モンスターギルド
白夜が目を覚ますと、強い光に襲われた。白夜は眩しいと思いながら光を手で防ぎ、体を起こした。
「なんだ……?」
白夜が光を太陽と認識した時、同時に目に飛び込んできた風景は、まったく見慣れないものだった。
町を出入りするキャラバン、赤い屋根の石造りの家、丘の上にある巨大な石造りの建造物。どれも、日本で見たこともないようなものばかりだ。
目が覚めたばかりで、頭がぼんやりとしていた白夜は、しばらくの間ぼさっと景色を眺めていた。
目がだんだん覚めてきて頭が回り始めた時、彼はあることに気がついた。
「体が…… 痛くない?」
白夜は謎の男に腹を刺されたはずである。しかし、自分の腹からは、血の滲むような熱さや、痛みすら感じない。あるのはただ、風に揺れた雑草が手を擦る、もどかしいくすぐったさだけだ。
「どういうことだ?」
死にかけだった体が治り、見たこともないような場所にいるという、この状況。決して頭が悪いわけではなかった白夜でも、理解不能の四文字しか浮かばなかった。
しかし、このまま某然としていてもどうしようもない。白夜はとりあえず立ち上がり、街道の方に出てみた。
そこでは様々な商店が開かれており、なにかメダルのような物を使って取引をしているのが見えた。
メダルの色は三つ。金、銀、銅の三つ。いわゆる硬貨である。
白夜はきょろきょろとしながら歩いていると、果物を扱っている商店のオバちゃんが、突然白夜に話しかけてきた。
「おい、あんた! …… そうそう、そこのあんただよ!」
オバちゃんは、振り向いて自分を指差した白夜を呼んだ。
「な、なんですか?」
白夜はまず二つのことに驚いた。
一つ目は、日本語で話しかけられたこと。白夜はてっきり、海外かどこかだと思っていたため、日本語が使われていることに驚いた。
二つ目は、オバちゃんの隣に、二メートルもあるような大剣を背負った、ゴツい男が立っていたことに驚いた。
「あんた、ここらじゃ見ない顔と服だね? どこから来たんだい?」
「えと…… わかんない、です……」
「はあ? 自分の出身もわかんないのかい!?」
「ええと…… 出身は日本ってなんですけど。いつの間にかここにいて……」
「ニホン? どこだいそりゃ?」
「東の方の国です……」
それだけ言うと、オバちゃんは隣にいたゴツい男と顔を合わせ、もう一度白夜の方を向いた。
「あんた、金は持ってんのかい?」
「これならありますけど……」
白夜はポケットから千円札を取り出し、オバちゃんに見せた。
これはランニングで疲れた時、コンビニに寄るためと思って、いつもポケットに入れていたものである。
「なんだいこりゃ? …… ただの紙切れじゃないかい! これじゃ金にはならないよ!」
「す、すみません……」
千円札をポケットに入れ直すのと同時に、他のポケットの中に何かないか探してみるが、何もなかった。
「持ってないみたいだね」
「すみません……」
「別に謝ることはないよ。ただ、金がないと生活できないからね。この男にいろいろ聞きな」
オバちゃんは、隣のゴツい男の背中を一度叩いた。
「坊主、名前はなんていうんだ?」
「…… 白夜です」
白夜は、予想以上に野太かった男の声にビクビクしつつ、自己紹介をした。
「ビャクヤか。今からお前は、モンスターギルドに行け。そして、そこで試験を受けろ。受かりさえすれば、生活はどうにかなるぞ」
「モンスターギルド…… ですか……?」
「知らないのか?」
「すみません……」
男は一度ため息をつき、「本当に何も知らないんだな……」と愚痴をこぼして、説明を始めた。
「あの丘の上にある石造りの建物が見えるな? あれがモンスターギルドだ。あそこでは、討伐者が動物や竜を狩ったり、薬草を採取したりして金を稼いでいる。ここまではいいな?」
「はい」
白夜は、「竜」だとか「狩る」だとかの、現代社会においてはありえないような単語を聞いて、一瞬思考が停止したが、なんとか返事をした。
「そして、ギルドの一員となるためには、クエストを一つこなす必要がある。これは主に、採取クエストを受けることになるだろう。だから、それでギルドに加入して金を稼げ。いいな?」
「わかりました」
「試験はいつでも行なってるから、準備ができたらさっさと行けよ?」
「はい。ありがとうございました」
白夜は、意外と丁寧に説明してくれたゴツい男に頭を下げて、丘の上を目指して歩き出した。
「あの子、ほんとに大丈夫かねぇ?」
「さぁな。まあ、生き残れれば金はいくらでも手に入るさ」
