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骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第8部 『百年乙女―騒乱疾駆―』

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第三章 始動②

 魔都・香港を根城にする《黒牙(ヘイヤア)》。

 それは、若きリーダー・(ワン)によって率いられた三百名を超える引導師(ボーダー)の集団だ。

 だが、数こそ多いが、その実態は複数の《(ピンイン)》と呼ばれるチームが吸収合併などを繰り返して大きくなった裏の組織である。 

 そのため、古参メンバーや幹部は別として、流石に一枚岩とは言い難かった。

 彼――(リー)もまた反感を抱く一人だった。

 かつては一つの《(ピンイン)》を率いていた男だったが、(ワン)に敗北し、その軍門に降っていた。 


 年齢的には三十代後半。

 (ワン)など、彼からしてみればまだまだ若造だった。 

 それだけに今回の件には不満が残る。


(馬鹿な小僧だ)


 あの小僧は《未亡人(ウィドウ)》を自分の女にしたいそうだ。

 今はそのための力を得るために引き籠っている。

 そのことは、すでに全メンバーに伝えられていた。

 その話を聞いた時、(リー)は呆れたモノだった。

 

 ――あの女は怪物だ。

 どれほど美しくとも触れれば確実に死に至る華。

 

 あの小僧は徒花の色香に惑い、破滅へと向かっている。

 そうとしか感じられなかった。


(ここらが潮時だな)


 (リー)は思う。

 あの小僧は負ける。

 そうなれば《黒牙(ヘイヤア)》は瓦解するだろう。

 離脱するには絶好の機会だった。


(だが、このまま帰国したところで敗残兵など、他の《(ピンイン)》に吸収されてコキ使われるのがオチだ。だったら……)


 すうっと双眸を細める。


「……ボス」


 その時、声を掛けられた。


「そろそろ面会(アポ)の時間です」


 目をやると、それは昔からの部下の声だった。

 (ワン)には忠誠を誓っていない(リー)の腹心である。

 もう一人、他にも男がいた。その人物も仲間だ。


「そうか……」


 (リー)たちは今、オフィスビルが並ぶ一角にいた。


「では、そろそろ行くか」


 言って、ビルの一つに訪問する。

 いかにもビジネスマンといった服装で固めた(リー)たちは受付で入門証を受け取ると、そのままエレベーターに乗り込んだ。向かう場所は最上階だ。

 これから面会するのはIT企業の社長……というのは表向きの姿。

 その正体は、はぐれ引導師を用途に合わせて斡旋する男だ。

 自身も電脳系の引導師らしく、この国の裏世界に広い顔を持つという。


 ハイリスクな相手だが、その分、リターンも大きい。

 (リー)は、彼とのコネクションを持つためにどうにか面会にまでこぎつけたのである。

 すべてはこの国で成り上がるためだった。


(俺たちは所詮、根無し草だ)


 故郷にしがみつく理由もない。

 ならば、この国で新たに旗揚げするのも悪くない。

 今日の面会はその第一歩だった。


(まあ、本格始動は小僧が自滅するタイミングを見計らってだな)


 そんなふうに思考を巡らせている内に、エレベーターは最上階に到着した。

 (リー)たちはエレベーターを降りて、フロアの奥にある部屋を目指した。

 まだ夜の八時ほどなのだが、人の姿もなく、このフロアはとても静かだった。 

 受付の話では、この階は実質的にプライベートフロアらしい。 


 しばらく歩くと、重厚な扉が現れた。

 入門証を読み取り機(リーダー)にかざす。(ロック)は解かれ、扉はゆっくりと開いた。


「……失礼する」


 扉が開いたので(リー)たちはそのまま入室することにした。

 広い部屋だ。壁が大きなガラス張りのようで、月明かりがよく差し込んでいる。

 それを楽しむためなのか、室内は暗かった。

 ただ執務席だけが煌々と照らされている。恐らくノートPCを使用しているようだ。それを操作する人影も見える……のだが、


「おお~。こいつ、いいな」


 その人影が発する声は、想定よりもかなり若かった。

 (リー)は眉をひそめた。

 執務席の人影は(リー)たちの入室に気付いていないようだ。


「おっ! いいねえ、こいつもなかなかだ。こっちのフォルダは……へえ。裏だけじゃねえのか。表の情報まで……」


 そんな呟きが聞こえる。

 (リー)は怪訝に思いつつも前に進む。

 すると、


(………ん?)


