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骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第6部 『強欲なる都市の王』

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第六章 闇の呼び水②

 某日某所。時刻は深夜二時を過ぎた頃。


『なァなァなァ』


 その会議は、そんな不満の声をもって切り出された。


『ここ数日の引導師(ボーダー)どもって、なんか調子に乗ってねえか?』


 三十名ほどが音声のみで参加するWEB会議。

 暗く狭い部屋の中で、PC越しに彼女はその声に耳を傾けた。


『確かにな』


 別の声がそう返す。


『好き勝手に暴れてやがる。俺らより迷惑だぞ』


『あれのどこが理の守護者なんって感じよね』


『俺らのことガン無視やん。流石にムカついてくんぞ』


 と、不満気味な意見が散乱する。

 彼女は苦笑した。

 まだまだ新参の彼女だが、先輩たちの意見には激しく同意だ。


『どうしますか? このまま放置しますか?』


 そう尋ねた。


『お。《瓶底メガネ》ちゃんか』


『うい~す。元気か?』


『ようこそ。まあ、放置するかって話だよなぁ』


『そうよね。確かにムカつくけど、勝手に潰し合ってくれるのは有り難いし、うちらに首を突っ込むメリットってないのよね』


 そんな反応が続く中、


『少しよろしいかしら?』


 女性の声が不意に響いた。

 恐らく二十代ほどの若い女性の声である。

 このWEB会議には何度も顔を出しているが初めて聞く声だった。

 興味を抱き、そのユーザー名に目をやった時、彼女はギョッとした。


『うわッ! 《マザー3》じゃないですか!』


 それは、他のユーザーも同じだったようだ。


『《マザー3》!?』


『うおッ!? ラスボスの登場かよ!?』


『お出でになられてたんすか!』


 そんな動揺した声が次々と上がる。


『ごめんなさいね』


 ユーザー名・《マザー3》が謝罪した。


『お婆ちゃんが急に入ってきて驚かせちゃったみたいね』


『そんなことないっすよ!』


『ようこそお出で下さいました。《マザー3》。心より歓迎いたします』


『お声だけですが、お会いできて光栄です!』


 先輩たちはそう返していた。

 一方、彼女は緊張で声を出せずにいた。

 まさか、あの伝説の存在にこんな形で出会うことになるとは……。

 喉を軽く鳴らしていると、《マザー3》は話を続け始めた。


『今夜の議題は強欲都市(グリード)引導師(ボーダー)たちについてなのよね?』


『はい。そうです』


 この場をセッティングした先輩が答える。


『なら、先達者としてお婆ちゃんの話を聞いてもらえるかしら?』


 そう尋ねる《マザー3》に、


『もちろんっす』『謹んで拝聴させていただきます』『どうぞ。《マザー3》』


 肯定の声が返ってくる。

 もちろん、彼女――《瓶底メガネ》も賛同だ。


『よろしくお願いします』


 緊張した声でそう言う。 


『ふふ。ありがとう。それでは』


 そう切り出して、《マザー3》は語り始めた。


『まず私個人の意見だけど、今の引導師(ボーダー)たちの争いには介入すべきではないわ』


 全員が沈黙して耳を傾ける。


『今のあの子たちは、まさに欲望のままに動いている。初めて見えた覇者の座に高揚しているようね。そこには激情の渦はあるでしょうけど……』


 小さく嘆息する。


『私たちが望むような人の美しさはないでしょうね。むしろその真逆かしら』


『……まあ、そうですよね』


 誰かが苦笑を零した。 

 他にも数名、溜息のようなモノを零しているのが伝わってくる。


『だから介入すべきではないと思うの。ただ、もう一つ思うこともあるわ。忘れてはいけないことよ。そう。私たちは――』


 一拍おいて、《マザー3》は告げる。


『それぞれがエンターテイナーであるということ。これほどのお祭りよ。全く無視するのも問題があるんじゃないかしら?』


『……確かにその通りっすけど……』


 先輩の一人が口を開いた。


『だとしたらどうしましょうか? 介入か、不介入か……』


『そうね。難しいところね。そこでお婆ちゃんから提案があるの』


《マザー3》がそう告げた。


