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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第6部 『強欲なる都市の王』

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第八章 雪解けの夜⑨

 雪華の台座が飛翔し、六炉は距離を取った。

 その間も巨獣たちはぶつかり合う。

 互いに間合いを詰めて巨拳を叩きつけ合っている。


(……モフゾウさん)


 六炉は眉をひそめた。

 完全顕現した吹雪の化身は質量を伴う。

 そのため、攻撃力は上がるが、相手の物理攻撃も受けてしまう。

 それでも並みの敵ならば押し切れるのだが、


『ブモッ! ブモオォッ!』


 拳の連撃を受けて吹雪の化身が呻く。

 灼岩の巨獣の拳は恐ろしく重かった。

 反撃はしても、徐々に押され始めていた。

 元々、同等量の火と氷がぶつかり合えば、火の方に分がある。

 正面から衝突すればこうなることは想定内だった。


「モフゾウさん!」


 だからこそ六炉は指示を出す。


氷柱(つらら)ジャベリン!」


『ブモオオオオオッ!』


 吹雪の化身は即座に応じた。

 灼岩の巨獣の拳を片手で受け止め、同時に足元から広範囲に凍結していく。

 そして、

 ――ギャリンッッ!

 巨大かつ無数の氷柱が足元から突き出した!

 それらは灼岩の巨獣の体躯を拘束する。


「モフゾウさん!」


 間髪入れずに六炉は命じる。


「空へ!」


『ブモオオオオオオオッ!』


 咆哮を上げて吹雪の化身は巨躯を崩した。

 巨大な吹雪の化身は猛吹雪と化して遥か上空へと移動する。 

 そこで質量を伴ったまま渦巻く雲海へと姿を変えた。

 灼岩の巨獣は上空を見上げた。

 無数の氷柱は未だその巨体を拘束し、すぐには動けずにいた。

 六炉はゆっくりと両腕を空へと向けた。

 そうして――。



「空に住まいし者たちよ」



 唇を開く。



「天よりの落涙。慈悲たる者たちよ」



 切り札のために言霊を紡ぐ。

 世界へと語りかけていく。



「楽園を望み、大地に恩恵を与えし汝ら。

 されどその願いは叶わず。人の子に善はなし」

 


 天の雲海が輝きを放って渦を巻いていく。

 同時に周囲の気温が一気に低下していった。



「嗚呼、慈悲たる者たちよ。

 涙を凍らせ、刃と化せ。

 天より落とせ。その哀しみを。大いなる星の息吹を。

 今、審判の時」



 そして、雪の乙女は手を振り下ろした。



「――《天君断罪(ヘイル・パニッシャー)》」



 直後、渦巻く雲海から、すべてを凍結させる死の冷気が降り注いだ。

 狙いは無論、灼岩の巨獣だ。

 莫大な冷気は地表へも奔り、灼岩の大地を凍結させていく。

 吹き荒れる極寒の風は、視界を完全にホワイトアウトさせた。


 そんな中、


「………」


 六炉は静かに冷気の中心点――巨獣のいた場所を見据えていた。

 視界は完全に真っ白でその姿は確認できない。

 だが、この冷気が晴れた時、巨獣の姿は砕け散っているはずだ。

 それだけの魂力を込めた。

 これに耐えられる生物はいない。

 そのはずだった――が、

 ――ズズンッ!