 何故か異臭がした。同時にどこからか、ぴちゃりと水滴のような音もする。


「(……ボス)」


 怪訝に思ったのは同じだったのか、部下の一人が声を掛けてくる。 


「(……何かおかしいです)」


「(ああ。分かっている。二人とも気をつけろ)」


 (リー)はそう指示した。

 その時だった。


「―――ん?」


 執務席の人影が、ようやく(リー)たちに気付いたようだ。

 ここまで近づくとはっきりと分かる。


 やはり若い男だった。

 年齢は二十代前半ほどか。西欧人らしく、碧眼と逆立つ金髪が印象的な青年だ。後ろ側の髪は長く、うなじ辺りで尻尾のように纏めている。

 灰色のジャケットを羽織っており、まるで大学生のようだった。

 面会者の顔は知っている。明らかにこの男ではない。


「……お前は誰だ?」


 (リー)は険しい顔でそう問い質した。

 すると、青年は、


「いや、それは俺の台詞なんだが……」


 そう呟きながら、ゆっくりと立ち上がった。


「察するに、そいつのお客さんってとこか」


 そう告げる。

 途端、ドスンッと背後から大きな音がした。

 三人は三方向へと跳躍して間合いを取る。

 青年を警戒しつつ、音源を確認すると、それは血塗れの人間だった。


(……こいつは)


 見覚えのある顔だった。本来この場で会うはずだった人間である。

 どうやら、ずっと天井に貼り付けられていたらしい。上を見やると、護衛なのか、他にも黒服の男が二人貼り付けられている。恐らくは絶命しているのだろう。


「……貴様が()ったのか?」


 険しい眼差しで(リー)は青年に問う。

 すると、青年は「ああ」とあっさり認めた。


「ちょいと調べて欲しいって頼んだだけなんだが、断られてさ。まあ、脳みそを直接弄ればパスとかも分かるし、手っ取り早くてな」 


「…………」


 (リー)たちは同時に拳を突き出した。乗馬のような構えを取る。

 青年は「ふ~ん」と双眸を細めた。


「やっぱお前さんたちも引導師(ボーダー)か……」


 一拍おいて、


「三人とも変わった構えだな。もしかして中国拳法? 本場のカンフーな人ら? 実は俺ってニンジャの次にカンフーも好きなんだ」


 そう言って、大仰に両手を広げて片足を上げて見せる。

 しかし、(リー)たちは何のリアクションも見せない。 


「……む。ノリが悪いな」


 構えを解いて、青年は嘆息した。

 それから、ボリボリと頭を掻いて、


「あ~あ、くそ。俺ってマジで運がねえよな、下調べで見つかるとは……」


 自嘲気味な口調でそう呟く。

 そうして、


「顔を見られちまったしなあ。ここから足が付いたら最悪だよな。けど、俺にも言い分はあんだよ? やっぱこういうのって自分で見つけてこそだと思うんだよ。まあ、叔父貴は寛大だから許してくれるだろうけど、姉御の方はヒステリックで無茶くちゃ怖いからな。聞く耳なんて持ってくれなさそうだし……」


 一度両肩を掴んで身震いしつつ、


「ここは仕方がねえか。まあ、どこのどなたかは存じ上げねえが、お前さんたちはここにはいなかったことにさせてもらうぜ」


 そう宣告して、青年は朗らかに笑った。











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