第六章 帳が降りて、幕は上がる①
夕刻。
ドーンタワーの自室にて、金堂剛人は瞑目していた。
腕を組み、ただ静かにベッドの上で禅を組む。
御影刀真は、心配そうに様子を窺っていた。
この状況がすでに二十分も続いている。
――と。
「……………」
無言のまま、剛人が瞳をゆっくりと開いた。
「ご、剛人兄さん……」
刀真が恐る恐る声を掛けると、
「刀歌の艶姿の脳内保管は完了したぜ」
真顔でそんなことを呟く。
「え、えっと、剛人兄さん……」
刀真が頬を引きつらせた。
「二十分もかけて、そんなことをしていたの?」
「いや、もちろんそれだけじゃねえぜ」
剛人は、ベッドから降りて言う。
それから、グッ、グッと腕を解して、
「あのオッサンについても考えていた。ちょっと意外だったからな」
今日一日。
剛人と刀真は、ずっと刀歌たちの後を尾行していた。
水着姿ではしゃぐ美少女たち。その様子は、まさに眼福であったが、意外にもそのハーレムの主人たる青年は、あまり楽しんでいるような感じではなかった。
とは言え、嫌がっているという様子でもない。その眼差しはとても優し気だ。
分かりやすく言うと、まるで家族サービス中のお父さんのようだった。
JCに手を出すような変態下衆野郎をイメージしていただけに、これは意外だった。
「うん。そうだね」
刀真としては、姉の様子も意外だった。
「あんなに笑ってる姉さまは初めて見たかも」
「まあ、確かにな」
剛人は屈伸しつつ、渋面を浮かべた。
「JC狙う辺り、モラルはどうなってんだよって言いてえが、案外、自分の女には優しい野郎かもしんねえ。刀歌の奴は結構脳筋だしな。打ちのめされた後に、自分より強い男に優しくされて、思わずきゅんとしちまったのかもな」
ゴキンと首を鳴らす。
「ともあれ、現時点で刀歌が酷い目に遭ってねえことにだけは安心した。まあ、あのオッサンが実は外面だけは完璧だって可能性もまだ否めねえけどな」
「……どうするの?」
どうにも雰囲気が変わってきた兄貴分に、刀真が尋ねる。
すると、剛人は、
「うじうじ考えんのも、コソコソ後を付けるのも、やっぱ性に合わねえ」
不敵に笑う。
「今日一日でそう思ったよ。それに経緯はどうであれ、刀歌があの野郎に惚れてんのは確かみてえだ。なら俺がやるべきことは一つだ」
――ガンッ!
金属音が響く。剛人が両の拳を胸板の前で叩きつけた音だ。
その二つの拳が、銀色に輝いていた。
「俺の想いは変わんねえ。惚れた女が奪われたんなら取り戻すだけだ。この拳で刀歌に想いを伝える。引導師らしく、あのオッサンに戦いを挑んでな」
隷者の奪い合い。時には、相手側の隷主さえも含めて、相手の郎党ごと奪うことは、もはや引導師間の常識であり、流儀とも言えた。
剛人個人としては趣味ではないし、主義でもない。
本来、《魂結び》とは、ただ強くなるためだけの手段などではない。
強敵と競い合った結果、魂の絆の証として行うべきだというのが剛人の考えだった。
しかし、刀歌の未来がかかっている以上、ここは挑まずにはいられない。
「……剛人兄さん」
刀真は、兄貴分の顔を見上げた。
「けど、相手はあの姉さまに勝った人ですよ。それも、姉さまが今の状況を受け入れているということは、小細工や卑劣な手段も用いず、姉さま相手に正面から打ち勝ったはずです。間違いなく強い人ですよ」
「そんなの分かってるさ」
剛人は笑う。
「けど、俺だって刀歌に勝つために修行してきたんだ。あの国で魂を繋げた仲間たちの力もある。負けるつもりはねえよ。何よりも」
自分の銀の拳を見やる。
「俺の想いが、あのオッサンに劣るとは思わねえ。絶対に勝つさ」
「……剛人兄さん」
刀真は瞳を輝かせて、兄貴分を見つめた。
「だから、心配すんな」
剛人はふっと笑って、弟分に拳を掲げた。
「俺は刀歌を取り戻す。そんで刀歌を幸せにすんのは俺だ」
剛人は、部屋のドアに目をやった。
「そんじゃあ行くぜ。オッサンよ」




