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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第4部 『追憶の彼方』

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第四章 夜が来る①

 山に覆われた咲川温泉。

 そこから二里(およそ8キロメートル)ほど離れた森の中。

 そこには、大きな御堂があった。

 明治中期に建てられた、比較的に新しい御堂である。

 名も無き山の神を祀ったという御堂であり、その上、山道から外れた山の中腹に建てられたため、参拝者はほとんどなく、地元の人間でも近づかない場所であった。

 管理者もすでに亡くなっており、そのため、御堂は劣化の激しい状態にある。

 夕刻を迎えた今は、不気味な趣まで発していた。

 ――いや、趣どころではないか。

 もしこの場に参拝者がいれば、背筋を凍らせることだろう。

 人知れず建つ御堂。 

 今、そこからは、女のすすり泣く声が聞こえてくるのだから。


「……先生。先生ェ……」


 少女の声がする。

 御堂の中。そこには、座り込む十代後半ほどの少女の姿があった。

 うなじで結いだ長い髪に、赤い飾紐(リボン)。袴姿の良家のお嬢さまという趣の少女だ。

 名を、立花すずりと言った。


「しっかりおし。すずりちゃん」


 そんな少女を、大柄な女性が強く抱きしめる。

 年の頃は二十代前半ほどか。髪は浅黄色。強く巻かれた癖毛が印象的だ。異国の血を引いているらしく、褐色の肌を持つ女性である。

 着物こそ着ているが、男勝りの気風の良さを感じさせる女性だった。

 彼女は、少女に言う。


「諦めるんじゃないよ。あんたの先生はまだ頑張っているんだから」


「……お多江さん」


 少女は、泣き顔を上げた。


「けど、先生は病弱な方なんです。こんな無茶なことを、あと四夜も……」


「それでも三夜、生き延びたんだよ」


 多江と呼ばれた女性は、少女の肩を強く掴んだ。


「信じな。あんたの愛した男をさ」


 この場にいる女性は、二人だけではなかった。

 御堂の中で、あちこちに分かれて固まっている。

 総勢で三十九人。かつては六十七人いた。

 多江ほど気丈な人物は稀だ。ほぼ全員が怯えた顔をしている。

 その中には、黒田信二の愛する女性――菊の姿もあった。


(……信二さま)


 菊の胸は、今にも張り裂けそうだった。

 自分のせいで今、信二は死地に立っている。

 あの見たこともない化け物たち。

 虎よりも大きく、怖気が奔るほどに醜い怪物たち。

 あれらの相手を、七夜に渡って強いられているのだ。


『――七夜、生き延びた時』


 第一夜の時。あの不気味な男はこう約束した。


『君たちと、君たちの愛する伴侶たちを解放することを約束しよう』


 その時、ふざけるなと叫んで、男に立ち向かった者たちもいた。

 その憤りは当然だ。

 しかし、彼らは瞬時に殺害された。

 男の傍に立つ、黄金の髪の女に。

 何をしたのかは分からない。

 全く動かない女の前で、瞬時に五体が切り裂かれたのである。

 その光景は、女たちの前でも構わず行われた。

 女たちは絶叫を上げた。 

 特に、殺害された男たちの伴侶たちは半狂乱だった。

 愛する男の亡骸の前に駆け寄って膝をつき、泣き叫んでいた。

 そんな彼女たちは、その場で気絶させられ、男に連れていかれた。

 果たして、どこに連れていかれたのかは分からない。


 ただ、一つだけ悟ったことがある。

 あの男に挑んでも、即座に殺されるだけだ。


 それならば、化け物相手に挑む方がまだ勝算がある。

 男たちは、武具を手に取った。


 そうして一夜で十一人。二夜で九人。三夜で八人。

 男たちは、死んだ。


 殺された男たちの伴侶である女たちは、夜が明けるごとに別の場所へと連れていかれた。 

 彼女たちがどうなったのかも分からない。 

 不要になったとして、解放されたのかもしれない。

 ただ、伴侶を殺された彼女たちの心は、すでに死んでいるであろうが。

 今、この場にいる女たちは、まだ男たちが『死の七夜』に抗っている証でもあった。


(……信二さま)


 菊は、グッと唇を噛んだ。

 信二は愛する男性である前に、自分の主人だ。

 だというのに、自分は何もできず、ここでただ無事を祈るだけとは……。

 本来ならば、即座に自決すべきだった。

 自分のために、信二さまの御身を死地に追いやるなどもっての外だ。


 しかし、それも出来ない。

 自分の命は、すでに自分だけのモノではないからだ。

 この身には、尊き命が宿っているのである。


(どうか、どうか、信二さま)


 自分の腹部を両腕で抑えて、ひたすら祈る。


(ご無事で。何卒ご無事で)


 菊の頬に、涙が伝う。

 山の神を祀るこの御堂で、果たして彼女の祈りは届くのか。

 それは、誰にも分からないことだった。

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