 不意に白い世界に地響きが鳴った。

 それは連続して続く。巨大な何かが動く音だ。

 六炉は驚愕と共に胸の高鳴りを覚えた。この足音の主はこれまで誰にも耐えられなかった自分の全力に耐え切ったということなのだから。


 そして白い世界の中から、それは姿を現した。

 巨躯の半分ほどは凍結している。背の灼刃の多くと左腕は砕け散り、角も片方がない。頭部も右半分が凍り付いていた。満身創痍の状態である。

 だが、それでも灼岩の巨獣は健在だった。

 ここぞとばかりに全身の黒い鎖が巨獣を強く束縛する。

 体がより崩れて破片が飛ぶが、ゴフウっと火の息を零して巨獣は近づいてくる。

 地響きの如き足音が続く。

 六炉は、茫然と巨獣の姿を見上げていた。

 すると、

 ――ガパリ、と。

 巨獣は、ゆっくりとアギトを大きく開いた。

 そして、


「………あ」


 唖然としたまま、六炉はアギトに呑み込まれてしまった。

 要は巨獣に喰われたのだ。

 十数秒ほど視界が暗転する。と、


「………え?」


 不意に、腰を誰かに抱き寄せられた。

 視界が戻る。目を開くと、そこは無数の灯火が輝く夜空のような世界だった。

 そして目の前には一人の青年の顔があった。


「この放蕩娘め」


 青年――久遠真刃は嘆息していた。


「ようやく捕まえたぞ」


 そう告げる。事実、六炉は彼の腕の中にいた。

 足は宙を浮き、腰を左腕で掴まれて抱き寄せられていた。


「………あ」


 六炉は頬を少し赤くした。これまで自分からハグすることは何度もあったが、相手に抱き寄せられるなど初めての経験だった。

 けれど、恥じらう彼女を真刃は見ていなかった。


「さて」


 その視線は夜空の世界の大画面。外の光景に向けられていた。

 真っ白な視界。未だ猛吹雪が舞う極寒の世界だ。


「決着をつけるぞ」


 真刃は言う。

 六炉はハッとして顔を上げた。


「ま、待って!」


 そう告げる。彼がこれから大技を繰り出す気なのが分かったからだ。

 しかし、外の景色は《天君断罪(ヘイル・パニッシャー)》の余波に過ぎないのだ。

 今は吹雪と成っている『モフゾウさん』にもう魂力はほとんど残されていない。

 決着はすでについているのである。

 だが、あまりに余波が大きく激しすぎるために真刃は気付けずにいた。


「止めて!」


 六炉は身じろぎして暴れるが、彼の腕も体も全く揺らぐことはなかった。

 自分が本気で暴れているのにだ。六炉は目を丸くした。

 すると、


「暴れるでない」


 真刃が告げる。


「お前の魂力であっても(オレ)を膂力で凌ぐことは出来ん」


 言って、暴れさせないようにより強く彼女を抱き寄せた。


「もはやお前に打つ手はない。終わらせるぞ」


「ま、待って。もう決着は……」


 六炉は真刃の背中を掴んで止めようとするが、すでに遅かった。

 真刃が厳かな声でこう告げたのだ。




「――《災禍崩天(さいかほうてん)》」




 直後、世界が移り変わった。

 純白の世界から真紅の世界へと。

 それが膨大な炎であることに気付くのに六炉は数瞬を要した。

 が、その後、すぐにハッとして。


「――モフゾウさん!」


 炎の世界に手を伸ばす。


『ブモオオオオオオオオオオオオオ――ッ!』


 流動する真紅の世界から、吹雪の化身の断末魔が聞こえて来た。

 六炉は「ああァ……」と声を零した。

 ややあって炎の嵐は収まり、世界は灼岩の世界へと変わった。

 そこには吹雪の欠片などどこにもなかった。


「……あァ……」


 六炉はつうっと涙を零した。

 彼女の象徴(シンボル)は特別製だった。自らの意志も持ち、生きているのである。

 そして一度でも完全に破壊されると二度と同じ個体は生まれない。


「……モフゾウさん……」


 六炉は唇を噛む。それから顔を上げて真刃を睨みつけた。

 すると真刃は、


「……そんな顔をするでない」


 小さく嘆息した。

 それから彼女を離して、


「お前から挑んだことだぞ。これも考え得る結末の一つだろう」


「……だけど!」


 頭では理解できても感情がついてこない。

 六炉は自分でもよく分からない何かを叫ぼうとするが、


「……これで良かったか?」


 不意に真刃が前に出した右手を開いた。

 六炉は「え?」と目を瞬かせて、彼の掌を見た。


「……あ」


 思わず声を零す。

 そこにはとても小さな『モフゾウさん』がいたのだ。

 彼女の象徴(シンボル)は『ブモ?』と六炉を見つめていた。


(オレ)もよく似た異能――お前たちに言わせれば独界(オリジン)という名称だったか。ともあれ、これは従霊によく似た存在のように感じたからな」


 真刃が言う。


「中核だけは残した。お前が無事ならばこれで復元できると思うのだが……」


『ブモッ!』


 小さな吹雪の化身は真刃の掌から六炉の肩に飛び乗った。


「モフゾウさん!」


 六炉は愛しそうに『モフゾウさん』に触れた。


「ふむ。どうやら判断は間違えていなかったようだな」


 真刃は目を細めてそう呟く。

 それから六炉を見据えて。


「どうだ? これでお前は救われたのか?」


「…………」


 六炉は無言のまま真刃の顔を見つめた。

 そして、


「……最後に」


 彼女は願う。


「もう一つだけ確かめさせて欲しい」


 そう言って再び真刃の背中に腕を回した。

 そうして、

 ――ぎゅうっと。

 躊躇いつつも力を込めた。

 数多の男が悲鳴を上げた抱擁だ。

 けれど真刃は、


「どうした? 確かめたい願いとは何だ?」


 一切気付くこともなく(・・・・・・・・・・)

 六炉が願いを告げるのを待っていた。

 彼女の鼓動が跳ね上がる。

 知らずのうちに、両腕にさらに力を込めていた。

 それは生まれて初めての全力の抱擁だった。


「……どうした?」


 だが、彼はそれさえも気付くことはない。

 鉄骨をもくの字にへし折る膂力を歯牙にもかけない。

 ただただ優しい声で、


「何か言いにくいことなのか? 別にいま無理をせずともよいぞ」


 そう告げて、彼女の頭を撫でてくれた。


(………あ)


 六炉の心臓が強く鼓動を打った。

 まるでこの時に初めて動き出したかのように。

 彼女は胸の高鳴りを止めることが出来なかった。

 幸せが心から溢れ出していた。


「……ありがとう」


 囁くように六炉は告げる。

 それから腕を離して顔を上げた。


「もう確かめたから。ムロは確信した」


「……? そうなのか?」


 真刃は眉をひそめる。


「よく分からんのだが、お前は救われたのか?」 


 そう尋ねると、


「うん。あなたは……」


 孤独だった少女は微笑んでこう告げた。


「やっぱりムロの運命だった」

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