表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第5部 『暁の塔』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

187/502

第六章 帳が降りて、幕は上がる③

 赤い水平線に夕日が沈む。

 緩やかに、夜が訪れようとしていた。

 その景色を見やり、紳士服に着替えた真刃は、少しばかり黄昏れていた。 

 バルコニーの傍で双眸を細めている。

 ――と、


『疲れたのか? 主よ』


 傍らで宙に浮かぶ猿忌が尋ねる。


「いや。そうではない」


 真刃は、苦笑を零した。


「流石に、今日は圧倒されてな」


 そう呟いて、夜となって輝き始めた夜の国(ミッドナイト)に目をやった。

 今の時代。あの時代と最も違う点は夜の明るさだろう。

 あの時代にも瓦斯(ガス)灯などはあったが、夜に今ほどの輝きはなかった。

 まるで星が地上に降り立ったようだった。


「これがすべて娯楽のためだというのだから恐れ入る」


 しみじみと呟く。


『確かにな』一方、猿忌も双眸を細めた。『豊かな時代になったものだ』


 と、遠き時代の者たちが哀愁を感じている時だった。

 ――コンコン。

 ドアがノックされた。

 真刃は振り返り、「開いている」と告げた。

 すると、「失礼します」という声と共に、ドアが開かれた。

 部屋に入って来たのはエルナだった。


 しかし、いつものエルナとは違う。

 真刃が紳士服を着ているように、彼女もドレスを身に着けていた。

 肩を露出し、首から胸元の部位がレース状になった、薄紫色のドレスである。 

 髪型はいつも通りだ。輝くような銀色の髪に、片房のみに巻かれた金糸の髪飾り。けれど、その唇にだけは、うっすらと紅が引かれていた。 


 可憐さは残しつつ、大輪の華へと。

 とても十五の少女とは思えない艶やかさを纏って、エルナは歩み寄る。

 優雅さを放つ足取りだが、彼女の表情は、少し緊張した様子だった。


 猿忌が『主よ。分かっておるな』と耳打ちする。

 真刃は嘆息した。


「猿忌よ。(オレ)はそこまで愚鈍ではないつもりだぞ」


 そう返しつつ、真刃は告げる。


「よく似合っている。綺麗だぞ。エルナ」


 それを聞いた途端、エルナは微笑んだ。


「ありがとうございます。真刃さん」


 言って、真刃の顔を見上げる。


「そう言ってもらえただけで、あの戦いを制した甲斐はあります」


 食事にはまだ一時間ほど時間がある。

 その間の時間を独り占めしたいと言う燦の提案に、妃たちは全員が乗った。

 そして行われた壮絶なジャンケン大会を、エルナが制したのである。

 燦が地団駄を踏んだことは言うまでもない。


 壱妃・エルナ=フォスター。初めての勝利であった。


「うふふ」


 勝者の特権として、エルナは真刃の左腕に両手を絡めた。

 真刃は邪険にしない。そもそもエルナを邪険にしたことなど一度もない。


「今日は楽しめたか?」


 優しい眼差しで、エルナにそう尋ねる。

 エルナは笑顔で「はい」と頷いた。


「そうか」


 真刃は目を細める。 

 エルナが楽しめたことは良いことだ。

 だが、やはり気になることがある。


「燦と月子とは、少しは打ち解けられたか?」


 そう尋ねた途端、エルナが少しムッとしたように頬を膨らませた。

 真刃は、内心で『う』と呻いた。


「やっぱり、今回のこれは、それが目的だったんですか?」


「……む。そのな……」


 エルナは真刃の腕を掴んだまま、ジト目で彼の顔を見つめた。

 真刃は、少し困った顔をしていた。

 そんな彼の表情に愛しさを覚えつつ、エルナは嘆息した。


「まあ、いいですよ。そろそろ態度を改めようと思ってましたし」


「……そうだったのか?」


 意外な言葉に、真刃は少し驚く。

 それに対し、エルナは「はい」と頷き、


「私は壱妃ですよ。妃の長です。いつまでも拗ねてはいられません。まあ、月子ちゃんは良い子だし、燦の方も悪い子じゃあないようですから。ただ、私としては……」


 エルナは、真刃と視線を重ねた。

 数瞬の沈黙。


「最近少し寂しいです。真刃さんに少しぐらい甘えたいの」


 エルナは微笑んだ。

 そうして、


「一つだけお願いがあります」


 ぎゅうっと柔らかな胸を押し付けて、おねだりする。


「年功序列順の件は、まだかなたと相談してないから一旦置いときます。けど、私はずっと思ってたんです。私も専属従霊が欲しいって……」


『……ふむ』


 その時、猿忌が口を開いた。


『専属従霊か。エルナの場合は(われ)が兼任しているのだが』


「猿忌って、やっぱり真刃さんの傍にいることが多いじゃない」


 猿忌に目をやって、エルナは言う。


「かなたの赤蛇や、刀歌の蝶花とは違うわ。専属って感じじゃないし」


『確かにそうだな』


 猿忌は、あごに手をやった。


『妃たちもすでに五人。エルナだけの時ならば我も兼任できたが、やはり、我は従霊の長として主に仕える立場にある。専属は厳しいか……』


 そこで主に目をやった。


『エルナの希望はもっともだ。燦と月子の専属従霊も決まっておらんしな』


