第五章 夜明けは遠く➄
『骸鬼王と、幸福の花嫁たち』が総合3000ptを突破しました!
これも皆さまの応援のおかげです!
感謝を込めて、本日、もう一本更新します!
これからも本作をよろしくお願いいたします!
場所は移って、洋館。
トクトクと、グラスに洋酒が注がれる。
それは、数秒ほど続き、
「……これは参ったね」
道化紳士は、洋酒を片手に嘆息した。
グラスに口を付けて、赤い液体を半分ほど呑み干す。
エリーゼの祖国の酒。
この国では入手しにくい中々の逸品なのだが、今は苦みを感じた。
「まさか、彼まで降板してしまうとは」
道化紳士の脳裏には、この街での死闘がすべて映し出されていた。
これまでの三夜で、彼には、特にお気に入りの人間が数人いた。
例えば、豪胆な戦士である金堂岳士。
例えば、抜群の指導力を見せる黒田信二。
そして彼――武宮志信。
彼の槍さばきには、道化紳士も一目置いていた。
彼の活躍なくして、今宵まであの数は生き残れなかったことだろう。
少なくとも、この三人は、第七夜まで生き延びると考えていた。
だが、
「……これは考えている以上に悪手だったのか?」
苦笑いを浮かべる。
まさか、第四夜目にして、武宮志信が死んでしまうとは。
それも、屍鬼ごときを相手にしてだ。
「時に、数は個を圧倒するのか」
グラスの中の洋酒を揺らして、再び嘆息する。
彼自身、弱敵がどれほどいようとも苦戦したことがないので失念していた。
一体の強者を倒すよりも、百の弱者に襲われる方が脅威ということもあり得たのだ。
「嗚呼、すまない」
額に指先を置き、道化紳士はかぶりを振った。
「こんな中盤の舞台で、君ほどの演者を降板させるつもりなどなかったのだ。完全に私の失態だ。どうか許してくれ。武宮君」
彼は、今回の七夜の参加者全員の名と顔を覚えていた。
エリーゼは帳簿がなければ分からないのだが、道化紳士は、彼らの名前、その伴侶の名までも把握していた。
武宮志信は、お気に入りだけあって本当に惜しいことをした。
「大いに猛省すべき点だな。今後は、屍鬼は出演させないことにしよう。だが……」
道化紳士は、グラスを机の上に置き、あごに手をやった。
「気になるのは、武宮君の元に駆けつけた蒼き狼だな。あれは式神か」
屍鬼どもを一掃した巨狼。
――いや、あの狼だけではない。
道化紳士は、双眸を閉じた。
「……十八、十九、二十か」
合計で二十体。巨狼を筆頭に、様々な姿をした式神たちが、屍鬼どもを薙ぎ払って、演者たちの元へと駆けつけている。
「流石に、あれらは彼女の式神ではないだろうな」
エリーゼが迎えにいった女性引導師。
彼女は炎の刃を携えていた。
あれが、彼女の系譜術なのだろう。
式神たちは、別の引導師の手によるものだ。
しかし、
「……これはどういうことか」
道化紳士は、あごをゆっくり擦った。
「あの式神たち。どれも生半可な力量ではない。あれほどの式神を操るとなると、名家の当主になるのだが……」
そうなってくると疑問が出てくる。
あの数である。
「名家の当主であっても、あの力量の式神は一体使役するだけで限界のはずだ。それが二十体だと? 当主級が二十人もこの街にいるというのか?」
流石に馬鹿げた話だ。
それなりに名の知れた当主たちが、揃って慰安旅行でもしていたというのか?
「フハハ。流石にそれはないか」
道化紳士は、苦笑を浮かべた。
「考えても仕方がないな。ふむ。そうだな。君なら何か知っているのかね?」
言って、自分の後ろに顔を向けた。
『はン。てめえに教える必要があんのかヨ』
すると、そんな声が返ってきた。
意外にも若い女性の声だ。
それは、部屋の片隅に浮かぶ鬼火から発せられていた。
『てめえを見つけた時点で、オレの仕事は終わりだ。後は親分の出番だ』
「……ほう」
道化紳士は、興味深く瞳を細めた。
「それは君の主かね?」
『おうヨ』
鬼火は答える。
『オレらの主。正真正銘、史上最強の引導師だ』
と、告げた、その瞬間だった。
――ズズンッ!
突如、天井が崩れ落ちる!
猛烈な風と、土煙が室内を覆った。
道化紳士は、そんな状況でも動じず、ソファでくつろいでいた。
そうして、
「……ほう」
双眸を細めた。
道化紳士の目の前。
そこには、一人の戦士が立っていた。
紅い紋様が輝く黒鉄の躰に、両肩と背面から噴き出して、襷のように宙に揺らぐ炎。
鋭い牙を固く結ぶ鬼の仮面をつけるその姿は、西洋の甲冑騎士を思わせるモノだった。
「これは驚いた。随分と吾輩好みの勇ましい姿ではないか」
未だ立つ様子もなく、道化紳士は言う。
『……己も驚いたぞ』
一方、鬼面の戦士も返した。
『状況からして、名付きであることは察していたが、よりにもよって、貴様が今回の黒幕だったとはな……』
「おや?」
道化紳士が、ソファの背もたれに両腕を掛けて問う。
「吾輩は君を知らないのだが、どこかで会ったかね?」
『……遭ったことはない。しかし、遭遇すれば死は免れない他の連中とは違い、貴様の目撃例は多数あるからな』
「ほほう。そうなのかね」
道化紳士は、肩を竦めた。
「それは知らなかった。確かに、吾輩には見どころがある者をつい見逃してしまう癖があるからな。容姿を伝えられていても仕方がないか」
『……お前は』
鬼面の戦士――久遠真刃は問う。
『何を企んでおる? この場には何を目的に現れた?』
しかし、その問いかけに道化紳士は答えない。
楽し気に天に伸びた髭先を指で弄っている。
数瞬の沈黙。
「はてさて。ここは、なんと答えるべきかな?」
そう言って、目尻を下げた。
真刃は静かに拳を固めた。
いつでも踏み込めるように重心を下げる。
『答える気がないのならば、それでも良い。このまま、貴様を屠るだけだ』
そうして、
『七体の、千年我霊の第陸番……』
一拍おいて、真刃は、その名を呼ぶのだった。
『――《恒河沙剣刃餓者髑髏》――』
この国における、最悪の忌み名であるその一つを。




