第五章 それぞれの対峙④
場所は変わって月華の世界。
力尽くと宣告する桜華に対し、不快そうに眉をしかめたのは刀歌だった。
「……言ってくれたな」
そう返して、刀歌は触媒の柄を手に九龍の背中から跳び下りた。
膝を屈めて、トンと軽やかな様子で着地する。
「私こそ知りたい。お前は何者だ?」
言って、熱閃の刃を向けて桜華を問い質した。
桜華はそんな勇ましい少女を一瞥した。
そうして、
「なるほどな」
微かな笑みを見せる。
「それなりの修練は積んでいるようだな。刀歌」
「……なに?」
刀歌が眉根を寄せる。
「どうして私の名を知っている?」
そう尋ねると、隣からトン、トンと二度着地音がした。
エルナとかなたも九龍から降りたのだ。
「待って刀歌」
エルナが刀歌の腕に手を添えて声を掛ける。
「まずは話をしましょう。彼女の話を聞きたいわ」
「私もそちらの方がいいと思います」
かなたも口を開く。
「こちらの方は私たちの知らないことを知っているようですから」
そう告げて、桜華を見据えた。
桜華は数秒ほど無言だったが、不意に口元を綻ばせた。
そして顔を上げて。
「九龍」
宙に浮かぶ黒龍へと呼びかける。
「いささか興味を抱くことが出来た。正直、お前に問い質したいことは山ほどあるからな。それだけに恐らく混み入った話になるだろう」
『………ガウ』
九龍はやはり答えに迷っていた。
桜華は、視線を黒龍から少女たち――特に刀歌へと向けた。
「九龍とはゆっくり話をしたい。ゆえに先にこちらを試させてもらおう」
一拍おいて。
「少女たちよ。名は何と言う?」
そう尋ねた。
刀歌は眉をしかめるが、改めて「御影刀歌だ」と答えた。エルナも「エルナ=フォスターよ」と続き、かなたも「杜ノ宮かなたです」と名乗った。
「……そうか」
桜華は小さく頷く。と、
「お前たちの実力に興味がある。特に今代の御影。今の刀歌の力量にはな」
そこで少し優し気な眼差しを刀歌に向ける。
「お前が今日までどれほどの修練を積んできたのか。それを直に確かめたくなった」
言って、静かにヒヒイロカネの宝剣を薙いだ。
直後、
――ゴウッ!
柄だけの宝剣は黒い熱閃を噴き出した。
「……《火尖刀》か」
自分の触媒の柄を強く握り、刀歌が独白した。
(……やはりこの女は)
双眸を細める。
自分によく似た容姿。九龍が『御影』と呼んだこと。そして何より手に持った触媒の形状から半ば確信していたが、予想通り……。
「お前は御影一族の者なのか」
「ああ。その通りだ」
桜華は鷹揚に頷いた。
「すでに捨てた名前だがな。ああ。すまない」
そこで不意に謝罪する。
「『私』もまだ動揺しているようだ。名乗りは『私』からすべきだったな」
一拍おいて、彼女は名乗った。
「『私』の名は久遠桜華という」
一拍の間。
刀歌も。エルナも、かなたも、一瞬その名を聞き落としそうになった。
「……久遠だと? お前……」
刀歌が、紅い熱閃を桜華に向けた。
明らかに敵意を乗せた眼差しだった。
「その名を私たちの前で名乗る意味が分かっているのか?」
「……なに?」
これには桜華が眉をひそめる。
見れば、エルナと名乗った異国の少女と、黒髪の少女も似たような眼差しを見せている。黒髪の少女など、スカートの中に隠していたらしい物騒なハサミまで取り出している。
「……あなた、本当に何者なの?」
エルナが問う。
「……その、もしかして漆妃とかなの?」
続けて、桜華の知らない名で尋ねてくる。
その時は何故か敵意よりも困惑の方が強い様子だったが。
桜華は少しだけ眉をひそめた。
(……『久遠』の名に因縁でもあるのか?)
と、そんな疑問を抱いた時。
『……思い出した』
不意に、刀歌のリボンが震えて語り出した。
『桜華。そう。久遠桜華だよ。確かそんな名前だった。昔、真刃さまが「御影刀一郎」に名付けた名前って……』
「……は?」
刀歌が目を剥いた。
が、それ以上に驚いたのは桜華の方だった。
……久しぶりだった。
一体、何年――いや何十年ぶりだろうか。
自分以外の口からあいつの名前を聞いたのは。
それだけで鼓動が高鳴る自分がいた。
(……落ち着け)
小さく息を吐く。
いま気に掛けるべきことは、その事実を知られていることだった。
もうその事実を知る者など一人もいないというのに。
やはり九龍だけでなく、あれもまた従霊ということなのか――。
……グッと。
桜華は強く宝剣の柄を握りしめた。
「……お前たちにも話を聞きたくなったな」
鋭く双眸を細める。
「まァいい。すべては後でだ。では少女たちよ」
一拍おいて、黒い熱閃を薙ぐ。
宙を舞っていた幾つかの花びらが燃え落ちた。
そうして、
「話の前に少し稽古をつけてやろう。三人揃ってかかってくるがいい」
剣の極致に至った者はそう告げた。




