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第七章 常闇の国④

『あれれ?』


 カクン、と人形が小首を傾げた。

 頭にはとんがり帽子。

 カラフルな燕尾服を纏う不気味なピエロ人形だ。

 ――《宝石蒐集家(トイコレクター)》の依り代。

 彼が舞台に立つ時に使う人形(おもちゃ)である。


『どういうことだろう? 流石に引導師(ボーダー)の数が多すぎる気がするんだけど……』


 再び首を動かして尋ねる。


『君なら何か知っているかな?』


 そう告げた途端、ピエロの姿が掻き消えた。

 次の瞬間、ピエロは彼女(・・)の真後ろに移動したが、

 ――ヒュンッ!

 凄まじい速さで直上にまで蹴り上げられた足に、慌てて首を後方に傾けた。


『おっかないなあ……』


 ピエロは、大きく間合いを取り直してそう呟く。

 そこは、ドーンタワーにある一室。

 結婚式の式場などにも使われるイベント専用の大部屋だ。

 そこで、ピエロと彼女は対峙していた。

 スレンダーな肢体に、凛々しい顔立ち。拳は握らず前に出し、黒のスキニーパンツに覆われた美脚を折り曲げて、左足一本で立っていた。

 険しい表情を見せる篠宮瑞希である。


「さあ? みんなで旅行でもしていたんじゃないかな?」


 そう軽口を返すが、内心では焦っていた。

 突如、展開された結界領域。しかも目の前のピエロは間違いなく名付き(ネームド)我霊(エゴス)だ。

 対する瑞希は一人だけ。

 途方もなく危機的な状況だった。逃げようにも隙も無い。


『ふ~ん、そう』


 ピエロは、首を横に傾けた。


『お友達と来ていたのかな? ま、いっか。それにしても凄い足技だね』


 先程の一撃もそうだが、彼女は足技を主体に戦っていた。

 その動きはまるで蛇――いや、龍のごとくと言った方がいいか。

 構え自体はムエタイのようにも見えるが、その足技は全く異種のモノだった。


『まるであの日の山岡さんみたいだ』


「………え?」


 思いがけない名に、瑞希が驚いた顔をする。


「君はあの人を知っているのかい?」


『うん。とてもよくね』


 ピエロは言う。


『なにせ、彼の左眼を潰したのはオイラだしね』


 その発言に、瑞希は目を見開いた。

 そして、


「……そう」


 彼女の表情が、大きく変わった。

 焦りを潜めた顔から、冷徹な刃のような表情に。


「じゃあ、君が噂に聞くあの《宝石蒐集家(トイコレクター)》ということだね」


『アハハ。そういうこと』


 ピエロは、大仰に頭を下げた。


『オイラの名前は《宝石蒐集家(トイコレクター)》。以後、お見知りおきを』


 そう名乗って顔を上げる。


『実は今回、偶然にも山岡さんと再会してね。折角だから旧交を温めようと思って』


「旧交、ねえ」


 瑞希は眉をしかめた。ピエロは『うん』と頷く。


『君はそのゲストってこと。君って山岡さんの関係者なんでしょう?』


「……僕を人質にしたいってことか」


『まあ、どちらかというと景品かな?』


 ピエロは、両手を大きく広げた。


『だから、まだ殺す気はないよ。大人しくオイラの腕の中に納まってくれないかな?』


「一つ教えてあげるよ」


 対する瑞希は言う。


「こう見えても、僕って身持ちが固い方なんだよ。だからその提案は却下だね。僕を腕の中に納めていいのは――」


 グッ、と拳を強く固めた。


「僕の愛する人だけだよ」


『え? ええッ!? うわわ……』


 すると、ピエロは口元を片手で押さえた。


『マジで!? 今はっきりと観えたよ! いやはやこれはまさかだよ!』


「……何がまさかなんだい?」


 瑞希が構えたまま、眉をしかめる。と、


『ふふふ。君も大変なんだなと思ってさ。そんな想いを秘めてるってことは、君ってまだ処女なんでしょう? その歳の引導師(ボーダー)で未経験なんてかなりレアだね』


「……セクハラは我霊(エゴス)にも適用されるんだよ」


 そう言い返す瑞希の顔は、少しだけ赤みを帯びていた。


『アハハ! 分かりやすいな。いいね。凄く気に入ったよ』


 ピエロは上機嫌に言う。


『君は殺さないことにしたよ。このイベントが終わった後でもさ。そうだね、君には「サフィ」の名前を上げることにするよ』


「……一体何を言っているんだい?」


 再び眉をひそめる瑞希。

 すると、ピエロはクツクツと嗤った。


『君の未来が決まったってことだよ。まあ、今はまだ景品として扱うけど』


 ピエロは言う。


『あまり山岡さんを待たせるのも悪いしね。手早く終わらせてもらうよ。サフィ』


 ……………………………。

 ………………………。

 ……そうして。


 コツコツコツ。

 山岡辰彦は、夜の国(ミッドナイト)のエリア内を早足で進んでいた。

 このエリアは、他の王国よりもさらに不気味なのかもしれない。 

 なにせ、遊具は延々と動いているというのに、人の気配が全くないからだ。


(天から聞こえた先程の声……)


