哲也の死
「きゃあっ!!!」
「!?」
恵理の悲鳴によって、白夜は急激に目を覚めた。
モンスターの襲来かと思い、周りを見渡す白夜。だが、危険な存在はもっと近くにあった。
そこで白夜が見たのは、太ももに食用のナイフが刺さった恵理と、そんな恵理に馬乗りになり、大きく手を振り上げている哲也だった。
白夜は戸惑った。というより、理解が出来なかった。
なぜ哲也が恵理を襲っているんだ? という考えより先に、この世界に迷い込んでしまった時のような、脳が考えるのを拒否しているような感覚に陥り、白夜は一瞬動けなかった。
だが、それも一瞬。哲也の拳が恵理に向かって振るわれた瞬間、白夜は電光石火の如き速さで動いた。
姿勢を低くし、スタートダッシュを決める。そのまま下からすくい上げるようなアッパーカット。
白夜は、哲也を殴ることをためらわなかった。なぜかはわからない。ただ、こいつは危険だと、白夜の本能が判断した。
「…… っらぁ!」
白夜のパンチは綺麗に哲也にヒットし、哲也の上体を後ろに逸らした。そして、ガラ空きになった胴に向かって、今打てる最大の蹴りを披露した。
「ゴフッ……」
哲也は、くの字で後ろに三メートルほど飛び、腰から弾むように着地した。
「恵理! 大丈夫か!?」
「た、助かったっす……」
「少し痛いのを我慢しろよ?」
白夜は、恵理の脚に刺さっていたナイフを引き抜き、すぐに哲也に向き直った。
「ぐぅっ……! いっ…… たいっす!!」
恵理は、痛みで軽く悲鳴を上げたが、モンスターと戦っている以上、この程度の怪我には慣れっこである。
すぐに懐から包帯を出し、自分の脚に巻き始めた。
「う…… うぅ…… あ?」
その間に哲也はゆっくりと体を起こし、のっそりと立ち上がった。
白夜はそこで初めて、哲也の顔をまともに見ることができた。そして、その顔には見覚えがあった。デジャヴというものだ。
そしてもう一つ。その雰囲気にも感じ覚えがあった。
「まさか……」
「う、ぇ…… ん?」
そう、それは白夜の敵。父と母を殺した張本人。そして、夢にも出てきた血まみれの人間。
それを理解した瞬間、白夜は思考を放棄した。
「うわぁぁあぁぁあぁぁ!!!」
「白夜さん!?」
恵理の叫びも白夜には届かず、白夜は咄嗟にグラディウスを引き抜き、哲也に向かって直進した。
哲也は、白夜からの殺気を感じ取り、にちゃっとした笑顔になってから、白夜に向かうようにして走って来た。
勝負というのは、あまり長々と続くものではない。ものによっては数秒、果ては数瞬で決まることさえある。
そして、この勝負にかかった時間は、一秒以下だった。互いが間合いに入った瞬間、勝負は決まったのだ。
「うわぁぁぁあぁあ!!!」
哲也の拳は空を切り、白夜のグラディウスが哲也に深く突き刺さる。
「あ…… が、あ、ビャク、ヤ?」
白夜は名前を呼ばれた途端、急に我に帰った。
「……!? あ、ちが…… これは、哲也!」
哲也は落ちるように崩れ去り、それを白夜は上手く支えた。
「これ、は…… そ、うか……」
哲也は恵理と、自分の腹に刺さったグラディウスを見て、状況を完全に理解した。
「哲也! 哲也!」
「ああ…… 白夜、すま、ん…… 迷惑をかけた…… お、まえが、なんとか…… してくれ、たんだな…… ごぽっ……」
哲也の口からは、致命傷の証とも言えるほどの量の血が吹き出てきた。
「はは…… 昔から、とある精神病があって、な…… こっちに来て、治ったと思ってた、んだが…… 人の血を見て、興奮しちまったよ……」
「哲也さん! もう喋らないでほしいっす! 今から治療するっす!」
恵理も我に帰ったのか、応急セットを持って哲也に近づいてきた。
「そ、んな、寄せ集めの、応急セットで…… この傷は、治らんさ…… それ、に…… これで、いい……」
「なにがいいんすか!? ここままじゃ哲也さん、死ぬっすよ!?」
「それで、いい、んだ…… 俺は、このままじゃ…… 定期的に、人を、殺す…… だから……」
哲也の目は虚ろになり始め、命の灯火が消えかかっているというのが、容易に想像できる状態になっていた。
「哲也……」
「ビャ、クヤ、おれのぶん、まで…… 生きて、くれ………… さい、ごまで…… めいわく、かけて、すまな…… かっ…………」
「…… 哲也? 哲也? おい! 哲也! 哲也!! 目ぇ覚ませよ!! おい!?……」
白夜がいくら揺さぶっても、哲也が目を開けることは、二度となかった。
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白夜と恵理は、ひとしきり泣いて叫んだ後、哲也の遺体を森に埋め、石を削って墓石を建てた。
その際、哲也に貫通していたグラディウスは、墓石のところに立て、二人で作ったシロツメクサの冠をかけておいた。
これが二人にできる、せめてもの葬い…… 感謝の心だった。
それから馬車を使って、白夜と恵理は二ブルへ帰った。
白夜は、自分の表情筋が硬くなったことに。恵理は、自分の目から涙が止まらないことに気がついていた。だが、二人それを気がつかぬ振りをした。
それが今、自分たちができる、唯一自分の心を守る方法だということを理解していたから。




