依頼達成
ブラットスパイダーは、獲物を追いかけて捕まえる特性から、主に隠れる場所の多い森にいることが多い。
今回もその例にもれず、ムッチャ村周辺の森にブラットスパイダーが住み着いていた。
白夜は、ブラットスパイダーから抜け落ちた毛を頼りに、居場所を探していた。
「落ちている毛の量が多い。この近くだな」
地面に落ちていた毛を掴んで確認し終え、立ち上がり動こうとしたその時、白夜は後ろから殺気を感じた。
「ギュエェ!!」
白夜が咄嗟に横に大きく飛びのくと、もともと白夜のいた場所を、凄まじいスピードで何かが通過した。
「まさか後ろとは。流石は森のハンターだな」
白夜は腰からグラディウスを引き抜き、こちらに振り向いたブラットスパイダーと対峙した。
ブラットスパイダーは白夜を威嚇するように、「ギュエェ……」と前の二本足を上げた。
側から見れば、大きさ的な問題で、白夜がブラットスパイダーに襲われているように見える。だが、お互いに殺気を漂わせているこの二人の感覚は、見た目とはまったく逆だった。
(ブラットスパイダーが怯えている……?)
ブラットスパイダーは死角からの攻撃を主とするハンター。しかし、このブラットスパイダーは白夜の前に出て、威嚇行動を取ったのだ。まるで、自分の方が強いのだということを強調するように。
それは、恐怖を感じているブラットスパイダーでなければ起こさない行動だった。かと言って、それが白夜によって起こされている現象なのかというと、そうとも言えない。
確かに白夜は、この三ヶ月で力を身につけ、殺気も一層強くなっている。だが、それでも人間の出す殺気だ。肉食のモンスターに、大きな影響を与えるはずがない。
それなのにも関わらず、ブラットスパイダーは恐怖に怯えている。
(この森には、こいつよりも強いモンスターがいるのか……?)
白夜の頭に、一瞬だけその考えがよぎったが、すぐに切り替え、目の前の獲物に集中した。
たとえ、ブラットスパイダーより強いモンスターがいたとしても、白夜がブラットスパイダーを倒さなければいけないことに変わりはないのだ。
両者はしばらく睨み合っていたが、我慢できなくなったのはブラットスパイダーの方だった。
威嚇をやめ、姿勢を低くし、ブラットスパイダーは白夜に向かって突っ込んだ。
白夜はそれをひらりと一回転して躱し、ブラットスパイダーの左側の脚を斬りつけた。
その一撃だけで、ブラットスパイダーの脚は綺麗に真っ二つにされ、地面を引きずるようにして体勢を崩した。
そうなってしまえば、もう白夜のターンである。
白夜はブラットスパイダーの上に飛び乗り、頭の部分を真上から串刺しにした。
「ギュ、エェェ……」
ブラットスパイダーは、次第に力が抜けたように地面に伏せ、白夜の勝利が確定した。
白夜は討伐証明部位である、ブラットスパイダーの牙と爪を剥ぎ取り、ポーチに入れると、その場を後にした。
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「「「「「お、おぉ……」」」」」
これは、白夜の戦利品を見たドワーフ達の反応である。
白夜は、ブラットスパイダー戦をほんの数時間で終わらせて帰って来た。これにはドワーフもびっくりだったのだ。
なにせ、ブラットスパイダーのせいで村が滅ぶ可能性さえあったのだ。それを、一日もかけずにあっさりと解決させてしまうとは、誰も予想だにしていなかったのである。
「依頼は達成した。達成書とアフェモラマンティスの羽を使った剣、作ってもらうぞ」
「むぅ…… 約束は約束じゃ、しっかり守ろう。ほれ、ガルト、さっさと作ってやれ」
「わ、わかりました……」
村長に言われて前に出てきたのは、気弱そうなドワーフの青年であった。
「それじゃあ、えっと、付いてきてください」
「わかった」
白夜がガルトに連れられて来た場所は、ガルトの家の隣に付いている工房だった。
「へぇ、なかなか立派な所だな」
「あ、ありがとうございます。父が遺してくれた形見のようなものです」
ガルトは工房を見上げ、少し遠い目をしてしまった。
だが、白夜はそんなことは気にせずに、すぐに次の質問を飛ばした。
「それにしても、本当にお前がこの村一の職人なんだろうな?」
「そ、それはもちろんですよ! この村で一番上手く武器を作れるのは、この僕です!」
「それならいいが……」
日本人の白夜からすると、職人というのは、何年も掛けて培う技術がある者のことを指す。それに対して、このガルトという青年は若すぎるのだ。
もしかするとドワーフの嫌がらせかも……? と思う程度には、白夜はドワーフ達を信用していなかった。
「それじゃあ、素材を見せてください」
「これだ」
白夜はポーチから、小さく折りたたまれたアフェモラマンティスの羽を差し出した。
「ちょうど一枚分ですか。ギリギリ片手剣にしか出来ませんね」
ガルトは羽を受け取り、じっくりと吟味するように見ると、すぐに作れる剣の種類を言葉にした。
白夜は、ガルトが職人である事を今の行動で理解し、ガルトの鍛治の腕は疑わないことに決めた。
「片手剣で構わない。俺はそれしか使えないからな」
「わかりました。作成期間はだいたい一週間くらいです。それまでは、僕の家に泊まっていってください」
「いいのか?」
「ええ、僕は一人暮らしですから。あなたを嫌がる人はいませんよ」
いい笑顔でそう言われては、白夜も断ることは出来ない。
「それじゃあ、よろしく頼む」
白夜が軽く頭を下げると、ガルトはクスクスと笑いだした。
「なんだ?」
「いえ、なんというか、全然笑わないんですね?」
「そこは、あまり気にするな。それより、お前もドワーフのくせに、人間が嫌いじゃないのか?」
「え? ああ、まあ、僕はどうでもいいって思ってます。人間とかドワーフとか、別に関係なく、平等に接していきますよ」
「お前みたいなのがドワーフにもう少しいれば、俺も多少は楽なんだがな」
疲れたような声で、白夜はぼやいた。
「まあ、それはどうしようもないですね〜」
ガルトはそれを見て苦笑すると、白夜を家の中に案内した。
モンスターを倒し終えて、今日はもう寝るだけになった白夜は、ドワーフの面倒さについて考え始めたのだった。




