第四章 想い、数多②
一方、その頃。
肆妃『星姫』・火緋神燦は、自宅にいた。
フォスター邸ではない。火緋神家の本邸だ。
彼女は今、自室にいた。
学校の帰りに立ち寄ったのである。
火緋神家の本邸は、とても古い日本家屋のため、燦の部屋も和室だ。
ただ、なかなかに広大な部屋には、上質な絨毯が敷かれ、ドンっと大きなベッドも鎮座している。そこには特注なのか、燦の炎獣のぬいぐるみが置かれていた。他には、桐製のクローゼットに小さな机。スタンドミラーもある。内装は完全に洋風だった。
さて。どうして燦がここにいるかというと……。
「ふん、ふ~ん♪」
鼻歌混じりに、燦はクローゼットを開けた。
大量にある衣服。その中から、これぞというモノを見定める。
「うん。これにしようかな」
燦は、その服を取り出した。
それをベッドの上に置くと、燦は自分の襟首に手をやった。
そうして一気に制服の上着を脱ぐ。
現れ出たのは、平野……と呼ぶのは流石に酷だろうか。まだまだささやかではあるが、確かなる双丘が連なる黒いスポーツブラだった。
次いでスカートを。最後にベッドに腰をかけて、黒いストッキングも脱ぎ捨てた。
燦は、瞬く間に下着姿になった。
幼いながらも、その美しい容姿から、将来性が抜群なのは分かるのだが、いかんせん、下着に縫い付けられた炎獣のアップリケがいただけない。
とは言え、その姿も十数秒の間だけのことだ。
燦はすぐにベッドに用意しておいた服を取り、それに袖を通した。
それから、リップを取り出して、スタンドミラーの前で唇をなぞる。
ただでさえ瑞々しい彼女の唇は、さらに艶めきを増した。
「うん。よし!」
燦はガッツポーズをとる。
それから、スタンドミラーの前でくるりと回転する。
「うん。似合ってるよね」
笑みを零して、燦はご満悦だった。
彼女は今、真紅の中華服を着ていた。
燦の美脚の白さが際立つ大きなスリットが入った衣服。足から胸元にかけて大きな金の龍の刺繍も施されていた。
これは、燦が所有する余所行きのドレスの一つだった。
着る者によってはコスプレ感が強く出る衣装だが、燦にはよく似合っていた。
「出来れば、月子の意見も聞きたかったなあ」
と、呟く。
月子とは、今日は別行動だ。
たまたま月子が先生に声を掛けられ、帰宅のタイミングがずれてしまったのだ。
燦にも、今日は自宅に寄る用があったため、仕方がなく別行動をしているのである。
そして、その用こそが、この衣装だった。
「……ドーンワールドかあ」
スタンドミラーに映る燦が、ふふっと笑う。
ドーンワールドとは、今週末に行く予定のレジャーランドだった。その立地条件と桁違いの大きさで有名なランドであり、実は、燦はすでに二度行ったことがあった。
あそこは家族連れにも好評だが、それ以上に恋人同士で行くスポットとしても有名だった。
特に、宿泊施設は豪華であり、中央に立つセントラルホテル・『ドーンタワー』の最上階のレストランフロアは、ドレスコードまであるという本格的な趣だった。
燦としては、食事にも興味はあるが、それ以上に、おじさんに自分のフォーマルな姿をお披露目したかった。そのために衣装が豊富にある実家に戻ってきたのである。
「おじさんって、最近あたしたちを子供扱いするのが酷くなってきているしね」
頬を膨らませてむむっと唸る燦。
最近の抱っこなど、『高い高い』レベルの雑さである。
どうにも、不当な扱いを受けている気がする。
だからこそ、今回の機会で、自分の女の子としての魅力を見せつけるつもりだった。
もちろん、この計画には月子も参加している。
ただ、月子の方は、少し控えめにして、とお願いしていた。
相棒が本気でフォーマルな姿になると、もう小学生には見えないからだ。
――そう。思い出すのは、初めて火緋神家に月子を紹介した日。
公式の場ゆえに着飾った月子を前にして、異母兄たちを筆頭に若い引導師たちが「……天使か」と騒めいたことは、今も強く印象に残っている。
つくづく反則的な相棒だと思う。
「むむっ! だけど!」
燦は、グッと拳を固めた。
「月子にはほんのちょっとだけ負けるかもしれないけど、あたしだって本気で着飾ったら凄いんだから! おじさんをメロメロにしてやるの! そして!」
ムフー、と息を吐いて頷く。
「ドーンタワーで、あたしと月子は正式に隷者にしてもらうの!」
流石に第二段階とは言わない。
いつかはと思っているが、それはまだまだ先の話である。
ただ、この機会に第一段階ぐらいには至っておきたかった。
「あのおばさんたちに、いつまでも偽物なんて言わせないわ!」
拳を振り上げ、強く意気込む燦。
学校の授業だと、第一段階とは、魂を繋げる儀式とのことだ。
少し程度の痛みはあるらしいのだが、大抵は数秒ほどで済む話らしい。
一応、各小学校では《魂結び》の使用は原則禁止されている。しかしながら、実のところ、第一段階までならば、燦たちの世代でも試しに行う者はかなり多かった。
無論、決闘自体は本気で行う。相手を屈服させなければ儀式は成立しない。
ただ、その後の契約時に、《隷属誓文》の文面に『双方のいずれかが破棄を望んだ場合、この契約は無効とする』とでも記載しておけば、簡単に契約破棄も可能なのだ。これならば、燦たちにしても偽装の範疇にも納まる内容だった。
――そう。第一段階までなら、別に行っていても大きな問題はないのだ。
建前である偽装の件もクリアできて、正式な隷者にもなれる。
燦と月子としては、是非ともしておきたい儀式だった。
「えへへ」
燦は口元を綻ばせる。
「おじさんにね、本気で着飾ってお願いするの。そしたら、きっと……」
そう呟いて、両頬を押さえてくねくねと体を揺らす燦。
ただ、この願いは、実際のところ、途方もなくハードルが高い。それはエルナたちならば実体験でよく知っているのだが、新参の燦や月子が知るはずもなかった。
彼女が今気にしていることと言ったら……。
「……う~ん」
ふと、スタンドミラーの自分の姿を見やり、燦は眉をしかめた。
この衣装。
勝気な顔立ちの自分には、よく似合っていると思う。
しかし、この衣装は――。
「…………」
燦は、自分の慎ましい胸に視線を落とした。
この衣装、自分よりも、あの三人の方が似合いそうだ。
特に自分と同じ、勝気な顔立ちの参妃には――。
「……むむむ」
燦は、眉間にしわを寄せて呻いた。
何というか、この服で行くと比べられてしまいそうだ。
「これはダメかあ」
言って、燦は中華服を脱ぎ捨てた。
再び下着姿になって、燦はクローゼットを覗き込んだ。
「他にいいのはないのかな? あたしの魅力を100%引き出すような……」
次から次へと衣装を取り出す燦。
それらに幾度となく着替えていく。
壱妃に続き、肆妃『星姫』も、決戦に向けて意気込みは充分だった。
GWスペシャル…………おかわりだッ!
5/8(土)まで突っ切るぜよ!




