『――見えたぞ!』


 その時、猿忌が叫んだ。

 エントランスに飛び出した黒鉄の虎の前には大きな扉が見える。

 骸鬼王の館の正門だ。だが、唐突に、その扉がどんどん遠のいていく。

 五十メートル、百メートル。館の構造を無視した変化だ。


『――事象操作か。させん!』


 猿忌が咆哮を上げた。途端、エントランス全体が震え、遠のく扉が止まった。

 しかし、代わりにぞわぞわと屍鬼が床や壁から現れ、立ち塞がる。


『まだ結界は健在だ! 叩みかけるぞ!』


 猿忌の指示に「はい」と応えたのは、背に乗るかなただった。


『やっちまいな! お嬢!』


「――《断裁(リッパー)》」


 赤蛇の声援を背に、かなたはそう呟くと、両手に持つ二刃のハサミを、三メートル近くまで巨大化させた。切っ先が床にこすれて火花を散らす。


「――ふっ!」


 そして、かなたは小さな呼気と共に二刃を勢いよく放り投げた。

 華奢な腕からは考えられない膂力で撃ち出された巨大すぎるハサミは、円弧を描いて回転し、左右から扉へと向かう。立ち塞がる屍鬼どもを次々と薙ぎ払い、二刃は交差した。

 途端、扉の前の空間に大きな亀裂が発生する。

 二刃は空中で徐々に一メートル半ぐらいのサイズに戻り、かなたの腕に戻った。

 空間の亀裂は、すぐさま端から復元しようとする。


「お嬢さま」


「うん。分かってる!」 


 エルナは頷いた。そして猿忌の背中の上にすっと立つ。

 次いで、小さく息を吐くと、龍頭の棍を強く握りしめた。

 直後、龍頭に変化が現れる。 

 龍頭から尾が伸び、腕が生え、数メートルの龍体と化す。デフォルメ化していた龍頭自体はリアルな風貌へと変わり、エルナは棍を左右に操って神楽のように紫龍を舞わせてから、大きく棍を振りかぶった。

 そして――。


龍牙(ド・ラ・ゴ・ン)……」


 エルナは、全力で龍を投擲した!


絶咬(ランチャ―――)ッ!」


 棍から解き放たれた紫龍は飛翔する。龍体は空中でさらに倍化。十メートルにも至った。

 そして紫龍は、妨害する屍鬼どもを爪牙で食い破り、扉へと向かう!


「グオオオオオオオオオ――ッ!」


 咆哮を上げる紫龍。だが、その時、一際巨大な我霊が紫龍の前に立ち塞がった。

 獣のようにひしゃげた両足に、異様なほどに巨大な右腕。背中からは無数の骨が飛び出ている。首はなく、巨大な右肩に、苦悶の表情をした三つの人面を浮かび上がらせた怪物だ。

 他の屍鬼とは負の濃度が違う。恐らくは危険度Cクラスの我霊だろう。


「がああああああああああああッッ!」


 巨大な我霊は右腕で紫龍の頭を掴むと、その場に押し留めようとする!

 ――ガリガリガリッ!

 と、我霊の両足が床を削って火線を引く。

 流石はC級我霊か。紫龍の勢いは少しずつ抑え込まれていった。


「――くッ!」


 エルナが呻く。と、不意にかなたが跳んだ。

 彼女は龍尾の端に着地するなり、二刃のハサミを両手に持って疾走。瞬く間に龍頭まで辿り着くと「《断裁(リッパー)》」と呟き、我霊の右腕を半ばまで切り裂く!

 太い血管から、どす黒い血が溢れ出た。


「ッ!? ぐがああああああああああああああああああああッ!?」


 我霊は絶叫を上げた。すると、その絶叫が呼び声だったのか、天井から数体の我霊がかなたに向かって降ってくる――が、

 ――ザンッ!

