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第八章 バケモノ談義④

 黒龍が、ゆっくりと龍体を地表に近づける。

 それに合わせて、背に腰をかける真刃と少女の位置も下がった。


 黒龍の名は、()(りゅう)

 九里の距離さえも瞬く間に翔ける飛龍。久遠真刃の乗騎だ。


 そして少女の名は、時雫。

 先に実体化していた赫獅子と、蒼い狼――狼覇が地を蹴り、着地の地響きと共に、龍体の玉座に座る主の両脇を固める。

 白冴を除く従霊五将が、この場に顕現していた。

 次いで、

 ――シャリン。

 鈴の音を鳴らして、千成瓢箪の槍が地を打ちつける。

 従霊の長たる猿忌が、主君を守るため、真刃の斜め前へと進み出た。

 その後、山頂を埋め尽くす従霊の灯火たちが輝きを放った。

 まさしく、精霊殿がそこに在った。

 そして、


「さて。では早速、談話でもしようか」


 再び指を組み、龍体の玉座から真刃が告げる。

 対する餓者髑髏は、


「フハハハハッ!」


 呵呵大笑を上げた。

 続けて、パチンと指を鳴らす。

 すると、地から刃の山が突き出し、餓者髑髏の体を宙に上げた。

 真刃と餓者髑髏の視線が、同じ高さとなる。

 刃の山は、突き出るのを止めて、餓者髑髏を支える玉座と成った。

 餓者髑髏は、ゆっくりと足を組んだ。


実に面白いべりーふぁんたすてぃっく!」


 化け物の王が言う。


「なんと酔狂な! よもや、吾輩と談話を望む引導師がいようとはね!」


「言葉が通じるのだ。この程度の余興はよかろう」


 真刃は、肩を竦めてそう返した。


「ふふ。そうかね」


 餓者髑髏は、双眸を細めた。


「まあ、実際のところは、吾輩の監視が目的かな? 吾輩が約定を違えぬように、君自ら出向いてきたといったところかな?」


「ふん。どうだろうな」


 真刃は、少し皮肉気に口角を崩して言う。


「いずれにせよ、貴様には聞きたいこともあったからな」


「ふむ」餓者髑髏は髭を触った。「何をかね?」


「貴様の目的についてだ」


 真刃は告げる。


「今度こそ答えてもらうぞ。貴様の目的とは一体何なのだ? 貴様の行動は、あまりにも我霊の行動理念から離れすぎている」


「ふむ。そうだね」


 一方、餓者髑髏は双眸を細めた。


「確かに君たち引導師の目から見れば違和感を覚えるのだろう。だが、それを語るには、まず知性を取り戻した我霊について語る必要があるね。さて。久遠君」


 刃の玉座の上で足を組み直し、真刃の名を呼ぶ。


「君は、この国に、知性を取り戻した我霊がどれぐらい存在すると思う?」


「それは……」数瞬ほど考えて真刃は答える。「およそ二百程度と聞いたことがあるな」


「はは。残念」


 餓者髑髏は、苦笑を浮かべた。


「それは名付きの数だね。もう少しばかり多いかもしれないが、ともあれ、知性を取り戻した数ならば、恐らくその二桁以上の数はいると思うよ」


「なんだと?」


 真刃は眉根を寄せた。


「どういうことだ? それほどの数がこの国には潜んでいるということか?」 


「いや。潜んでもいない」


 餓者髑髏は円筒帽子(シルクハット)の鍔に触れ、視線を隠した。


「正確には、それだけの数がいたというべきだったかな。知性を取り戻した時。それは生前の記憶(めもりー)と姿。そして、これまでの記憶(・・・・・・・)も取り戻すということだ。君は知らないだろう。引導師たちは知る由もないだろう。知性を取り戻した我霊たちの最多の死因(・・)。それは――」


 一拍おいて、化け物の王は告げる。


後悔による自死(・・・・・・・)。それが、ほとんどを占めるのさ」



       ◆



 ザザザザ……。

 繁みをかき分けて、黒田信二たちは森の中を駈けていた。

 腰の刀の鞘を片手に、可能な限り急ぐ。


(もどかしいな)


 信二は強く唇を噛む。

 出来ることなら、もっと急ぎたい。

 だが、信二たちは魂力を操る引導師ではない。

 若い青年が多くとも、武装しただけのただの人間だ。

 中腹までとはいえ、全力疾走で山を踏破できるはずもない。

 その上、化け物がどこに潜んでいるのか分からない状況だ。

 移動のみで、体力を使い果たすのは愚の骨頂である。

 信二は、大きな木に背中を預けて、足を止めた。

 仲間たちに向けて、片手をかざす。

 他の五人も、同様に、近くの木々に身を隠した。


 六人は、周囲を警戒した。

 近くには敵の気配はないようだ。


 信二たちは、ふうっと大きく息を吐いた。

 こうして、時折、息を整え直して信二たちは進んでいた。

 信二たちは知る由もないが、それは、他の場所に飛ばされた仲間たちも同様だった。

 他の場所では、同じく木の影で息を潜める一団の姿があった。

 木から木へと駆け抜ける一団もいる。


 慎重に。

 けれど、可能な限り早く。


 全員が、その想いを抱いて行動していた。

 ――そう。その一団だけを除いては。


 場所は、森の中へと続く山道。

 無言だった。

 誰一人、口を開くこともないまま……。

 金堂岳士が率いる一団は、本道を進んでいた。

 周囲は警戒している。

 だが、その足取りは、とてもゆっくりとしたものだった。

 移動よりも、戦闘を重視しているからだ。

 体力を温存して岳士たちは進んでいた。

 この道を進むと決めた時から覚悟している。

 自分たちだけは、絶対に戦闘は避けられないと。

 そして――。


「……金堂の旦那ッ!」


 仲間の一人が声を上げた。

 小太刀を両腕に構える青年。普段は猟師をしている人物だ。


「来る! 前からだ!」


 猟師の感覚で誰よりも早く脅威を感じ取る。

 岳士を筆頭に、全員が武具を構えた。

 数瞬の沈黙。

 強い風が吹き、桜の花弁が舞った。

 そうして、

 ――ズズンッ!

 それは跳躍し、空から降り立った。

 首から背中にかけて揺れる背びれに、涎で濡れた口。

 両手の指には水かきもある。四肢は長く、全身は緑色の鱗で覆われていた。

 よく見れば、長い首にエラ(・・)もあった。


「……はン」


 岳士は鼻を鳴らした。


「河童擬きかよ。山で出くわすような奴じゃねえな」


 そう嘯くが、現れた化け物の体格は、岳士より二回りは大きい。

 腕の太さに至っては、人間の胴体ほどだ。

 一人で戦えば、まず勝ち目はない。

 だからこそ、


「お前ら!」


 斧を構えて、岳士は吠える!


「俺たちは生き残る! 行くぜ!」


「「「――応ッ!」」」


 仲間たちも吠えた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!」


 その覇気に応じるように、化け物もまた咆哮を上げるのだった。

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