第七章 兎と羊は拳を振るう②
一方、その頃。
とある寂れた繁華街。
その一角にある廃ホテルのホールにて、鞭は瞳を輝かせていた。
まるで、おもちゃをプレゼントされた子供のような眼差し。
不気味なぐらいに無垢すぎる瞳である。
「……おお」
思わず、感嘆の声まで上げる。
鞭の視線は、崩が両脇に抱えた少女の一人に釘付けだった。
「それが今回のゲストなのカ?」
と、王が言う。
彼の後ろには、数人の部下が控えていた。
王の視線は鞭とは逆の方向。もう一人の少女に向いていた。
「……ああ。そうだ」
崩が頷く。
「なかなか手こずらせてくれた」
「……アレを使ったのカ?」
王の問いかけに、崩は「ああ」と頷いた。
「長引くと厄介だと思ってな。一気にねじ伏せた」
「……ふ~ん、そっカ」
王は崩に近づき、右腕に抱えた赤毛の少女の髪の一房を手に取った。
少女は「う……」と呻いた。王は双眸を細める。
「画像では知っていたが、確かにすげえ美少女だナ。十年後が楽しみだ」
そんなことを呟く王に、崩は皮肉めいた笑みを見せた。
「ふん。この娘に十年後はないだろう?」
「はは。そうだっタな」
王が笑う。と、
「そ、それよりも崩!」
不意に鞭が叫んだ。
鼻の穴を膨らませて崩が抱える少女を凝視している。
「ありがとよ! マジでそっちも攫ってきてくれたんだな!」
「……ついでだったからな」
そう言って、崩は王に目をやった。
王が肩を竦めて「ああ。構わねえヨ」と告げた。
崩は少女――月子を鞭の方に放り投げた。
「おお!」
鞭は、餌を貰った犬のように両手で月子を受け止めた。
「すげえ! なんつう抱き心地だ!」
小柄な体とは思えない柔らかな双丘に、指が深く沈み込む太股。
腕の中の極上な感触に、感動を隠せない。
不快感を覚えたのか、月子は眉をひそめるが、まだ起きる気配はなかった。
鞭はニタリと笑った。
「おお~、月子ちゃんよォ! 初めましてな! お前のご主人さまだぜ!」
そう告げる。次いで、気絶している月子のうなじを抑えると、早速、彼女の無垢な唇を奪おうとする。が、
「おい。流石にやめろヨ」
そこで、王が眉をしかめた。
「お前の趣味に口出しする気はネエけどヨ、なんで、お前のキスシーンなんぞを見なきゃなんネエんだヨ」
という最もなツッコみに、周囲の男たちも注目することで同意していた。
「えええ~、何でだよォ」
折角、今回の戦利品を堪能しようと息まいていたのに、周囲から思いがけないお預けをくらって鞭は無念そうな声を上げた。
「王の言う通りだ」
崩も言う。一拍おいて、さらにこう続けた。
「それよりも儀式だ。場所を移そう。計画通り今夜中に行い、早朝に出立すべきだ」
「おう。そうだナ」
リーダーである王が首肯する。
次いで、そっと自分の手首に繋いだアタッシュケースに触れた。
「ああ」と崩も頷き、「それでは、王」と告げて、もう一人の少女――燦を抱えたまま移動しようとする。と、
「ああ。それなら先に行っててくれ」
不意に鞭はそう告げた。
崩は足を止めて、ゆっくりと振り返った。
「……それはどういう意味だ? 鞭」
「ああ~、俺は」
ニタニタと笑いながら、月子の頬に触れる。
「こいつを堪能してから行くよ」
「……おい。鞭」
明らかに自分の欲を優先させている鞭に、崩は眉をしかめた。
すると、鞭はふっと笑い、
「儀式の準備は万全だ。そのガキを連れて行けばいいだけだろ? 火緋神も俺らを突き止めるまでには時間がかかるはずだ。俺が居なくても大丈夫なはずだぜ。なら」
戦利品の臀部に指を食い込ませる。少女は「うっ……」と呻いた。
「帰りにこいつに騒がれんのも嫌だろ? 一晩くれよ。従順な良い子に教育しとくからさ」
「……鞭」
崩は、かなり苛立った表情を見せた。
「仕事は仕事だ。プライベートを混同するな」
そう告げて一歩踏み出した。鞭も、ややイラっとした顔で崩を見やる。
幹部同士の険悪な雰囲気に、部下たちはざわついた。
と、その時。
「う~ん、まあ、いいんじゃネエか?」
その空気を、王が一掃した。
「今回、鞭は裏方として頑張ってくれたしナ。候補者の探索に、拠点と帰国ルートの確保。そんで何より儀式の準備。あれはマジで大変だったろ。充分すぎるほどに働いてくれたサ」
そこで笑う。
「ちょいと早いが、休みに入ってもいいと思うゼ」
「おおっ! 王!」
鞭が表情を輝かせた。
「流石は俺たちのボ……リーダーだぜ! 話が分かる!」
そこにシビれる! あこがれるゥ!
と、鞭が少女を社交ダンスのように振り回して叫んだ。
一方、崩は渋面を浮かべていた。
「……王。お前は鞭に甘すぎるぞ」
「う~ん、まあな……」
すると、王は遠い目をした。
「お前と鞭は、もうほとんどいねえガキの頃からの連れだしナ」
「……その言い方は卑怯だぞ」
少し間を空けて、崩は嘆息した。
それから、浮かれまくる鞭を睨みつけて。
「王に感謝しろよ。鞭」
「おお! 分かってるぜ!」
踊っていた鞭は月子の手を取って、ビタッと動きを止めた。
「愛してるぜ! 王! 崩!」
「「お前のラブコールなんぞいらねえよ」」
と、崩と王は口を揃えて言い返した。
「まあ、俺らは儀式場に行くゼ」
そう告げて、王が部屋を出た。部下たちも彼の後に続く。
最後に残った崩は鞭を一瞥し、
「出立は早朝六時だ。流石に遅れるなよ」
「おう。分かってるぜ!」
鞭は、気絶したままの月子の手を使って、パタパタと挨拶した。
対する崩は深々と溜息をついた。
「では、明日な」
「おう。明日」
上機嫌な鞭は笑顔でそう告げた。
そうして崩も部屋から出て行った。
残されたのは、鞭と月子だけだった。
「……ヒヒヒ」
鞭は笑う。
次いで、月子の腰を左腕で掴み、背後から抱きかかえてあごに右手をやる。
顔を上げさせても、少女が目を覚ます様子はない。
「おお~、ぐっすりだな。月子ちゃん」
右手で彼女の豊かな双丘の感触も味わう。少女は「う……」と呻いた。
「ウヒヒ……」
遂に、念願の獲物を絡め捕えた蛇は、双眸を細めた。
そして――。
「今夜は、お前の生涯でも一番長い夜になるからな。俺に従順で素直な良い子になるまでいっぱいお勉強しようぜ」
邪悪な蛇は、静かに嗤った。