 かなたは二刃を繰り出し、屍鬼どもを微塵に切り裂いた。

 降り注ぐ肉片は舞姫のように華麗にかわし、かなたはC級我霊の肩を蹴りつけて跳躍、空中で弧を描きつつ、疾走する猿忌の背に着地した。


「ナイスよ! かなた!」


 エルナは弐妃を褒める。と、同時に自分の右手の手首を押さえて指鉄砲の構えを取った。


龍咆(ド・ラ・ゴ・ン)……」


 エルナがそう呟くと、紫龍がアギトを開いた。我霊の三つの人面が目を見張る。

 そして、エルナは渾身の魂力を紫龍に注いで叫んだ!


劫火(フレア―――)ッ!」


 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!

 響く轟音。驚くべきことに、仮にも布製でありながら、紫龍が火を吐いたのだ。 

 零距離でまともに火炎を浴びた我霊は、再び絶叫を上げた。

 紫龍は巨大な龍体を唸らせて、炎に包まれた我霊の巨躯を天井にまで弾き飛ばした。そうしてその勢いのまま、扉に向かい、牙を突き立てる!


 ――ゴウンッッ!

 紫龍は、遂に正門の扉を粉砕した。

 亀裂が入っていた空間が粉々に割れて、館には大穴が穿たれる。

 館を飛び出た紫龍は、勝鬨のような咆哮を上げた。


『――よし!』


 猿忌も一気に加速し、群がる屍鬼を無視して館から飛び出した。


「やった!」


 エルナが口元を綻ばせる。

 庭園を疾走する黒鉄の虎。屍鬼どもはなお追いすがろうとしていたが、縄張りに束縛されているため、庭園まで追うことはかなわず、エントランス内でただ呻いていた。

 猿忌は徐々に速度を落として、ゆっくりと旋回、館に目をやった。


「どうにか外に出れたね」


 エルナがホッと息をつく。が、すぐに表情を改めて。


「けど、お師さまは……」


 愛する人は未だ戦場だ。不安が胸を押し潰そうとする。


(……お師さま。ううん。真刃さん)


 弟子ではなく、女の顔でエルナはキュッと唇を嚙む。


(……? 何だろう?)


 ただ、少しだけ疑問に思う。

 師を名前で呼ぶと、何故か、心がとても弾むのだ。

 好きな人を名前で呼んでいるからと言えば、そこまでだが……。


(何か違うような気がする)


 エルナが、微かに眉根を寄せていると、


『主なら大丈夫であろう。しかし、兄の方には一切気を遣わんのだな』


 猿忌が苦笑した、その時だった。


『……ム』


 猿忌が、足を止めて双眸を鋭くする。


『おっ、兄者。こいつは』


 と、かなたの肩にいる赤い蛇も目を細めた。しゅるしゅる、と虎の頭の上に移動する。


『……これは珍しい。主がこんな無茶をするとは。我霊か、もしくはゴーシュ=フォスターの方かも知れんが、主の機嫌を相当損ねたらしい』


 言って、黒鉄の虎は夜空を見上げた。赤い蛇もそれに倣う。


「? どうしたの? 猿忌?」


 エルナ、そしてかなたの方も、つられるように空を見上げた。

 すると、そこには――。


「え? 流れ星」


 エルナが呟く。二十を少し越えた数の光が、夜空を横切っていた。

 ただ、星の輝きとは違う気がする。まるで炎のような光だ。


「……綺麗。まるで精霊の群れみたい」


 エルナがそう呟くと、


「……? あれは」


 かなたは眉根を寄せた。

 何故か、あの光たちに見覚えがあるような気がしたのだ。

 エルナが精霊と称した光たちは、不意にあり得ない軌道を取る。

 骸鬼王の館の上空で数瞬だけ留まると、館へと降り注いだのである。

 エルナも、かなたも目を丸くした。


『うわあ、オレらってハブっすか、兄者』


『仕方があるまい。我らは、エルナとかなたを守らねばならぬからな』


 と、赤い蛇と黒鉄の虎がやり取りする。  

 エルナとかなたは、ますます小首を傾げていた。


『いずれにせよ』


 猿忌は笑う。  


『これで勝敗は決したな』









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