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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第1部 『骸鬼王の館』

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第五章 骸鬼王の館③

 ――午後、二十三時。

 腕時計に目をやりつつ、ゴーシュは呟く。


「では、そろそろ行くか」


 言って、自身の白いスーツの襟元を正した。

 隣に立つセーラー服姿のかなたは「了解しました」と答えた。

 ゴーシュは洋館の裏口の前に立つ。そして、おもむろに扉を蹴破った。

 扉の蝶番は、ゴーシュの一撃に耐えきれず吹き飛び、壁にぶち当たった。


「脆い扉だな」


 これでは館内で暴れた時、大丈夫なのかと思う。


(だが、それならそれで構わないか) 


 館が壊れたところで自分に害はない。いざとなれば瓦礫の中からでも生還する自信はある。その程度の修羅場なら数え切れないほどにくぐってきた。


「さっさと終わらせるか」


 ゴーシュは壊れた扉をくぐり、館内に入った。

 かなたもその後に続く。


「……ふむ」


 見た目通りの洋館。そこは長い渡り廊下だった。

 窓から差し込む月明かりで照らされた、不気味な廊下だ。

 だが、そんなものは、ゴーシュにとって恐れるものではなかった。

 力強い一歩を踏み出した――その瞬間だった。


「――なに!?」


 大きく目を瞠る。いきなり廊下が消えたのだ。

 壁だけ残して消失した床。底がまるで見えない。奈落のような深さだ。 

 無論、廊下に立っていたゴーシュとかなたは足場を失った。


(――チイィ)


 浮遊感を覚えた一瞬に、ゴーシュは思考する。

 このまま落ちたとしても、自分に限っては特に問題はない。戦闘装束(・・・・)を纏えば尚更だ。

 ここで問題なのは、かなたの方だ。仮にこの奈落の深さが十メートル以上あるとすれば、あの娘は助からないだろう。


(ここで『贈呈品』を失うのはまずいな)


 ゴーシュは、かなたの身柄の確保を最優先にした。

 咄嗟にチョーカーの呪いを発動。かなたが纏うセーラー服の肩の部位が解れて糸と成り、天井に少女を縫い付ける。ガクン、と吊られるようにかなたの落下を防いだ。


「いいか、かなた」ゴーシュは命じる。「生き延びろ。死ぬことは許さんからな」


 両腕を組んだまま、一人落下していくゴーシュ。


「はい。ご当主さま」


 一方、こんな状況であっても、かなたは表情を変えない。感情のない機械のような声で「承知致しました」と答える。ゴーシュは瞬く間に奈落の底へと消えていった。

 かなたは、しばし天井に縫い付けられたままだったが、不意に床が現れ、彼女は廊下に降りた。 

 今度は消えるようなことはない。一度限りのトラップのようだ。


「………」


 かなたは、無言のまま背後に目をやった。

 そして、わずかに目を細める。

 裏口はなかった。いつの間にか壁に変わっている。割れている窓にも手を向けた。しかし、どうやらそこには不可視の結界があるようで、外に手を出すことが出来ない。

 かなたは、太股に巻き付けているハサミを抜いた。

 空間に刃を入れてみると、手応えは感じるが、再び手を向けても結果は変わらない。

 切り裂かれると同時に、結界が復元しているようだ。


「……閉じ込められた」


 ポツリ、と呟く。生存を最優先に命じられた今、あえて外で待機する案も考えていたが、そうは甘くないようだ。


「仕方がない」


 かなたは、ハサミを一瞬で巨大化させた。形状をそのままに、一メートル半ほどのサイズにする。質量の増減。身体強化同様に、これも《断裁(リッパー)》に付与されている基礎術だ。


「ご当主さまと合流することを優先して、先に進もう」


 言って、巨大なハサミを片手に廊下を歩き出す。

 彼女にとって、運命とも呼べるその道を――。



       ◆



 トラップが発動したのは、真刃たちの方も同じだった。

 正門をくぐり、最初に訪れたエントランスホール。

 左右に分かれた階段の中央にある巨大な絵画に目をやった瞬間、床が消失したのだ。


(事象操作の異能だと!)