 歩みは止めずに、山岡は記憶を辿っていた。


(不思議だ。どこかで聞いたような気がする)


 遥か昔。いや、つい最近にも聞いたような気がした。

 だが、その記憶になかなか辿り着けない。 


(似たような声と錯覚しているのか? いずれにせよ、今は一刻も早く、お(ひい)さまたちと合流しなければ――)


 と、結論付けようとした時だった。

 山岡は足を止めた。


「……ああ。なるほど」


 鋭い眼光で、大広場の一角を睨み据えた。


「聞き覚えがあると思ったら、あなただったのですか」


『うん。久しぶりだね。山岡さん』


 三メートルほど離れた街灯の下。

 不気味な存在感を出すのは、一体のピエロだった。


「そういえば、昼間も会いましたな」


 山岡が言う。


『あ。オイラのこと、思い出してくれたんだ』


 ピエロの声に喜びに似た感情が宿る。


「その際は失礼した。しかし、不審者に礼節は不要と心得ていますので」 


『アハハ。相変わらず手厳しいや。山岡さんは』


「それで私に何用です?」


 ピエロの軽口には乗らず、山岡は本題を問う。


「今更、引導師(ボーダー)でもない私の首でも取りに来ましたか?」


『山岡さんの首はそこいらの引導師(ボーダー)よりも遥かに価値があると思うよ。けど……』


 ピエロは、おもむろに魅入るほどに輝く紅玉石(ルビー)を取り出した。


『山岡さんって他人の命を背負うと実力以上に力を発揮するタイプでしょう? 三十年前、生徒たちを守った時みたいに。だからさ』


 その宝石は、ピエロが素早く指を動かすと消えた。

 次の瞬間、ピエロの左腕の中に一人の女性が現れた。

 ピエロに腰を支えられて、ぐったりと気絶している女性だ。

 山岡は目を見開いた。 


「――瑞希君ッ!」


 その女性は、山岡の弟子である篠宮瑞希だった。


『この子って山岡さんの大切な子なんでしょう? 山岡さんのやる気UPのために――』


 と、ピエロが言いかけたところで、

 ――ギュボッ!

 中指を楔のように構えた山岡の拳が、ピエロの顔を貫いていた。

 同時に打ち下ろした震脚は、硬い石畳(タイル)に足形まで刻みつけている。

 まさに一撃必殺の拳撃だった。しかし、山岡は舌打ちする。


「……幻影ですか」


『……本当に怖いね。山岡さんは』


 ゆらゆらと揺れ動くピエロと瑞希の姿。

 その姿は霧散し、数秒ほど経って、少し離れた場所に再び現れた。


『けど、残念だけど、オイラはここにはいないよ』


「どこにいるのですか?」


 淡々とした声で、山岡は問う。


「私を呼び出すために現れたのでしょう?」


『うん。そうだよ』


 瑞希のあごを片手で上げつつ、ピエロは答える。


『オイラたちは、ドーンタワーの二十四階にある「鳳凰の間」にいるよ。山岡さんにはそこに来て欲しいんだ』


「…………」


 山岡は無言だ。

 呼び出すも何も、それなら最初に転移させればいい。

 それをしなかった理由は……。

 山岡は瑞希に目をやった。静かに拳を固める。

 彼女を巻き込んでしまったということか。


「……いいでしょう」


 山岡は告げる。


「あなたの誘いに乗りましょう。ですが……」


 我霊(エゴス)さえ射竦めるほどの眼光を放つ。


「私が行くまで彼女には一切手を出すな。いいな」


『うん。いいよ』


 ピエロは、あっさり頷いた。


『これ以上傷つける気はないから。少なくともそこは安心していいよ』


 ピエロは、左手をパタパタと振った。


『それじゃあ、サフィ……おっと。今はまだ瑞希ちゃんだっけ? 彼女と一緒に待ってるから早く来てね。山岡さん』


 そう告げて、ピエロの幻影は消えた。

 一人残された山岡は、しばし瞑目した。

 そして、


「申し訳ありません。久遠さま。お(ひい)さまと月子君のことを、何卒お願いいたします」


 そう呟いて、山岡は走り出した。

 仇敵と、救うべき教え子の待つ魔塔へと――。

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