『全員介入というのは大人げないし、私たちにメリットもない。それに若い子たちのお祭りだしね。だから、こちらも若い子だけ参加させたらどうかなって思うの』


『……若いのっすか?』


『ええ。ところでこの場で一番若い子って誰かしら?』


 そう尋ねる《マザー3》に、《瓶底メガネ》はドキッとした。

 この中で最も若い者といえば――。


『それなら《瓶底メガネ》ちゃんっすね』


 先輩の一人がそう告げた。

 そうだ。この中では自分が最も若かった。


『そう。えっと《瓶底メガネ》ちゃん。ここにいる?』


『あ。は、はい。《マザー3》』


 少し上擦った声で彼女は応えた。

 伝説の存在に声までかけられて緊張が隠せなかった。

 すると、


『ふふ。緊張しないで』


 音声だけだが、《マザー3》が微笑んでくれたのを感じた。


『今回のお祭りね。あなたにだけは参加して欲しいの』


『わ、私がですか?』


 困惑する《瓶底メガネ》。《マザー3》は言葉を続ける。


『実際のところは参加とは少し違うかしら。色々言ったけど実は本命の目的があってね。お祭りにかこつけて、あなたに検証して欲しいことがあるのよ』


『……検証ですか? 《マザー3》』


 先輩の一人が訝し気な声を発した。

『ええ。そうよ』と《マザー3》が答える。


『実はね。こないだガー君から……あら、失礼。ここだとユーザー名じゃなきゃいけなかったわね。えっと《ジェントル6》から連絡があったの』


 唐突に挙がった《マザー3》にも並ぶビッグネームに緊張が奔った。

 だが、その後に続く言葉はさらに驚くべきモノだった。


『こないだ噂になった《宝石好き》ちゃんの報告。あれを実証したって』


 一拍の間。


『――なッ!』『マジっすか!』『うそっ!?』


 驚愕の声が次々と上がり、騒然となる。

 当然、《瓶底メガネ》も目を見開くほどに驚いていた。


『もちろん、《ジェントル6》のことは信頼しているけど』


 そんな中、《マザー3》は言葉を続けた。


『話が話だし、一応こちらでも検証しないとね。そこで今回のお祭りよ。えっと、はっきり言うとね。《瓶底メガネ》ちゃん』


 陽気な声で《マザー3》は言う。


『このどさくさに紛れて目ぼしい引導師(ボーダー)を攫っちゃえって話なの』


『うわあ、身も蓋もないっすね。《マザー3》』


 誰かがそうツッコんだ。

 一方、《瓶底メガネ》は目を丸くしていた。

 唐突な話過ぎてついていけていなかった。 


『けど、それなら俺らも出た方がいいんじゃないですか? 《瓶底メガネ》ちゃんも決して弱くはないですが、あの街の引導師(ボーダー)どもは理性がうっすい輩ですから』


 と、先輩の一人が心配してくれる。


『ふふ。末っ子が可愛いのは私だって同じよ。もちろん、《瓶底メガネ》ちゃんの安全が第一ではあるわ。けど』


《マザー3》はこう答えた。


『ここはあえて任せたいと思うの。きっと良い経験になるはずだわ』


『……《マザー3》』


《瓶底メガネ》は《マザー3》の名を呟いた。

 本当に光栄だった。


『ご指名ありがとうございます。《マザー3》。身に余る栄誉です』


 感謝の言葉を告げる。

 そして画面越しに、彼女は笑った。


『検証は必ずいたします。そして若輩者ではありますが、私もエンターテイナーの端くれ。必ずやこの街をさらに盛り上げてみせます!』


『おお! やる気だな! 《瓶底メガネ》ちゃん!』


『頑張れ! 《瓶底メガネ》ちゃん!』


 先輩たちが声援を贈ってくれる。

 その上、画面越しに盛大な拍手も届いた。


『頑張ります!』


 自室で《瓶底メガネ》はガッツポーズをとった。

 WEB会議は、そのまま《瓶底メガネ》の激励会となった。

 それから一時間後。

 暗い自室で、彼女はPCをそっと閉じた。

 椅子の背に体重を預けて大きく仰け反り、天井を見上げる。

 本当に感無量だった。

 優しい先輩たちに、偉大なる最古の女王。

 感謝しても感謝しきれない想いだった。

 そうして彼女は、


「ふふ。どんな子を攫っちゃおうかなあ」


 瓶底のような眼鏡の奥で、実に楽しそうに目を細めるのであった。

 夜はまだ続く。

 闇の時間は終わらない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一見普通のコミュニティだけど実際は殺人鬼よりもタチの悪い何かの集まりだからなぁ…
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