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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第1部 『骸鬼王の館』

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第六章 夜の迷宮③

 暗い廊下に、七体ほどの屍鬼の残骸。

 そして、目の前には、その身を危惧していた少女。

 状況を察するには、充分すぎる光景だった。


(……間に合わなかったか)


 心底悔やまれる。エルナまで差し置いて彼女を探したのに、この体たらくとは。


『……真刃さま』


 刃の孔雀が問う。


『どうされますか? 処理されるのでしたら、わたくしが致しますが?』 


「……いや、待て」


 真刃は再び、かなたを凝視した。赤く輝く双眸。そこに正気の色はない。

 だが、それ以外で変貌したところはなかった。人の姿のままだ。

 相性によっては、すぐにも怪物化することも多い中、これは僥倖だった。


「適性が低いな」真刃は、目を細める。「衣服に血が付いていないところを見ると、まだ憑依されたばかりか。あの段階ならば、まだ救えるはずだな」


『確かに。ですが、それは憑依祓いに特化した引導師ならばですわ。真刃さまは、そのような術は習得されておられないのでは?』


「……刃鳥よ」


 真刃は、神妙な声で告げた。


ここは父に倣う(・・・・・・・)。目を瞑れ。特に猿忌には言うでないぞ」


『……真刃さま』


 刃の孔雀は少し躊躇うが、こくんと頷いた。


『承知致しましたわ。ご随意に』


「感謝する」


 真刃は、従霊に感謝を述べると、一歩、前へ踏み出した。

 その直後だった。いきなりかなたが目を剥き、走り出したのだ。

 身を低く、獣のような動きで疾走し、廊下に転がっていた屍鬼の首を蹴り上げた。腐敗した生首が飛翔する。真刃は裏拳で飛んでくる生首を打ち払うが、その一瞬の隙にかなたは真刃に取り付き、彼の両腕を押さえた。

 そして口を大きく開いて、真刃の首筋に噛みつこうとする。が、


「止めろ。名も知らぬ我霊よ。その勢いで(オレ)の首に噛みつけば、かなたの歯が折れる」


 言って、少女の首筋を後ろから掴んで止めた。

 さらに彼女の腰を掴み、密着する状態までかなたを抱き寄せる。


「が、があああああああッッ!」


 絶叫を上げる少女。激しく暴れて引き剥がそうとするが、ビクともしない。

 今のかなたは、人間の限界を超えた力を引き出している。

 それを、真刃はやすやすと抑え込んでいた。


「落ち着け。暴れるな。かなたに取り憑いた以上、お前は女なのだろう? 今からお前の望みを叶えてやる」


 言って、真刃は、かなたの桜色の唇に、自分の唇を重ねた。

 羽鳥が『まあ!』と呟いて、自分の両翼で嘴を隠す。

 かなたに取り憑いている我霊は驚いたようだが、ならばとばかりに舌に噛みついた。食い千切り喰らってやるつもりだったが、弾力のある舌に歯が食い込まない。


「ッ!? ッ!?」


 我霊は困惑する。と、真刃はより強く、より深いキスを交わしてきた。


「ッ!? ~~~~ッ!?」


 少女の身体が大きく震えた。

 我霊は呻き、しばらく暴れていたが、十数秒後には抵抗をやめて、自分から真刃の首に抱きついてきた。彼女の瞳には、少女には似つかわしくない快楽の光が宿っている。

 これもまた、我霊の在り方だった。


 我霊の目的とは『生』の実感を得ること。

 最も手っ取り早いのは食事だ。だが、情事もまた『生』の実感となる。


 男の我霊は後者を選ぶことも多いが、女の方とて皆無という訳ではない。

 例えば、今回のように相手に求められるのなら。

 自らより強く抱きつき、少女の豊かな双丘が真刃の胸板で押し潰される。


 一方、青年は右手の指先を少女の臀部に深く沈み込ませた。指先だけで彼女を軽く持ち上げて体重を支えると、うなじを左手で押さえた。

 真刃と、我霊の女は合意の上での長い口付けを交わす。

 だが、唯一人。合意していない者がいた。


 ――い、や……。


 その時。


 ――やめて! いや! やめて!


