第五章 暁の世界②
「よっしゃあ! 来たぜ! ドーンワールド!」
場所は変わって、セントラルホテル・『ドーンタワー』。
その九階にある一室で、金堂剛人は吠えた。
「う~ん。確かに来れたけど……」
同行者である御影刀真は、自分の荷物を二つあるベッドの一つに置いた。
「よくドーンワールドのチケットなんか取れたよね」
ドーンワールドは、超人気スポットだ。
ましてや週末の三連休。刀真もネットで調べてみたが、ドーンタワーの予約はおろか、入場のチケットさえ完売状態だった。
「まあ、ちょいと叔父貴の力を借りてさ」
剛人は言う。
彼の叔父……血縁的にはもう少し離れているのだが、かの黒鉄グループの重役だった。
その伝手を使えば、チケットの入手は、さほど難しくはなかった。
『惚れた女のためなんだろ? いいぜ。おいちゃんに任せときな』
剛人の叔父はそう言って協力してくれた。
チケットはおろか、ドーンタワーの宿泊予約まで手を回してくれたのである。
「叔父貴には世話になってばかりだ」
剛人は叔父に心から感謝する。
「それで刀真」
剛人も、自分の荷物をベッドの上に置いて尋ねる。
「刀歌の状況はどうだ? どの国に行くつもりなのかって分かるか?」
「あ、うん。待って」
刀真は、スマホを取り出して姉にチャットを送る。
返信はすぐに来た。
「……海の国だって」
「……やっぱ、そうかよ」
神妙な顔で、剛人は自分のあごに手をやった。
「剛人兄さん?」
刀真は、不思議そうに目を瞬かせた。
「やっぱりって、姉さまがどの国に行くって分かってたの?」
「……ああ。簡単な推測さ」
剛人は語る。
「マジで簡単な推測だぜ。考えてもみろ。相手はJCと決闘して隷者にするようなオッサンだぞ。間違いなくスケベなゲス野郎だ。そして海の国」
ググっと拳を固める。
「ほぼすべての人間が水着になるあのエリア。あのスケベ野郎は、水着姿の刀歌を侍らせて悦に入る気なんだよ」
「……無茶くちゃ悪意っていうか敵意があるよね。剛人兄さん」
「――当然だろッ!」
剛人は右腕を薙いだ。
「あの野郎は他にも二人、刀歌の同級生を隷者にしてるそうじゃねえか!」
「う、うん。姉さまはそう言ってたけど……」
「JCを三人も隷者にするようなオッサンだぞ! 社会的に抹殺すべき野郎だッ!」
と、宣告する。
鼻息もかなり荒かった。
(……剛人兄さん……)
刀真は、何とも言えない顔をした。
まあ、兄貴分の気持ちも分からなくもない。
しかし、一般社会ならば確かに抹殺すべき案件ではあるが、引導師の世界では、十五、六でも隷主や隷者になっている者も少なからずいるのだ。
その世代が通う各校自体が《魂結び》を推奨しているのだから必然だろう。
それは、まだ八歳である刀真でさえ知っている事実だった。
(……兄さんの気持ちも分かるけど……)
こればかりは、難しい問題だと思う。
なにせ、隷者の数は、生存率にも直結する話なのである。
本人同士が互いに承知しているのならば、引導師の世界では、これぐらいの年齢差は黙認されているのが現状だった。
(……抹殺はきっと無理だよ。だけど)
刀真は眉をひそめた。
(あの姉さまが、他の隷者まで認めているなんて……)
この事実には、刀真も相当驚いていた。
あの真っ向から《魂結び》を全否定していた姉が一転、そこまで認めるとは……。
(一体、何があったの? 姉さま)
刀真は、小さな拳を固めた。
兄貴分ほどではないが、刀真にも思うところがあった。
(……もしかしたら、あの動画も……)
ここ二ヶ月ほどの姉とのやり取りも、すべて演技だったのではないのだろうか?
本当は、姉の心はこの事態に納得していない。
敗北した事実と、《制約》によって、ただただ服従させられている。
あの動画も、男性の命令で姉が演じているだけなのでは――。
その考えが、どうしても頭の隅にあった。
(それを確認しないと)
そのために、刀真もこの場所に来たのだ。
「とにかくだ!」
剛人が叫ぶ。
「俺たちも海の国に行くぞ!」
「うん」
刀真は頷く。
「分かった。すぐに準備するね」
「おう! あのオッサンの化けの皮を剥がしてやるぜ! そんで!」
一拍おいて、拳を突き上げる。
「刀歌の水着姿を! この網膜に焼き付ける! もちろん映像にもな!」
ギランッと眼光を輝かせる剛人。
刀真はジト目になって「……いや、剛人兄さん」と呟いた。
こうして。
少年二人も、戦場に到着したのであった。
そして――……。
ほぼ同時刻。
ドーンタワーの一階。エントランスホールにて。
「やあやあ、みんな」
サングラスをかけた篠宮瑞希が、気安げに声を掛けた。
トランスケースを片手に持った、どこから見ても女子大生の趣だ。
そのグループは、彼女に視線を向けた。
人数は、瑞希を除いて八人。
男性が五人。女性が三人である。若いメンバーだ。
一見しただけならば、大学の友人同士か、それともサークルメンバーか。
服装からして、そういった雰囲気のグループである。
だが、その中には、扇蒼火や宝条志乃の姿もあった。
「遅くなっちゃったかな?」
サングラスをずらして、瑞希が言う。
蒼火は「ふん」と鼻を鳴らした。
「お前が遅刻の常習犯なのは今更だ」
「あはは。ごめんって」
瑞希が、両手を重ねて謝る。
「けど、僕も含めて九人か。この数のチケットをよく集められたね」
「蛇の道は蛇だ」
蒼火は言う。
「いささか強引な手も使わせてもらった」
「おお~、怖いねえ」
瑞希が笑う。
が、すぐに目を細めて。
「けど、ありがたいよ。人手は出来るだけ欲しいしね。さて」
瑞希は告げた。
「早速、作戦会議と行こうか」




