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第四章 強欲なる者たち②

『中々面白い舞台であったな。主よ』


 くつくつ、と猿忌が笑う。

 自室にてネクタイを緩めた真刃は、椅子(ワークチェア)に腰をかけていた。

 上着はハンガーに。黒いシャツの袖を腕まくりしたラフな姿だ。


(オレ)としては笑えんかったがな」


 真刃は嘆息する。次いで消耗した活力を補うため、本日三本目の缶コーヒーを開ける。

 一口飲む。甘い。今回は糖分多めだ。


「……ふう、美味い。しかし、なんとも疲れる催しだったな」


 缶コーヒーの残りを一気に飲み干し、真刃は呟く。

 ――結局、保護者面談は、なし崩し的に終了した。

 大門が、決闘の舞台を用意するという決定事項だけを残して。

 曰く、エルナとかなたを通じて、本日中に連絡して来るとのことだ。


(やれやれだ)


 真刃は、空になった缶コーヒーを(ワークデスク)の上に置き、再び嘆息した。

 かなたの身柄を保護するためとはいえ、我ながら慣れない演技をした。

 しかも、エルナならば、何も言わずとも演技だと悟ってくれると思っていたのに、帰り道でのあの子の緊張ぶりときたら……。 


『うむ。だが、素晴らしい結果でもあったぞ』


 その時、猿忌があごに手をやった。


『これでエルナは正式に壱妃に。思いがけない事態で前倒しとなったが、「杜ノ宮かなた」も弐妃に確定した訳だな』


「なに?」真刃は眉根を寄せた。「前倒しだと? どういう意味だ? それは?」


『ん? 言ってなかったか? 彼女、「杜ノ宮かなた」こそが弐妃候補なのだ。よもや主の方からあの娘を隷者にすると言い出すとは思ってもいなかったぞ』


 宙に浮かぶ猿は、愉快そうに双眸を細めた。


「……は?」


 一方、真刃は呆気に取られるが、


「いや、待て猿忌」


 流石に、青筋を額に浮かべて告げる。


「弐妃とやらの件はともかく、学校でのあれはすべて演技だぞ。言うまでもなかろう」


『主よ』猿忌は深々と嘆息した。『何度も言うが、主には最低でも七人の花嫁が必要なのだ。そろそろ覚悟を決めろ』


「いや、お前な」


『それに、かなたの方はともかく、エルナの方はすでに最後の一線まで覚悟しておるぞ。神妙な顔で浴室に籠り、何十分、体を洗っておると思う?』


 猿忌は大仰に肩を竦めた。家に帰るなり、エルナはこう告げたのだ。


『ソ、《魂結び(ソウルスナッチ)》ですね! か、覚悟はしてます! け、けど、その、す、少しだけ待ってください! 準備してきますから!』


 そして、彼女は声をかける間もなく、浴室に向かっていったのである。


「……はぁ」真刃は深い溜息をついた。


「エルナの方は、よく言い聞かせるしかないようだな。だが、かなたの方は……お前ならば分かるだろう? (オレ)がかなたに拘る理由がなんなのか」


『……無論だ。主よ』


「もはや昔の(オレ)に似ているという感傷的な話ではない。切実な問題として、あの娘はあのまま放置していると危険なのだ。恐らくあの娘は……」


 そこで言い淀む真刃。

 長い沈黙が続く。と、猿忌が代わりに『ふむ』と頷き、言葉を継いだ。


『エルナと違い、まだ実戦経験――我霊との戦闘をしたことはないのだろうな』


「……当然だ。少なくとも、直で渡り合ったことはないだろう。でなければ、あの娘が今も生きていられるはずがない」


 真刃は、椅子ワークチェアにギシリと体重を預けた。


「直接会って確信したぞ。あの娘はここで手を離せば、いずれ死ぬ」


『それは同感だ。主よ。しかし解せぬ。何故、周囲はあの娘を放置する? よもや今代の引導師は我霊の特性を知らんのか?』


 猿忌は、率直な疑問をぶつけてくる。


「恐らく近年において、実例がほとんどないのであろうな」


 真刃は、足と指先を組んだ。


「今代の我霊の数は異常なほどに多い。例のサイトの依頼数を見てみろ。日本だけでも数百万件とあるのだぞ。何の冗談だ。我らの時代では考えられぬ。これはもはや人間の生き方、在り方が我々の時代とはまるで違うということだ」


 一拍置いて、


「『使命に走るな。自分を愛せ。引導師よ、強欲であれ』。その訓示(・・)の意味さえもすでに忘れ去られたか。本当に遠き世界に来たものだ」


『………』


 猿忌は沈黙した。

 真刃も何も語らず、宙空を見つめていた。

 ――と、その時だった。


「お、お師さまっ!」


 突如、真刃の部屋の扉が開かれた。エルナが、ノックもせずに入ってきたのだ。


「……エルナ」真刃は嘆息して窘める。「親しき仲にも礼儀はある。せめてノックは――」


 と、言いかけたところで、真刃は絶句した。


『――ほう!』


 その傍らで、猿忌は瞠目する。

 スマホを片手に持ったエルナは、寝間着姿だった。

 それも、白い下着がうっすらと見える、レースのように薄い、紫色のネグリジェ姿だ。

 よほど長湯をしていたのか、肌は火照り、豊かな胸元のラインなどには汗が伝っている。唇には淡くリップが引かれていた。

 もちろん、すらりとした両手両足にも、何も着けていない。

 とても十四歳とは思えない妖艶さが、全身から溢れ出ている姿であった。


『おお! 見事だ、エルナよ! よもや、そのような決戦兵装を有していようとは!』


 猿忌が拍手喝采する。一方、エルナは、


「え、えっと、今日の日のために以前ネットで……って、それどころじゃなくて!」


 そう叫ぶと、彼女は自分のスマホを、唖然としていた真刃に手渡した。


「だ、大門先生から、早速メールで連絡があって」


「……なに?」真刃は、エルナを叱る前に、スマホの画面に目をやった。

 操作などは、金羊がいなければほとんど何も出来ない真刃ではあるが、流石に画面に記された文字ぐらいは読める。真刃は、画面に視線を落とした。 


(……何とも皮肉な)


 まず、タイトルを見て眉をひそめるが、


「……大門め」


 最後まで読み終えた時、真刃は、思わず表情を険しくした。

 これは、流石に想定外だった。


「最悪だ。奴め。何という条件を付けるのだ」









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