 少女の魂が、震えた。

 同化している女の我霊の快楽が、彼女の中にも注がれてくる。

 臀部に深く食い込む指の感触。背筋はぞわぞわとして、舌先は絡め取られる。

 それは、これまで味わったこともない甘美な感覚だった。

 熱い。体の芯がとても熱かった。


 ――や、やだ……。


 深く、長い口付けは、なお続く。

 チカチカ、と頭の中に何度も星が瞬いた。

 少女の心は、酷く怯えた。


 このままでは。

 このままでは、この欲情に呑み込まれてしまう(・・・・・・・・・)


 ――やだ、やだっ! やめて! 怖い(・・)! 怖いの(・・・)


 未知の感覚に恐怖を抱き、彼女の感情が悲鳴を上げた。

 ドクンッと心臓が波打った。


(――よし!)


 真刃は、かなたの感情を確かに感じ取った。


(やはりまだ魂は死んでおらぬ! これなら間に合うぞ!)


 少女の魂が震えたこの機会を逃す訳にはいかない。

 真刃は、かなたを抱きしめたまま、新たな従霊の練成に入る。


(世界にたゆたいし魂よ。(オレ)の声が聞こえるか?)


 心の中でそう念じる。すると数十の灯火がそこに浮かんだ。

 その一つを一瞥し、真刃は目覚めた霊に新たなる名と姿を与える。思い描くのは、癒着した魂同士を切り離す蛇。

 少女を守護する防壁の大蛇だ。


『ジャハハハ! ご主人! オレを選んでくれてありがとな! オレサマ爆誕!』


 かくして生まれたばかりの蛇の霊体は、真刃の口から、かなたの体内に入る。と、


「――ッ!? があッ!?」


 かなたが大きく仰け反った。少女の全身に巨大な蛇が絡みついている。


「があああああああああああああああ――ッッ!」


 そして数秒後、かなたの体から、透明な骸骨が飛び出してきた。

 骸骨の全身は、ヤスリで削られたかのように傷だらけで、ものの数秒もしない内に、ボロボロと崩れて宙空に消えていった。

 同時にかなたは、力尽きたように脱力し、真刃の腕の中に収まった。

 唇から銀の糸を垂らし、荒い呼吸をしているが、命に別状はないようだ。続けて、半透明の蛇が彼女の身体から出てきた。蛇は『ジャハ! よろしく! ご主人!』と挨拶してくる。

 そんな新たな従霊に苦笑を浮かべつつも、真刃は安堵した面持ちで、かなたの頭を優しく撫でた。少女は眉を微かに動かして「……ん」と小さく呻く。


「……どうにか、なったか」


 真刃が深く息をつくと、刃鳥がクスクスと笑った。


『ふふ。口付け一つで我霊に引導を渡すとは。流石は真刃さまですわ』


「茶化すな。辛うじて上手くはいったが、気分的にはこの上なく最悪だ」


 なにせ、あの男の真似事をしたのだから。

 真刃は不快そうに眉をしかめた。が、


「それはさておきだ」


 いま大切なのは自分の心情よりも、少女の容態だった。

 真刃はかなたを横に抱き上げて、小声で呼びかけてみるが、ぐったりとした少女が目を覚ます様子はない。顔色もかなり悪い。


「やはり目覚めんか。消耗も激しい。一旦どこかの部屋で休ませてやりたいのだが……」


 そう呟きつつ、真刃は苦笑する。彼の視線は廊下の先を見据えていた。

 目に映るのは、どこまでも続く無限回廊のような渡り廊下である。

 特に部屋など見当たらない。


「これは、部屋が見つかるまで骨が折れそうだな」









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