表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第7部 『百年乙女―月華繚乱―』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

284/501

第八章 忍び寄る影➄

 血しぶきが飛ぶ。

 ナイフを振り下ろすたびに、少年の顔に血が跳ねた。

 小柄の体のどこもかしこもが血塗れだ。

 ナイフを突き立てられる相手は男だった。

 ベッドに横たわる筋骨隆々の大柄な男。

 だが、すでに動く様子はない。

 それでも少年は振り下ろす腕を止めなかった。

 それが五分ほど続いた。


「…………」


 少年はようやく腕を止めた。

 ナイフを手離して顔の血を拭い、ベッドから降りる。

 ――と、


「終わったか? (ワン)


 不意に声を掛けられた。

 目をやると、そこには同じく血塗れの少年がいた。

 片手には拳銃を握っている。


「……エボン


 少年――(ワン)は双眸を細めた。


「ああ。つい念入りになっちまったが」


 殺した男を一瞥する。

 この辺りを根城にしていたはぐれ引導師だ。

 実力・知名度ともに二流。

 しかし、どこにも所属せず一人で活動している男だった。

 最初の足掛かりとしては手頃な相手だった。


(ビアン)の奴は?」


「……あいつは」


 (エボン)は拳銃で額をかいた。


使用人(野郎)どもを皆殺しにした後、気に入った女を連れていったよ」


 溜息と共にそう続けた。


「早速かよ。あいつらしいな。だが……」


 (ワン)は部屋の片隅に視線を向けた。

 そこには一人の女がいた。

 年齢は二十歳ほどか。

 スレンダーな肢体に透き通った黒い寝間着(ネグリジェ)だけを纏った長い黒髪の美女だ。

 (ワン)(エボン)よりも五歳ほど上に見える。しかし、彼女は年下の少年たちの前で、ガタガタと歯を震わせて小さくしゃがみこんでいた。

 その美貌からして十中八九、引導師(ボーダー)だと分かる。

 彼女は(ワン)が奇襲を仕掛けた時にはすでにここにいた。

 恐らくは情事のために、殺した男に呼びだされていた隷者(ドナー)といったところか。


「ようやく始めたんだ。俺もまず奪うモンは奪い尽くさねえとな」


 (ワン)は女に近づくと、そのあごを掴み上げた。

 未だ歯を鳴らす女に、「お前の魂力(オド)は幾つだ?」と尋ねる。

 女は怯えながらも「ひゃ、122……」と答えた。


「……まあ、合格ラインだな」


 (ワン)は口角を崩した。

 そして自分よりも背の高い女を軽々と肩に担ぎ上げた。


「俺も今夜はこの女を堪能することにするさ。気に入ったら隷者(ドナー)にする。なにせ俺の最初の戦利品だしな」


 そう告げて歩き出す。

 運ばれる女は怯え切って声も上げられない様子だ。

 が、(ワン)はおもむろに足を止めると、顔だけで振り向いて、


「お前も、他の連中も、気に入ったのを隷者にしな。まあ、二流の引導師の隷者じゃあ数が足んねえかもしれないが……」


 ふっと笑い、


「使用人の中には女も多かったんだろ? 今夜の相手は相談で決めな。何にせよ、しばらくはここを拠点にする。そのつもりでいてくれ」


「ああ」


 (エボン)は頷く。

 そして、


「いよいよなんだな」


 そう尋ねる朋友に、


「ああ」


 (ワン)は力強く首肯する。


「ここからが俺が『(おう)』へと成る道だ」


 そうして月日は流れて……。



「…………」


 その夜。

 帰還した(ワン)は、廃ホテルのエントランスにいた。

 ボロボロの来客用ソファーに体を預けて瞳を閉じている。

 周囲には人はいない。

 部下たちは各自部屋に戻っていた。

 思考に没頭するために人払いしたのだ。

 静寂に包まれるエントランス。

 そんな中、一人の人物が近づいて来た。


「……(ワン)さま」


 それは長い髪の女性だった。

 二十代半ばほどの赤い中華服(チャイナドレス)を着たスレンダーな美女である。


「……春鈴(シュンリン)カ」


 (ワン)は瞳を開けた。

 彼女は(ワン)の筆頭隷者(ドナー)(ワン)が最初の戦利品と呼んだ女だった。

 あの夜から五年。

 ほとんどの隷者(ドナー)は魂力がより高い女へと入れ替わり続けた。今や隷者たちの平均は150を超えるのだが、彼女だけは魂力の量に関係なく今も(ワン)の傍にいた。夜を共にする機会も彼女が最も多い。《未亡人(ウィドウ)》を別にすれば、(ワン)の一番のお気に入りの女とも言えた。