「……専属従霊か」


 真刃は、腕を掴むエルナの顔に目をやった。

 どこか懐かしさを感じるその紫色の瞳を見つめつつ、


(オレ)としても、エルナたちに専属の護衛を付けることには異論はないな」


「ええ~」エルナが少し不満そうな声を上げた。


「私の専属従霊の話なのに、燦たちも貰うことになってる」


「……そう言うな。エルナ」


 真刃は苦笑を浮かべた。


(オレ)の心情的にも、お前たち全員に護衛を付けておきたいのだ。もう二度と、あの時のような失態は演じたくないからな」 


『はいはァい! なら、月子ちゃんにはアッシが立候補するっス!』


 その時、真刃のスマホが騒ぎ出した。金羊の声である。


『愚かなことを申すでない』


 しかし、その意見を従霊の長が一蹴する。


『お(ぬし)は我らの情報収集の要ぞ。そもそも、お(ぬし)は今代の機器が苦手な(あるじ)の補佐のためにいるのだ。(あるじ)の元を離れては意味が無かろう』


『う。なら分身体で……』


 なお食い下がる金羊に、


『分身体では、護衛としては力不足だ』


 猿忌は、容赦なく却下する。


『赤蛇も蝶花も、180にも届く高い魂力(オド)を持っておるのだぞ。少なくともそれに並ぶ者でなければ、専属従霊は務まらぬ』


「え? 赤蛇たちってそんなに魂力(オド)が高かったの?」


 エルナが驚いた顔をした。 


「ああ。その通りだ」真刃が補足する。


「元々、赤蛇には()(れい)に対する精神防御を。蝶花には治癒能力の強化という能力を与える必要があったからな。ゆえに、その場において最も魂力(オド)が高い者を選出したのだ」


 と、告げてから、少し眉をひそめた。


「しかし、そうなると現時点で、赤蛇や蝶花に並ぶ者、もしくは凌ぐ者を挙げるとすれば、猿忌、金羊、刃鳥……」


『それから新入りの百狐(びゃっこ)ちゃん。甲玄(こうげん)くん。風凜(ふうりん)ちゃんっスね』


 と、呟いてから、金羊は困ったように笑った。


『ちょっと癖の強い子たちばかりっス』


『確かに、あやつらは縛られることを嫌う性格だからな。その中では、刃鳥が最も適任ではあるが、刃鳥は金羊同様に主の側近。専属には出来ぬぞ』


 猿忌が言う。

 すると、真刃の胸ポケットから『ええ。そうですわ』と女性の声がした。

 そこに差し込まれたペーパーナイフ。刃鳥の声だ。


『お妃さま方の専属従霊は大変光栄ではありますが、わたくしは、いざという時のための真刃さまの剣。真刃さまのお傍を離れる訳には参りませんわ』


「……ふむ。どうしたものか」


 真刃はエルナの顔を見やる。

 彼女は、不安そうな顔をしていた。

 その表情に、真刃は不意に気付いた。


(……ああ。そうか。そうだったのか。エルナは……)


 遠き日を思い出して、真刃は彼女の頬に手をやった。 

 エルナは「あ」と呟き、微かに頬を朱に染めて、猫のように瞳を細めた。

 その様子に、とても懐かしさを感じる。


(燦はまるで小さな杠葉のようだ。だが、エルナは……)


 かつて愛した――いや、今でも愛しているもう一人の女性を思い出す。 

 容姿的にいえば、かなたの方が彼女には似ている。

 けれど、こうして頬に触れて、自分などに安堵してくれる表情を見ると……。


(紫子はもういないというのに)


 胸の奥が、強く痛む。

 初めてエルナと出会った時、彼女を見捨てられなくて当然だ。


(まったく。(オレ)という男は……)


 無論、エルナを彼女の代わりにするつもりはない。

 エルナと紫子は血の繋がりさえない別人だ。 

 エルナを失いたくない。

 エルナを守りたいと願う想いもまた、紫子に対する想いとは別物だった。


(ともあれだ)


 真刃は、気持ちを切り替えた。


(エルナ、燦と月子にもだ。護衛を担う従霊は――)


 と、考え始めた時、


『……ふむ。思い返せば、最初に専属従霊を務めたのは五将であったな』


 おもむろに、猿忌がそう呟いた。


『まあ、あやつの場合は、いささか特例的ではあったが』


「え? ごしょうって?」


 真刃に頬に触れられたまま熱く見つめられて、「も、もしかして、私ってここで初めてを迎えるの?」と、内心では緊張した様子を見せていたエルナが、猿忌の言葉を反芻する。

 真刃は「……猿忌?」と眉をひそめて、最古の従霊に目をやった。


『ふむ。主よ』


 猿忌は、続けてこう告げた。


『エルナたちの専属従霊も、前例に倣って従霊五将から任命してはどうだろうか』


「……何を言っておる」


 真刃は、表情を険しくした。


「今代において従霊五将の座はすべて空席だ。それはお前もよく知っておろう」


『……許せ。主よ』


 一拍おいて、従霊の長は言う。


『秘匿にしていたことは深く詫びよう。まだ時期ではないと判断していたのだ。だが、主も今の世の暮らしに慣れてきた。金羊を始め、世の仕組みに精通した従霊も多くなった。ならばようやく、あやつらを目覚めさせる時が来たのではないかと思ってな』


「……猿忌?」


 真刃がさらに眉をひそめた。

 と、その時。

 ――コンコン、と。

 おもむろに、ドアがノックされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