第八章 太陽を掌に①
――およそ一時間後。
そろそろ日が沈み、夜を迎える頃。
王たちは、多くの倉庫が並ぶ、とある港に到着していた。
「おう。ここがそうカ」
王を筆頭に、倉庫の中にぞろぞろと数人の男たちが入ってくる。
そうして全員が入った後、巨大な鉄の門扉が閉じられた。
幾つものコンテナが納められた倉庫内は一瞬暗くなるが、すぐに明かりが点いた。
仲間の一人が、室内のライトを点けたのだ。
明るくなった倉庫内。
王は、改めて周囲を見渡した。
高い天井に、積み重なるコンテナ。無造作にフォークリフトも停められている。
一見すると、ただの倉庫だ。
しかし、当然ながら、ただの倉庫に用などない。
ここは儀式の場なのである。
王は崩が手に抱える少女を一瞥してから、奥へと歩き出した。
幾つかのコンテナの間を通って、王たちはそこに到着した。
三メートルを超える巨大なる黒い壺――坩堝が鎮座した場所。
坩堝は、鉄骨で固定されている。
その周囲には、数人の男たちの姿もあった。
先行して、この儀式場を準備していた部下たちである。
「おう。ごくろうさン」
王が労いの言葉をかけると、男たちは揃って頭を下げた。
王は、パタパタと右手を振った。
「……ふむ。あれが」
その時、崩が顔を上げた。
彼の視線の先には、巨大な坩堝の姿がある。
その中は、あの霊具によって造られた、特殊な銀色の液体で満たされていた。
「鞭が用意した魂の溶鉱炉――《御霊奉炉》か」
「正確に言うと、その模造品らしいがナ」
と、王が言う。
「なにせ、違う国の古い文献にのみ載ってるような霊具だからナ。模造品でも、造るのは相当骨が折れたそうだゼ。俺らの国にも似たような文献があるから、よく分かんねえところはそれとも組み合わせて、それでどうにかって話ダ」
そこで、霊具を一瞥する。
「そんで造られた、あん中の液体は、迂闊に手を突っ込めば骨まで溶けるそうダ。雑に扱えばとんでもネエ大爆発まで起こすそうだゼ。おっかネエよな」
一拍おいて、王は苦笑を浮かべた。
「だが、それも全部、鞭が苦労してこしらえてくれたもんダ。だから、あいつが先にお楽しみに入るぐらいは勘弁してやれヨ」
「それはもう構わんが……」
崩は、小脇に抱えた少女を持ち上げた。
「ただ、これから俺たちは寝ずの番だろう? この娘が消えて儀式が終わるまで」
そこで、かぶりを振った。
「だというのに、奴は今頃、一人で楽しんでいると思うとな」
その台詞には、他の部下たちも、どこか苦笑いを零していた。
「はは」
王は笑う。
「まあ、この国での仕事は、これで最後ダ。後は、この港に泊めてあるコンテナ船で国に帰るだけサ。国に帰ったら、お前らにも休暇をやるヨ。花街に行くなり、お気に入りの隷者で楽しむなり自由にしナ」
「いや。俺としては休暇を要求している訳でもないんだが」
崩は苦笑を浮かべつつ、懸案事項を口にする。
「やはり気になるのは火緋神家の動きだな。本当に大丈夫なのか?」
「……そこは大丈夫っすよ」
そう答えたのは儀式担当班の男。鞭直属の部下だ。
鞭に倣ってなのか、鼻にピアスを三つも付けている。
「この場所を知るのは俺らだけです。鞭さんは、ああ見えても慎重な人っすから、儀式道具の準備や制作も警戒して行いました。特に移動の痕跡は徹底的に消しているっす。たった一日で足がつくことはねえですよ」
「……そうだな」
崩は双眸を細めた。
自分のズボンのポケットに片手を当てる。
そこには、鞭から受け取った無痛注射器の感触がある。
「……確かに、鞭はこなした仕事に対しては堅実だしな。少し神経質になっていたか。後は時間が経つのを待つだけなのだな」
「おう。そういうことサ」
王はそう言って、ツンと眠る少女の頬をつついた。
「ここまで来たら、カップラーメンと同じサ」
ふっと笑う。
「まず、このお嬢ちゃんを坩堝にツッコむ。まあ、一瞬で溶けて即死だナ。後はコトコトとじっくり煮込んで五時間……」
王は、くるりとその場で回った。
そして、両手でアタッシュケースを掲げた。
「そんで、我らがボスからお預かりしたこの武具の登場だ。ヒヒイロカネ。伝説級の超レアな金属を加工して造ったこの武具を魂力の坩堝の中に奉じる。そうしてさらに三時間! なんト! たったそれだけデ!」
ニカっと笑って、こう告げた。
「どこぞの神さまのお一柱が、この場に降りてくるって訳なのサ~」




