第六章 蒼い夜③
「まったく」
走るSUVの車内にて。
「どうにも己は気遣いが足りんようだな」
ハンドルを握りながら、真刃はそう呟いた。
「燦や月子にもそうだが、茜たちにも後見人としてもっと配慮しなければな」
続けてそう言う主に、助手席で顕現した猿忌は嘆息した。
『あの娘たちの心情に寄り添うことは重要だと思うが……』
猿忌は言う。
『主は意外と人たらしのようだ』
『いや、それは今さらっスよ。猿忌さま』
と、真刃のスマホに宿る金羊も口を開いた。
『きっと茜ちゃん、今頃キュンキュンしてるっスよ』
一拍おいて、
『特にご主人って不幸な生い立ちの子には甘いっスからね。かなたちゃん然り。月子ちゃんも然り。何気に芽衣ちゃんやムロちゃんもっスね。あの双子ちゃんも、これからきっと無意識に甘やかされるんスよ。これはもう未来の捌妃ズっスかね?』
『……ふむ。あの双子は十三だったな。また平均年齢が下がってしまうか』
あごに手をやって呟く猿忌に、
『いやいや、そこは桜華ちゃんが漆妃になるからもう誤差みたいなモンっスよ』
金羊がそんなことを言う。
刃鳥も『まあ、そうですわね』と同意する。
「……お前たちは」
真刃は嘆息した。
「すぐにそちらに結び付けるな。言っておくが、あの二人に関しては、要相談ではあるが必要であれば己の養子に迎えることも視野に入れているぞ」
そう告げる真刃に目を丸くする従霊たち。
「あの二人には後ろ盾がない。引導師としても一般人としてもだ。あの二人の才を利用せず、なおかつ二人を守り通せる強力な保護者が必要なのは確かだからな」
『……確かにそうだが』
猿忌が腕を組んで『う~む……』と唸る。
『その件は本当に要相談だな。双子との相談もそうだが、エルナたちともだな』
芽衣や六炉はすんなり受け入れそうだが、エルナとかなた、刀歌にとっては、自分とほぼ同世代の義娘が出来るのだから、さぞかし複雑な気分になるだろう。
燦と月子に至っては、自分よりも年上になるのだからさらに複雑だ。
「分かっておる。あくまでそれも視野には入れているということだ」
まあ、この話は後でだな。
真刃はそう言って、話を打ち切った。
そうして一時間ほどSUVを走らせて、真刃はある場所に到着した。
幾つかのコンテナ船が停泊した倉庫の並ぶ港だ。
見覚えのある場所である。
かつて燦が攫われて象徴を発現させた場所である。
だが、あの時、破壊した倉庫は完全に復元されている。
火緋神家御用達の修復屋の成果である。
真刃はSUVから降りると、因縁ある倉庫へと足を向けた。
倉庫の扉は開いていた。
――カツン、カツン、カツン。
真刃の足音だけが響く。
倉庫内は薄暗いが真刃にとっては昼間と変わらない。
壁のように積み立てられた荷にぶつかることもなく進んでいく。
そうして――。
「……おう。よく来てくれたな」
倉庫の一角。コンテナの上。
そこに一人の青年が待っていた。
真紅の髪に、同色の隻眼。
さらには真紅の棍を肩に担いだ、異国の道着を纏う青年である。
「……ふむ」
真刃は双眸を細める。
「髪や瞳の色は違うが以前ここで遭った男だな」
一拍おいて、
「お前が《黒牙》の王とやらでいいのか?」
「ああ。そうだ」
青年――王はコンテナから跳び下りた。
「かくいうあんたは《未亡人》の旦那で合ってんだよな?」
「お前の言う《未亡人》とやらが桜華であるのならばな」
真刃は嘆息した。
「どうも、お前の知る話と色々と相違点はあるようだが、説明するのも面倒だ。ここはそう認めておこう」
「おう。そうかい」
王は棍を両肩に担いで、軽くストレッチを始めた。
「そこが合ってんのなら充分さ。俺の目的、事の経緯はもう理解してんだよな?」
「お前のメールは一読したが……」
真刃はかぶりを振った。
「随分とろくでもない賭けをしたものだな。綾香も六炉もあやつは拗らせておると言っておったが、それを実感する内容だったな」
「あんな極上の女を放置し続けたあんたも悪いんじゃねえか?」
屈伸しながら王は言う。
「《未亡人》はあんたに本気で惚れている。なのにあんたが長々と放置すっから、きっとあんなおっかねえ女になったんだぜ?」
「あやつの性格は昔からだ。だが……」
真刃は双眸を細めた。
「お前の言葉にも一理ある。あやつの現状は己の愚鈍さが招いたことだろうな」
言って、一歩間合いを詰めた。
「あやつの積年の想いと向かい合う義務が己にはある。まあ、己としては文句もあるがな。かなたの件、そしてお前のメールから判明した燦と月子の件に関してもだ。こればかりは流石にあやつに強く抗議せねばなるまい」
「ふ~ん……」
クルクルと真紅の棍を回して、王は呟いた。
「文句とか抗議ってのはよく分かんねえが、結局のところ、あんたに《未亡人》を手離す気は全くねえってことだよな?」
「……………」
真刃は数秒ほど沈黙する。が、
「そう捉えてもらって構わん」
ここにまできて否定するのは無粋であり、不誠実だった。
「あやつは己の妻だ。だからこそここに来たのだ」
真刃は、はっきりとそう告げた。
「……そうかよ」
王はニヤリと笑った。
「分かり易くていいぜ。俺は《未亡人》が欲しい。だからここであんたを殺すぜ?」
言って、真紅の棍を真刃に向けた。
「ましてやあんたは崩の仇でもあるんだしな」
「……ふん」
一方、真刃は鼻を鳴らした。
「宣言通りに一人で待っていたことには感心したぞ。だがな……」
右腕を横に伸ばす。
すると、コンクリートフロアに亀裂が奔り、石片が真刃の腕を覆っていった。
数秒後には、炎を噴き出す岩の巨腕と化していた。
「それは蛮勇だと知ることになるぞ。小僧」
真刃はそう告げた。
そうして一気に圧力が増した。
A級の我霊であっても逃げ出すような威圧である。
かつては王もこの殺意の奔流には呑まれたものだ。
だが、今は違う。
「……はン」
王は棍を強く握りしめて、なお不敵に笑う。
「蛮勇上等だ。若さを舐めんなよ。おっさんよ」
一拍おいて、
「そんじゃあ惚れた女を賭けた戦いを始めるとすっか」
宣戦布告を果たした。




