カタブツ
哲也が死んでから三ヶ月が経ったある日、白夜はギルドにて、受付嬢と話をしていた。
「ドワーフの村に行くクエストですか?」
「ああ。前に手に入れた、アフェモラマンティスの素材を加工してもらう」
「なるほど…… 少し待ってくださいね」
「……」
白夜は、受付嬢がクエストの依頼を探している間、掲示板で丁度いいモンスターの討伐依頼が出されていないか探していた。
今の白夜のランクはⅨ。あれから二つランクを上げているため、今では、ほとんどの依頼を受けることが可能になっている。
しばらく掲示板を眺めていると、受付嬢が一枚の依頼書を持って、白夜の元へ駆け寄ってきた。
「ビャクヤさん、ありましたよ。ドワーフの村の依頼書。ブラットスパイダーの討伐依頼です」
ブラットスパイダーとは、危険度Ⅵのモンスターで、糸を使わずに獲物を追いかけて仕留め、その血のみを栄養源とするモンスターである。
「場所は?」
「ここから歩きで三日のムッチャ村ですね」
「受けよう」
白夜は即答で頷いた。
「分かりました。すぐですか?」
「ああ」
受付嬢はカウンターに戻り、依頼書にハンコを押して白夜に渡した。
「それでは、お気をつけて!」
「ああ」
白夜は、元気そうに手を挙げて送り出そうとした受付嬢に、特に反応する訳でもなく歩き出した。
受付嬢は少しの間、手を挙げた状態で固まっていたが、しばらくして、歩き出した白夜に向かって叫んだ。
「ビャクヤさん! また一人で行くんですか!?」
白夜はその言葉でゆっくりと振り返り、受付嬢に向かってこう言った。
「ああ」
「気をつけてくださいね!」
白夜は、振り向くと同時に手を軽く挙げ、再び歩き出した。
「リナ、あなたのお気に入りの彼、最近変わったわね」
カウンターに座りなおした受付嬢のリナに向かって、隣に腰掛けていた受付嬢が声をかけてきた。
「ほんと、前みたいなカワイイところがなくなって、カタブツみたいになっちゃった」
「それも、三ヶ月前のアレが原因?」
その言葉を聞いたリナは、表情を暗くする。
「…… たぶん、そうだと思う」
三ヶ月のアレ。もちろん、哲也の死のことである。
あれ以来、白夜は恵理ともパーティを解散し、一人で行動していた。それでもランクをⅨまで上げているのだから、立派なものである。
だが、その行動は、側から見ていて危なっかしく、リナをよく心配させていた。
例を上げると、一人で危険度の高いモンスターに挑むのはいつものこと。普通は複数人で受ける護衛や、危険地帯の採取までも一人でこなす。しかも、自分の体のことをほとんど気にせず、それを毎日連続で……
普通の人間なら壊れてしまうだろう、毎日が本当に命がけ暮らしを、白夜はこの三ヶ月間ずっと送っていた。
その狂気の噂は、どんどん討伐者の間に駆け回り、あいつはバケモノだ、ヒトじゃないなど、風評被害まで受けるほどだった。
「ああいうのは、いつかぽっくり逝っちゃうわよ?」
経験則なのか、リナの隣の受付嬢が呟く。
「やっぱりそう思うよねぇ…… でも、私が言ってもどうにもならなそうだしなぁ……」
「いや、一つだけ良い方法があるわ」
「え? なになに? 教えて」
「いいリナ、よく聞くのよ」
リナの隣の受付嬢は、リナの耳元に口を寄せると、良い方法なるものを口にした。
「あなたが色仕掛けをして、『私を思うなら危ない真似はしないでぇ!』って、腰を振りながら叫べばいいのよ」
「……」
それを聞いたリナは、完全に顔を真っ赤に染め……
「そ…… そんなこと出来る訳ないでしょ!?」
友達の受付嬢に向かって怒鳴った。
「意外と効果てき面かもしれないわよ? オトコってのは、オンナに弱いのよ?」
「そうだとしても無理よ! そんな恥ずかしいことできないわ!」
「あら? やりたくないとは言わないのね?」
「うるひゃい!!」
「ふふ、仕事頑張ってね〜」
リナをからかって満足したのか、受付嬢は裏に休憩をしに行った。
「はぁ…… 疲れた………… 効果てき面、なのかな?」
「すみません」
「あ、はい、なんでしょう」
革の装備に身を包んだ、新人らしき討伐者を話しかけられ、リナは仕事モードに気持ちを切り替えた。
「ランクⅢの採取クエストってあります?」
「ああ、はい。少々お待ちください。確かこの辺に……」
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その頃、
「急ぐ訳でもないし、歩きでいいか」
空を見て呟いた白夜には、リナのことなど、まったく頭になかったのであった。




