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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第8部 『百年乙女―騒乱疾駆―』

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第六章 蒼い夜②

 その時、神楽坂茜は一人で廊下を歩いていた。

 その表情は、何かを迷っているようだった。

 事実、彼女は悩んでいる。


「…………」


 視線を下にして歩き続ける。


(……どうして)


 (キング)から告げられた提案。

 それは彼女にとって想定外そのものだった。

 まさか、普通の世界に戻れるような機会をくれるとは……。


(……葵は)


 妹もまた困惑していた。

 ただ、素直なあの子は(キング)の提案を純粋な厚意として受け取ったようだ。

 困惑も一般校か、引導師養成校に通うかに向いている。


 しかし、茜は違う。

 素直に厚意など信じられない。

 何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

 そのせいか、彼女は自然と執務室へと足を向けていた。

 そうして、執務室の前で止まる。

 睨みつけるようにドアを見据える。


 (キング)の真意を問い質すべきだ。

 しかし、何と問えばいいのか。

 そもそも聞いたところで彼が答えてくれるのか。

 そんなふうに悩んで立ち止まっていると、


 ――ガチャリ、と。


(………え?)


 いきなりドアが開いた。

 茜が目を丸くすると、そこには(キング)がいた。

 ドクンっと鼓動が跳ねる。


「む。茜か?」


 (キング)が茜を見やり、そう告げる。

 恐らく初めて名を呼ばれた瞬間だ。


「は、はい」


 茜は思わず直立不動の姿勢で返事をした。


「どうした? (オレ)に用があったのか?」


「い、いえ、そんな、用というほどでは……」 


 と、言いかけたところで、茜は気付く。

 (キング)は灰色の胴衣(ベスト)に、同色のスラックス。黒のネクタイを身につけている。それは彼の仕事着ではあるが、今は灰色の帽子も被っていた。外出する様子だった。


「どこかに出かけられるのですか?」


「ああ。私用でな」


 (キング)は苦笑じみた笑みを見せる。


(オレ)に用があるのなら歩きながら聞こう」


「え? あ、はい……」


 茜は思いがけず、彼と並んで歩くことになった。


「用とは学校の件か?」


 廊下を進みながら、(キング)が問うてくる。

 茜は困惑しつつも、思い切って聞くことにした。


「あの、どうして私たちに一般校に行く機会をくれたのですか?」


「……余計な真似だったか?」


 茜に視線を向けて、(キング)が尋ねてきた。


「ふむ。お前たちがすでに引導師(いんどうし)として生きる覚悟をしておるのなら、確かに余計な真似だったやもしれんな」


「い、いえ! 違います! 機会をくれて嬉しいです!」


 茜は慌てて否定した。


「け、けど、私たちの前のリーダーとかはそんなことを言ったことなんてなくて……」


 そう告げて、ギュッと拳を固める。


「結局、私たちは道具だったんです。珍しくて便利な道具……」


 茜は唇を強く噛んだ。


「私たちがこんな力を持っていたから、お父さんとお母さんは殺されたんです……」 


 そう呟く。


「……そうか」


 (キング)は足を止めた。


「芽衣の出自もそうだが、どれほど月日が流れてもやはり業の深い世界だな」


 言って、彼は嘆息した。


「……(キング)