そして果物屋のオバちゃんの心配そうな声と、まるで、昔の自分を見るような目で白夜を見ている男が、そこには残っていた。
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丘を登って建物の前に来た白夜は、街の方から見た大きさとの違いに驚いていた。
丘の下から見た時も、確かに大きいとは思っていた。だが、目の前にしてみるととんでもなく巨大な建造物ということが分かったのだ。
白夜は、中学校の修学旅行で見た東大寺を思い出した。
東大寺は、公園から見た時も大きいと分かるサイズだが、実際に目の前に行くと、「あれ? こんなにデカかったっけ?」となってしまう。
このギルドも、そんな感覚に近いものを覚えさせた。
「凄い光景だな……」
この丘の上からは、町全体が十分に見渡せた。
さっき通って来た商店街、なにか豪華な館のある場所に、武器を持っている人が集まっている場所。
それだけでも圧巻なのだが、なにより凄かったのは町を囲むように作られている壁だ。
町を囲むと言っても、町の端に沿うようにして作られているのではなく、まだ草原だったり、森だったりする所まで囲まれている。まるで、町の発展を見越しているようだった。
壁の高さは十メートルほどで、北以外の三方位に門がついているのが見えた。
ちなみに、最北端にあるのがこのギルドのようで、ここからも出入りができるようだった。
街から続く石の階段は、登り降りする人がたくさんいて、そのほとんどが武器を持っているので、おそらくギルドに所属している人なのだろうと、白夜は目星をつけた。
白夜は覚悟を決めると、ギルドの中に入った。
そこは大きな広間で、左から、カウンター、掲示板、休憩所、食堂となっていた。
カウンターには受付の人が座っていて、武器を持った人と話をしている。数は三人だ。
その内の二人は、既に話をしていたので、白夜は残っている一人に話しかけた。
「あの、すみません」
「はい。なんでしょうか?」
「ええと、ギルドに加入したいのですが……」
日本人特有の謙虚さのせいか、はたまた白夜の性格ゆえか。語尾にいくに連れて声が小さくなっていったが、受付はそれをしっかり聞き取った。
「はい。少々お待ちくださいね。加入クエストの受注者が今日は多いので、入れるパーティをこちらが決めさせて頂きます」
「わかりました」
と言いつつ、パーティってなんだ? と頭の中でハテナを浮かべる白夜。
だが、その疑問もすぐに解消された。
「ええと、あちらの休憩所に座っている方々と一緒にクエストを行なって頂きますね」
受付の女性が手で指した方を見てみると、日本人のような格好をした三人がいた。
白夜は、同じクエストを受ける仲間がパーティなんだな、とゲーム知識でなんとなく理解した。
そして、それと同時に、同じパーティの三人に興味が湧いた。
「あの、同じパーティになりました、久我白夜です。よろしくお願いします」
白夜は、わざと苗字を名乗ることで、日本人かどうかを確かめようとした。
「やっぱり! 君も日本人なんだね! 僕は山田武って言うんだ! よろしく!」
すると、灰色のスーツを着た痩せ型のおじさんに、挨拶を返された。
「日本人がいた…… よかったぁ……」
少し気の抜けた声で、安心を口にする白夜。
「ウチは鈴木美加子って言うの〜。てか〜、意外と〜、日本人いっぱいいるよね〜」
金髪で少し気怠げな口調の少女。白夜と同年代くらいだろう。
彼女は手鏡を使って、自分の髪を必要以上に手直ししていた。
「白夜さんって言うんですね。私は櫻井美鈴です。よろしくお願いします」
金髪の少女とは正反対に、真面目そうな口調で丁寧に頭を下げた少女。こちらは、白夜よりも少し年下のように見えた。
「てか〜、加入クエストって何すんの〜?」
「採取クエストが多いらしいですよ」
「採取となると、あんまり危険はなさそうだね」
白夜たちが、パーティで日本の頃の話をしたり、ギルドなんかの情報を交換したりして過ごしていると、ギルドの職員らしき人が現れた。
「加入クエスト希望の方は立ち上がってください」
ギルド職員のその一言で、白夜のパーティの周りに座っていた人達が一斉に立ち上がった。
「ここにいた人、みんな加入クエスト希望だったんだ……」
少し多いとは言っていたが、ざっと三十人ほどはいることに驚いていると、そのほとんどが日本人っぽいことに気がついた。
(もしかして、予想以上に日本人って多い……?)
考えを巡らせていると、ギルド職員が案内を始めた。
白夜は一旦考えるのをやめ、パーティの人と一緒に、ギルド職員について行った。