 彼女は心配そうに眉をひそめて、


「お疲れのようですが、お身体は大丈夫でしょうか?」


「ああ。大丈夫ダ」


 (ワン)は苦笑を浮かべつつ答えた。


「少し昔を思い出してただけダ」


 体を起こす。


「それで何か用カ?」


「はい」春鈴(シュンリン)が頷く。


(ビアン)さまから今後の方針についてお話があるそうです」


「……そうカ」


 (ワン)は指を組んだ。


「まあ、想像以上に厄介なターゲットのようだしナ……」


「先程からお待ちです。こちらにお通しいたしましょうか?」


 そう告げる春鈴(シュンリン)に、(ワン)が「ああ」と頷こうとした時だった。


「ああ。ここにいたのか、(ワン)


 不意に別の人物から声を掛けられた。

 視線を向ける。

 途端、(ワン)は目を見開いて硬直した。

 春鈴(シュンリン)も驚いた顔をしている。

 そこにいたのは《未亡人(ウィドウ)》だった。

 珍しく普段の黒い中華服(チャイナドレス)姿ではない。

 緑に輝くラインの入った暗青色(ダークブルー)のレギンスの上に、硬質のハーフコートを羽織っている。

 袖や襟などに白いファーも装飾されており、まるで王者のようだった。

 初めて見る姿である。

 化粧も全くしていないようだ。

 薄いアイシャドーもなく、唇は真紅ではなく自然な桜色。

 思えば、化粧をしていない顔を見るのも初めてだった。

 艶やかさでは普段の方が上だろう。

 しかし、(ワン)は今の《未亡人(ウィドウ)》の姿に息を呑んだ。

 まるで太陽のようだった。

 これまでのどこか暗さを宿した姿とは違う。


 ――そう。暗雲はすべて払い退けて。

 全身から覇気を放ち、圧倒的なまでの活力に溢れていた。

 これこそが、彼女の本来の姿なのだと思い知った想いだった。


 それほどまでに眩しく。

 それ以上に美しかった。


「どうした? (ワン)?」


 返答も忘れてしまった(ワン)に、《未亡人(ウィドウ)》が眉をひそめた。


「あ、ああ……」


 (ワン)は思い出したように頷く。


「話し中だったのか? 『私』もお前に話があったのだが……」


 春鈴(シュンリン)に目をやって《未亡人(ウィドウ)》が言う。


「また後で来た方がよいか?」


「いえ。《未亡人(ウィドウ)》さま。どうかお気になさらず」


 春鈴(シュンリン)(ワン)に視線を向けた。


「私は席を外します。(ワン)さま」


「あ、ああ。そうだナ……」


 そう返す(ワン)に、


「いや。それには及ばない」


未亡人(ウィドウ)》がそう告げた。


「すぐに終わる話だ。ここはいいか?」


「……ああ」


 頷く(ワン)に、《未亡人(ウィドウ)》は「失礼するぞ」と言って、向かいのソファーに腰を降ろした。

 その動作一つ一つに今まで以上の覇気と美しさを感じた。

 そして、


「まずは謝罪しておこう」


 そう《未亡人(ウィドウ)》は切り出した。


「……謝罪?」


 眉根を寄せる(ワン)


「そいつはどういうことダ? 《未亡人(ウィドウ)》」


「言葉通りの意味だ。すまない。今や事態は大きく変わってしまった」


 そう告げて《未亡人(ウィドウ)》は深々と頭を下げた。

 こうして謝罪されるのも初めての経験だった。

 (ワン)はもちろん、春鈴(シュンリン)も困惑する。


「本当にすまないが……」


 そうして《未亡人(ウィドウ)》は宣告した。


「お前との賭けの約束はここで破棄させてもらう」












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