 茜も立ち止まり、彼の顔を見上げた。


「私たちはどうなるんですか? いえ、私はどうなってもいいです」


 ギュッと両手で彼の服を掴んだ。


「私はどうなっても……けど、葵だけは……」


 茜は今にも泣き出しそうな表情で(キング)の顔を見つめた。


「葵にだけは普通に生きて欲しいの。あの子にだけは幸せになって欲しいの。普通の世界であの子だけは……」


「……………」


 茜の懇願に、彼は静かに耳を傾けていた。


「すまんな」


 ややあって、(キング)はそう告げた。


「お前たちを気遣ったつもりが、却って不安を抱かせてしまったか」


 彼は腰を屈めて、茜と視線を合わせた。


「お前たちがいかなる道を選んでも否定はしない。その言葉に偽りはない。だが、今のだけは受け入れられぬぞ」


「………え」


 茜が青ざめた顔で目を見開いた。

 妹も見逃すつもりはない。

 茜はそう捉えたが、


「お前が犠牲になってどうするのだ」


 (キング)は言う。


「それで葵が喜ぶのか? 姉を犠牲にして彼女は幸せになれるのか?」


「………え?」


 茜は目を瞬かせた。


「お前が犠牲になる未来など論外だ。幸せになるのなら二人ともだ。どうすればいいのか。それを二人で話し合うがよい」


「話し合う……?」


 茜は茫然と反芻した。

 (キング)は頷く。


「妹が大切であるのならば尚更だ。そうして、お前たちが話し合って決めた道ならば(オレ)は全力で支えよう。お前たちの後見人としてな」


 そう告げると、ポンと茜の頭を軽く叩いて、


「案ずるな。(オレ)がいる限り、お前と葵が不幸になることはない。断じてだ。お前たちは自分の選んだ道を真っ直ぐ進めばよい」


 茜は言葉もなく、ただ茫然としていた。


「今はゆっくりと考えよ」


 最後にそう告げて、(キング)は再び歩き出した。

 茜はその背中を追う。巨漢の獅童に比べると、彼の体格はずっと小さいのだが、その背中はとても大きくて広く見えた。

 ややあって玄関に到着する。と、


「茜」


 おもむろに振り返って、(キング)は彼女の名を呼んだ。


「は、はいっ」


 茜は小さな体を震わせた。


「武宮たちには警告しておるが、(オレ)が不在中、騒がしくなる可能性がある。まあ、その場合、素性からわざわざここまでの経緯まで記したことに潔さを覚えた(オレ)としては、全くもって期待外れな結果になるのだが……」


 ふっと苦笑いを零す。


「その時はただ潰すだけだな。ここに関しても今の(・・)専属従霊が後れを取るとは思わんが……そうだな。お前たちは、今宵は月子の傍にいてくれるか?」


「それは……月子さまを守れということですか?」


 緊張した面持ちで茜がそう尋ねるが、彼はかぶりを振った。


「そうではない。あの子は今、タチの悪い男につけ狙われているからな。先程会った時もやはり緊張していた。お前たちにはあの子の友人として傍にいて欲しい。それに――」


 一拍おいて、


「月子の傍にはエルナたちや六炉もいる。最も安全な場所だ。我ながら、今頃この台詞が出るとはな。やはりお前たちへの気遣いが足りなかったようだ」


 (キング)は嘆息した。


「これからは気をつけよう。茜。留守を頼むぞ」


「は、はい……」


 茜は頷く。(キング)は「うむ」と首肯すると、ドアノブを握った。


「では、行ってくる」


「……はい。いってらっしゃい」


 そう告げて、茜は自分でも驚いた。

 同時にドアが開かれて彼は出て行った。

 ガチャン、とドアが閉まる。

 茜は、しばしそこで立ち尽くしていた。

 そうして、おもむろに、

 ……ギュッ、と。

 自分の胸元を強く掴んだ。


(……「いってらっしゃい」なんて)


 そんな言葉を掛けたのはいつ以来だろうか。

 唇を微かに噛んで俯く。

 うなじ辺りが徐々に熱を帯びていくのを感じた。

 と、その時だった。


「あれ? お姉ちゃん?」


 唐突な声に、茜の心臓が跳ね上がった。


「玄関なんかで何してるの?」   


 それは妹の声だった。

 慌てて振り向くと、そこにはやはり葵がいた。

 ただ妹は茜の顔を見るなり、「え」と目を見開いた。


「お姉ちゃん? どうしたの? 顔が真っ赤だよ?」


 そんなことを指摘された。

 茜は「えッ!?」と激しく動揺した。


「ち、違うから!」


 自分でも訳が分からないまま否定してから、


「そ、それより葵! 月子さまのところに行くわよ!」


 そう告げた。


「へ? 月子ちゃんのとこ? なんで?」


 キョトンとする葵に、


「いいから! (キング)の命令なんだから!」


 茜はそう言って、妹の手を取って走り出すのだった。

 小さな胸の奥で高鳴る鼓動を誤魔化すように――。















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