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骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第3部 『太陽と月の姫』

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第八章 太陽を掌に⑧

 ……ボオオオオオ。

 船が進む。

 多くのコンテナを乗せた船舶。

 その甲板の上で、(ワン)は港を見据えていた。

 彼の片腕にはアタッシュケースが握られている。

 しかし、そこにはもう手錠はない。


「……ボス」


 その時、一人の男が声を掛けてきた。

 部下の一人だ。


「……(エボン)さんは……」


「……あいつは」


 (ワン)は、ポツリと呟く。


「やると決めたら最後までやる男ダ。昔からそうだっタ」


「…………」


「……(ビアン)の奴は、クズで、馬鹿で、女の扱いに関しては馬が合わなかったガ……」


 ふっと口角を崩す。


「それでも、俺の頼みだけはいつも必ず果たしてくれたヨ」


「…………」


 部下は無言だった。

 そしていつしか、そこには他の部下たちも集まっていた。


「……俺は、あいつらのボスだったんだな」


 (ワン)はそう呟いた。

 すると、


「ああ。その通りだ」


 拳を固めて、部下の一人が言う。


「あの二人だけじゃねえ。あんたは俺たちのボスだ。俺たちの『(おう)』なんだ」


「……ボス」「ボス……」


 他の部下たちも、前に進み出る。

 あの女が《黒牙》に居座ってからは、呼ぶことを禁じられていた名称で呼ぶ。

 (ワン)は、自嘲の笑みを見せた。


「……覇道、カ」


 手を空にかざした。

 日が落ちた夜の空。そこには月が輝いていた。


「……俺の道は、まだ続くんだナ」


 グッと月を掴む。と、その時だった。


「………ッ!」


 (ワン)は目を剥いた。 

 突如、轟音が響き、夜が照らされたのだ。

 (ワン)も部下たちもハッとし、視線を輝きの元――港へと向けた。 


「お、おい!」「なんだありゃあ!」


 次々と部下たちが驚きの声を上げた。

 そこには夜でありながら、太陽が輝いていたのだ。

 コンテナ倉庫の上空。

 そこで、燦々と小さな太陽が天地を照らしていた。


「……おいおイ」


 異常事態に、(ワン)も驚きを隠せなかった。


「ありゃあ、もしかして模擬象徴(デミ・シンボル)なのカ?」


 一人残った(エボン)

 その最期の戦いが、果たして、どういったものになったのかは分からない。

 だが、事態は最終局面を迎えたのだとそう感じ取った瞬間だった。 


 ――ドォゴンッッ!

 突如、大地が噴火したのである。


 大量の土砂、岩石、そして溶岩流が天へと向かって柱となる。

 あまりの事態に、誰もが言葉を失った。

 そして――。

 大地の柱の中に見える巨大な影。

 その姿に、(ワン)たちは唖然とするのだった。



       ◆



「――燦ちゃん!」


 その時、月子が叫んだ。

 一方、燦は、


「……ああ、あ、うああァ……」


 喉元を両手で押さえて、苦しそうに喘いでいる。

 バチバチ、と全身からは雷が奔っていた。

 徐々に後ずさっていく。


「――燦ちゃん!」


 離れていく親友の元に、月子は駆け出そうとした。が、


「――月子!」


 それは、真刃の手によって止められた。

 次いで、真刃は月子を片腕で抱きかかえて、後ろに跳躍した。

 その直後だった。


「……ああ、ああああああああああッッ!」


 燦が絶叫を上げた。

 そして彼女の全身が発光し、衝撃波が全方向に放たれた。


『……ぬうッ!』


 猿忌が全身を盾にして、主と少女を庇う。

 真刃も両腕で月子を抱え込んで、衝撃波から守っていた。

 衝撃波自体は、数瞬程度のものだった。

 月子は顔を上げて唖然とする。


 そこには、燦がいた。

 宙空に浮かぶ、燦がいたのだ。


 背中には、黄金の火の粉を散らす日輪。

 その肢体には、同じく黄金色のドレスを纏っている。

 燦の炎のドレスを実体化させたような衣装だ。

 実際のところ、それは精緻な炎なのだろう。ドレスの先端が微かに揺らめき、全身からは火の粉も散らしていた。


 ――模擬象徴(デミ・シンボル)

