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生と罪  作者: 無射/ぶえき
14/33

異変

 闘技場は、三人が予想していたよりも断然人が多く、とんでもない大盛況だった。


「なんすかこれ…… 全然前に進まないっす……」

「まさか観客席に入るまでが大変とはな。哲也、あとどれくらいかわかるか?」

「さすがに俺の身長でも見えないな。まあ、気長に待つしかないだろ」


 哲也は懸命に背伸びをして、前の方を確認しようとしたが、列が長すぎるため、全く先頭が見えなかった。


「つまんないっす〜」


 恵理が口をすぼめ、気怠そうに言った。


「哲也、こいつ子供か?」

「子供だろ」

「な!? なんすかそれ! 私は子供じゃないっすよ! というか、私の体を見て興奮してたエロガキ二人に言われたくないっす!」


 恵理が喚くと、二人は目を合わせ、


「「それとこれとは話は別だ」」

「なんで息ぴったりなんすか!?」


 白夜も哲也も、まだまだ思春期真っ盛りなのだ。ボンキュッボンな恵理を見て興奮するのは、どうしようもないことなのだ。


 三人がしばらく会話を楽しんでいると、長い列が少しずつ進み始め、三時間ほど経ったくらいで、観客席に座ることができた。


「おお〜! 予想以上に大きい闘技場っすね!」


 観客席から見た闘技場の中心はとても小さく、人の顔をギリギリで認識できる程度の遠さだった。


「すごい立派な作りだな。地球のコロッセオみたいだ」


 白夜の呟きを聞いた恵理は、大きく鼻を鳴らして、指を立てた。


「知ってるっすか、白夜さん。コロッセオで死んだ猛獣は、何千匹っていう数なんすよ?」

「へぇ〜、じゃあ何千試合も猛獣対剣闘士が試合をしてたってことか」

「そういうことっす! もしかしたらここでも、猛獣が見れるかもっすね!」


 実際にこの闘技場では、奴隷vs.猛獣という試合はない。

 なぜなら、モンスターが普通に存在しているこの世界において、人vs.モンスターよりも、人vs.人の方が面白いということと、モンスターを捕獲するのは至難の技なため、主催するための金が大量に必要になるからだ。

 しばらくすると、ガタイのいい男が、闘技場の両端から歩いてきた。


「お? そろそろっすね!」

「……」

「哲也? 大丈夫か?」


 目をキラキラとさせる恵理と、難しい顔で黙り込む哲也、それを心配する白夜。


「ん? ああ、まあ、少し気分が悪いだけだ」

「無理するなよ?」

「ああ、ありがとう、白夜」


 観客席に入ってから口を開かなくなった哲也に、白夜は声をかけたが、帰ってきたのは、こちらを心配させないように用意した返事だった。


 それから三人は、しばらく観戦をしていた。

 大会はトーナメント制で、一対一で行われる。トーナメントは実力とともに、誰と当たるのかという運も必要になってくる。

 運も実力のうちというように、力も運もどちらも兼ね備えた者が勝ち上がっていくのだ。

 そして、そんな命がけの競争を行なっていたら、怪我など当たり前のことである。

 皮、肉、骨、それらが損傷していく様は、普通の日本人には少々、見ていて辛くなる成分が含まれていた。

 それは、『男同士の熱い戦い』が好きな恵理でさえも、気分を悪くするようなものであった。白夜も哲也は、もはや言うまでもないことである。


「うっ…… 意外とキツかったっす……」

「やっぱり見るんじゃなかったなぁ……」

「……」

「…… 哲也、本当に大丈夫か?」


 白夜達は、気分が酷くなってきたあたりで観客席から抜け出し、宿屋の方に戻ってきていた。

 三人の中で、最もダメージを負っていたのは哲也だった。

 哲也は、白夜の心配そうな声に、軽く一度だけ頷きを返し、それ以来また黙り込んでしまった。


「哲也さん、申し訳ないっす……」


 恵理は、そんな状態の哲也を見て謝罪の言葉を口にしたが、哲也は恵理の言葉には反応せず、自室に戻っていってしまった。


「うぅ…… あれ、完全に怒ってるっすよね……」

「また明日、ちゃんと謝っとけよ」

「了解っす……」


 白夜と恵理は、今日のところは解散だと思い、それぞれの部屋に戻っていった。


 次の日の朝、二人は、哲也と一言も話すことなく、ボトップの町を後にした。


 ✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


 ボトップの町から二ブルまで、ちゃんと道である道を通れば、かかる時間は約五日。

 その一日目の夜、辺りは森。今夜は月も隠れるような暗い夜。

 道の端で寝ている白夜と恵理、そして、焚き火に当たっている哲也。

 その炎に照らされた哲也の顔はどこか狂気的で、目は赤く充血し、口元から無気力にヨダレを垂らし、ジッと恵理の方を見ていた。

 そしてその手には…… 食事用のナイフが握られていた……

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