 真刃は息を吞むが、同時に指示も出す。


「猿忌! エルナを!」


『御意!』


 猿忌は瞬時に応えた。鋼の尾を二つに分けて伸ばすと、唖然としているエルナを捉え、もう片方で天井を打ち抜いた。虎の巨体は大きく揺れて宙空に止まった。


「お師さま!」


 エルナが手を伸ばす。しかし、真刃の落下は止まらない。


「猿忌よ! エルナを守れ!」


 ただ、それだけを再度命じて落下し続ける。

 瞬く間に、エルナたちの姿は遠ざかっていった。


(やられたな)


 落下する感覚だけがある暗闇の中で、真刃は嘆息した。


(事象操作だと? 危険度Aに出来る芸当ではないぞ)


 縄張りにした場所を自在に作り替えて操る異能。数ある異能の中でも時間操作に次ぐ最強クラスの異能だ。当然、それを操る我霊も最強クラスとなる。


(情報に過ちがあったか? 何にせよ)


 ――ズズンッ!

 真刃は、両足で地面に降り立った。

 何十メートルにも至る落下の衝撃で地面に亀裂が走るが、真刃自身は平然としていた。


「……ふむ。靴がもたんと思ったが」


 見たところ、黒い革靴も無事のようだ。


「衣服も随分と進化したものだ。貴様らと違ってな」


 闇の中でも見通せる瞳で、周囲を見やる。


「グルルルル……」「ぐ、がああ……」「ウァアアァアアァ」


 獣の声が幾つも上がる。

 そこには何十体もの屍がいた。我霊に取り憑かれた生者の成れの果てだ。

 眼球がこぼれ落ちた者。肉が欠け、骨が欠けた者。別の屍の腐肉を喰らう者。

 衣服も性別も様々な屍どもが、真刃に注目していた。


「ここは貴様らの餌場か」


 真刃は、スーツの胸ポケットから、ある物を取り出した。

 それは微細な細工が施された、銀色のペーパーナイフだった。


「起きておるか? 刃鳥(はどり)


『もちろんですわ。真刃さま』


 ペーパーナイフが女性の声で応える。猿忌、金羊の同胞。第三の従霊・刃鳥だ。


「あまりこやつらに時間をかけたくない。一気に叩くぞ」


『承知致しましたわ』


 そう言うなり、ペーパーナイフは躍動した。

 刹那の内に質量を増加、銀色に輝く翼が象られる。

 数秒後、真刃の前に佇むのは、全身が刃で構成された白銀色の孔雀だった。

 刃の孔雀は、我霊どもに向かって翼を広げた。


「さて」


 真刃は、屍どもに目をやった。

 そして皮肉気な笑みを見せて告げる。


「悪いが、この餌場は本日をもって終了とさせてもらうぞ」



 同時刻。


「……ふん」


 ゴキン、と首を鳴らしてゴーシュは笑った。

 周囲には無数の屍。死臭を漂わせる低級我霊どもだ。


「怪物にもなれなかった屍鬼(ゾンビ)か。雑魚どもが」


 言って、全身に力を込める。 

 途端、ゴーシュの白いスーツが軋みを上げて膨張する。

 数秒も経たずして、ゴーシュは筋骨隆々の白い超人と化していた。 

 白いスーツを戦闘用に編み直したのである。簡潔に言えば、頭部には銀色に輝く鏡のような無貌の仮面。全身には黄金の紋様が入った白のレザースーツを纏っているのである。

 これこそが、ゴーシュの戦闘装束であった。


「では行くぞ!」


 白い超人が地を蹴った。

 同時に、別の奈落では無数の刃が飛び交った。


 ――かくして。

 銀髪の少女の自由と。

 黒髪の少女の、文字通りの命運を賭けた、骸鬼王の館攻略戦。

 その幕が、切って落とされたのである。







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