 そう呼ぶには、その姿は、あまりにも神秘的だった。


『……あの老害に倣って名付けるとすれば……』


 猿忌が呟く。


『《天壌無窮天都テンジョウムキュウアマトノ乙女》といったところか……』


『……うわあ』


 金羊が、苦笑を浮かべた。


『猿忌さまのネーミングセンスも……その、なかなかのもんスね』


『……まあ、猿忌さまのセンスはともあれ』


 刃鳥も、警戒するように翼を広げて呟く。


『燦さまのお姿。これはもう象徴(シンボル)と呼んでも差し支えないのではないでしょうか』


 と、その時。


「――燦ちゃん!」


 月子が、燦に手を伸ばして叫んだ。


「しっかりして! 燦ちゃん!」


 そう声をかけるが、燦には届かないようだ。

 月子には見向きもせず、無表情のまま、さらに上空へと上がった。

 そして――。


 ――カカッ!

 雷光が全方位に迸る!


 それらは倉庫内を灼き、天井を撃ち砕いた。

 燦はそのまま、日が昇るように空へと浮かび上がっていった。


「待って! 燦ちゃん!」


 月子が叫んだ。


「……やられたな」


 月子を片腕で抱えたまま、真刃が小さな声で呟いた。


「まさか、自爆の裏で、燦の暴走を狙っていたとはな……」


 命を賭けた者の執念を侮っていたか。


「おじさま!」


 月子が、蒼い瞳に涙を浮かべて真刃を呼ぶ。


「燦ちゃんが! 燦ちゃんが!」


 彼女は、パニックを起こしていた。


「どうしよう! どうしよう! 燦ちゃんが!」


「……落ち着け」


「けど、燦ちゃんが!」


 一向にパニックが収まらない少女に、真刃は目を細めた。


「……落ち着かんか。月子」


 真刃は両腕で月子を抱え直して、彼女の額を指で軽く突く。

 月子は「……あ」と呟いた。


「あの娘を見捨てるつもりはない。そう言ったはずだ」


 真刃は、月子を見つめた。


「……(オレ)の言葉を信じられぬか?」


「……おじ、さま」


 トクン、と鼓動が高なった。


「月子」


 真刃は尋ねる。


「お前の願いは何だ? お前が今、心から望む我儘とは何だ?」


「わ、私の願いは……」


 月子は、キュッと唇を噛んだ。


「さ、燦ちゃんを……」


 そして心からの願い。我儘を告げる。


「助けてあげて。お願い。私の友達を助けて」


「……うむ」


 真刃は、優しい眼差しを見せた。


「よく言ったぞ。月子。後は(オレ)に任せよ」


「……はい。おじさま」


 微かに頬を朱に染めて、頷く月子。

 真刃はふっと微笑みつつ、


「……さて」


 一呼吸入れて、天井を見上げた。

 その時には、すでに燦の姿はかなり上空にあった。


『……主よ』


 猿忌が口を開く。


『あの娘を見捨てない意向は承知した。しかし、どうするのだ? 今のあの娘は、我らでも手を焼くぞ』


「……分かっておる」


 真刃は、自嘲の笑みを浮かべた。


「刃鳥の言う通り、あれはもはや象徴(シンボル)だ。象徴(シンボル)には象徴(シンボル)で対抗するしかあるまい」


 そう告げた時。

 ――フオンッ、と。

 その場に、無数の流星が降りた。

 百を超える流星。真刃の従霊たちだ。


「月子」


 真刃は、腕の中の少女に声を掛ける。


「これから少々怖い目に遭わすかもしれん。良いか?」


 そう尋ねると、月子は真刃を見つめた。


「……はい」と頷く。


「大丈夫です。おじさまの好きなようになさってください」


「……お前は、本当に良い子だな」


 真刃は口元を綻ばせつつ、月子をその場に降ろした。 

 次いで、くしゃくしゃと月子の頭を撫でて。


「だが、今後は、もっと素直に我儘を言ってもよいと思うぞ」


「……はい」


 月子は、微笑んだ。


「これからは、おじさまにだけは、もっと甘えるつもりです」


 真刃は「そうか」と破顔する。

 それから天に浮かぶ太陽――燦を見据える。

 そして、


「では、行くぞ。お前たち」


 火と大地の王は、臣下に命じる。


「すべての従霊に告ぐ。(オレ)に器を与えよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  普段は小姑の様な猿忌さまのネーミングセンス最高じゃないですか!あと、老害って[天堂院九紗]ですよね。[千怪万妖骸鬼王]の名を贈ったのは天堂院九紗だったのかと感心しました。百年語り継がれる…
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