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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第8部 『百年乙女―騒乱疾駆―』

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第七章 ブライド・ハント⑧

 ゆらり、と。

 膨大な数の触舌は天へと伸びた。

 月光と星明りに照らされるその姿は大樹のようだ。

 ビルの屋上に鎮座する神木である。

 神木は先端から、ゆっくりと四方に裂けていく。

 そして、

 ――ゴウッッ!

 雪崩のごとき勢いで桜華へと襲い掛かる!

 桜華は跳躍で回避。代わりに屋上への昇降口が呑み込まれた。

 吹き荒れる土煙。

 コンクリート片が触舌の濁流の中に砕けて消えていった。


「……やはり悪食だな」


 屋上の別の場所へと着地して、桜華は言う。


「よくそんなにも食えるものだ」


「ご心配なく」エリーゼが鼻を鳴らして返した。


「この程度では前菜(オードブル)にもなりませんわ。主菜(メインディッシュ)のあなたは、余すことなく喰らい尽くしてあげますから」


 そう宣言すると同時に、触舌の濁流が弧を描いて動き出す。

 まるで鎌首をもたげる大蛇――いや、ここまで巨大ではもはや龍か。

 いずれにせよ、触舌は桜華へと襲い掛かる!

 桜華は前方へと跳躍して、触舌の攻撃をかわしつつ、光剣を突き立て斬り裂いた。

 無数の触舌がはじけ飛ぶが、この程度ではエリーゼには痛痒もない。 

 桜華が着地した直後に、濁流から零れ落ちるように伸びた複数の触舌が、背後から襲い掛かってくる――が、


「……ふん」


 桜華は振り返ることもなく、剣閃を繰り出した。

 光の剣による結界は、触舌を微塵に斬り裂いた。

 しかし、その間に本流が軌道を変えた。


 迫る触舌の濁流。

 けれど、桜華は見向きもせず駆け出した。

 目的は触舌の本体。すなわちエリーゼだ。

 石切りを思わすような勢いで間合いを詰める桜華だが、エリーゼは微笑を崩さない。

 直後、

 ――ズズンッッ!

 ビルそのものが揺れた。


「――うおッ!」「きゃあ!」


 唖然として、完全に傍観者になっていた蒼火とルビィも影響を受けて思わず声を上げる。

 桜華も足を止めた。

 その瞬間だった。間欠泉のように屋上のフロアから触舌が飛び出してきたのは。

 桜華は光の刃で迎撃しながら回避する。


「――クッ!」


 舌打ちしたのは蒼火だった。

 その攻撃は余波ではあるが、蒼火も巻き込むモノだった。

 どうにか風で直撃の軌道を逸らし、炎で迎撃する。

 なお、ルビィは触舌の一つに腰を抱きかかえられて、上空へと避難させられている。

 フロアから突き出す触舌の槍は止まらない。

 桜華はともかく、蒼火は早くも限界を迎えようとしていた。

 その時、桜華たちの頭上に影が差した。

 見上げると、そこにはルビィを脇に抱えたエリーゼの姿があった。

 彼女の腹部からは、さらに触舌が溢れていた。

 それはドームのように広がっていく。それが月の光を遮ったのだ。


 桜華は初めて舌打ちした。

 そして、周辺の触舌を一息で両断。掻き消えるような速度で移動すると、蒼火の襟を掴んで隣のビルへと跳躍した。

 ギュンっと何故か一度、錐もみ回転したが、無事、蒼火を連れて隣のビルに着地する。


「――ぐおッ!」


 桜華に襟首を離されて尻餅をつく蒼火。

 と、その時、ガガガガガガッと凄まじい轟音が響いた。

 蒼火が目をやると、触舌のドームがビルの上層階を呑み込むところだった。


「……何だ、あれは……」


 流石に唖然とする。

 あまりにも規模の違う力だ。

 だが、同時に納得もする。

 確か、あの女は先程 《屍山喰らい(デスイーター)》と呼ばれていた。


 その名は蒼火も知っていた。

 ――いや、知らない引導師などいないだろう。


 かの七つの邪悪の一角の眷属にして妻。

 最強にして最悪クラスの名付き我霊(ネームドエゴス)の一体である。

 もはや、伝承の中の存在だといっても過言ではない。この結界領域を展開した《死門(デモンゲート)》とも、ドーンワールドを襲撃した《宝石蒐集家(トイコレクター)》とも格の違う相手だった。


(一体どういう状況なんだ……)


 どうして、そんな大物が現れるのか。

 あの女(ルビィ)とはいかなる関係なのか。

 または《死門(デモンゲート)》とも何か関係があるのか。

 あまりに多すぎる情報に、蒼火は困惑していた。

 すると、


「動揺しているか? 少年」


 傍らに立つ女性がそう声を掛けてきた。

 蒼火はハッとして彼女を見据える。

 そう言えば、彼女も一体何者なのか。

 突如現れて、あの怪物と互角に渡り合う彼女は――。


「……貴女は何者なんだ?」


「……『私』の素性はどうでもいいことだな」


 彼女は苦笑を零す。


「いま重要なのはあの女がここにいることだろう」


 その言葉に、蒼火は渋面を浮かべた。


「……確かにそうだな」


 素性の確認は後でもできる。

 まずは生き延びることが最優先だった。

 蒼火は立ち上がった。


「今はあの怪物をどう凌ぐかだな」


「……いや、それも最も懸念すべき事としては外れているな」


「……なに?」


 彼女の指摘に、蒼火は眉をひそめた。


「それはどういうことだ?」


 蒼火が率直に問うと、彼女は言った。


「忘れるな、少年。あの女が誰の妻であるかということを」


 そう告げられて、蒼火はハッとした。


「――まさか」


「ああ。そうだ」


 エリーゼを見据えたまま、彼女は言った。


「この地には今、かの七つの邪悪の一角。《恒河沙剣刃(ゴウガシャケンジン)餓者髑髏(ガシャドクロ)》が潜んでいるということなのだろうな」









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