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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第4部 『追憶の彼方』

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第六章 刃の王は、高らかに告げる➂

 それは、唐突に襲い掛かる。

 十五本以上の触舌。

 不気味に蠢くそれらには、一切の予備動作がなかった。

 何の予兆もなく、不意に先端がかき消えるのである。


「――ッ!」


 桜華は直感だけで後方に跳んだ。

 途端、桜華が立っていた場所が、線を引くように抉られる。

 街道が、舌舐めずりされたのだ。


「あら。勘が良いんですのね」


 エリーゼが呟く。


「ですが、今のは小手調べですわ」


 そう告げると、すべての触舌が同時にかき消えた。

 桜華はゾッとしつつも、感覚を研ぎすませた。

 目では追えない。だからこそ、肌で空気の流れを感じ取った。

 そして走り出す。

 炎の刃を携えて、エリーゼの間合いへと。

 その途中で桜華は真横に跳んだ。またしても街道が抉られる。

 次いで、頭を下げた。今度は、後方の街路樹が両断された。


「……まあ」


 エリーゼは、口元を片手で押さえて驚いた。


「まさか、私の舌の動きが見えていますの」


「見えてなどいない」


 桜華は熱閃を振るって、襲い来る舌の軌道を変えた。


「だが、それほどの速度ならば空気は弾ける。五感を研ぎ澄ませれば対処は出来る」


「まあ。凄いのですね」


 エリーゼは、感心したように両手を打った。


「では、これならばどうかしら?」


 そう告げられると同時に、桜華の背筋に悪寒が奔った。

 全方位から、悪意を感じた。


(全方位攻撃か!)


 十五本以上の触舌が、それぞれ別方向から襲い来ることを察する。

 すべてを回避するのは、桜華であっても不可能だ。


(致命傷になりそうなのは三本か! それ以外はやむを得ん!) 


 多少の負傷は覚悟する。

 桜華は攻撃を受けた後、即座に攻勢に出られるように重心を下げた。

 と、その時だった。


『ご安心を。桜華さま』


 不意に、胸元の水晶――白冴が声を掛けてきた。

 直後、桜華を中心に、透明な水晶の結界が展開された。


「え?」


 桜華が目を瞬かせると、その水晶の結界は、触舌の全攻撃を遮断した。

 十五本を越える触舌はすべて弾かれ、あらぬ方向に軌道を変える。


「し、白冴?」


 桜華は、唖然とした。

 あの触舌の攻撃力は、相当なモノのはずだった。

 それを白冴は容易く弾いてみせた。驚くほどの防御力である。

 まさか、ここまで強力な結界を築けるとは――。


『この白冴は、従霊五将が一将でございます。私がお傍にいる限り、桜華さまのお体に下賤な舌を這わせることなど断じてさせませぬ』 


 そうして水晶は、ゆらりと浮くと、エリーゼの方に向いた。


『痴れ者が。この御方をどなたと心得るか』


 白冴は、怒気さえ宿した声で告げる。


『この御方こそが、我が君の奥方さまであらせられます。いずれ、我が君の愛しき御子を宿す尊き御方。その美しきご肢体に触れてもよいのは、我が君のみでございます。ましてや、貴様のような痴れ者が触れるなど、言語道断でございます』


「し、白冴!?」


 白冴の発言に、桜華も流石に顔を赤くした。

 一方、エリーゼは、


「……面白いことを仰るのね」


 表情を、少し冷淡なモノに変えて呟く。


「見たところ、式神のようですわね。式神ごときに痴れ者と呼ばれるのは不愉快ですが、良いこともお聞きしましたわ」


「……なに?」


 その言葉に、桜華が眉をひそめた。

 すると、エリーゼは微笑み、


「私、実は人のモノを奪うのが大好きですの」


 そんなことを告げた。


「強奪は本当に楽しいわ。物でも人でもね。特に、人間は表情が素晴らしいの。困惑に動揺。背徳に自責の念。必死に抗おうとするのだけど、最後には快楽に堕ちてしまう。それがまた楽しくて美味しいの」


 くるくる、とその場で舞う。

 そして、困惑する桜華を指差して。


「今のお話ですと、あなたにも夫がおられるのでしょう? ふふ、あなたの愛する殿方。是非とも奪ってみたいわ」


「……くだらん戯言を」


 困惑から一転、桜華は双眸を細めた。


「名付きになると、我霊は女の方が情欲が強くなると聞いたことがあったが本当なのだな。だが、そもそも、あいつがお前のような女の相手をするものか」


「ふふ。それは分からないわ。けれど」


 エリーゼは、蒼い双眸を細めた。


「それは機会があればですわね。実のところ、私はあなたを殺す気はないのですわ。先程の攻撃もそう。当てるつもりはなかったわ。ただ、手足を絡めとるだけ」


「……なに?」


 炎の刃を構えつつ、桜華が呟く。


「どういうつもりだ? 自分を殺すつもりがないだと?」


「ええ」


 エリーゼは頷く。


「だって、あなたは贈り物。私の愛しいお館さまに捧げる贈り物(プレゼント)なのだから」


「……なんだと?」


 桜華は、炎の刃の柄を強く握りしめて眉根を寄せた。

 エリーゼは再び「ええ」と首肯する。


「光栄に思いなさい。地を這う人間に過ぎないあなたを、天の座に御座すお館さまが見初められたのよ。喜んでその身と命をお館さまに捧げなさい」


 エリーゼは言う。


「出来れば処女(おとめ)の方がよかったのだけど、そこは、お館さまにも、強奪の甘美さをご堪能して頂くことにいたしましょう。お館さまのお情けを頂けることだけでも、人間には望外の幸運ですが、もし、お館さまがあなたをお気に召されたのならば、その後も、お館さまにお仕えできる栄誉を賜れるかもしれないわよ?」


「……本当に戯言だったな」


 不快感と共に、桜華は吐き捨てる。


「誰が我霊などに弄ばれるものか。そんなことになるのなら、自決するだけだ」


『お待ちを。それは容認できぬお言葉でございます。桜華さま』


 白冴が言う。


『桜華さまが我霊の慰み者になるなど論外ではございますが、桜華さまは、我が君の奥方さまであらせられます。自決は断じて容認できませぬ』


「い、いや。そう何度も奥方とはっきり言われると恥ずかしいのだが……」


 どうにも自分を強く推してくれる白冴に、流石に頬を染める桜華。

 一度、大きく息を吐いて。


「いずれにせよ、貴様の目的など知ったことか」


 今は戦闘中だ。

 意識を、再びエリーゼだけに集中させる。


「貴様はここで自分が斬る。確かなことはそれだけだ」


 そう宣言して。

 桜華は炎の刃を、煌々と輝かせた。

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