哲也
白夜達はギルドから報酬を貰い、宿を取って休んだ。
一週間ほどは町を巡ったり、討伐依頼を受けたりしてすごしていた。
「ようやく明日は大会っすね!」
「別に観なくても良くないか?」
「何言ってるんすか、哲也さん! 男の闘いを観戦せず、どうして二ブルに帰れるんすか!?」
「哲也、何言っても無駄だ。恵理は止まらない」
「はぁ…… 諦めるか……」
哲也はがっくりと肩を落とし、深くため息をついた。
「そんなに嫌なのか?」
「いや、別に嫌って訳じゃないんだが、気は進まないな」
「気分が悪くなるとか、そんな理由っすよね!」
「まあ、そんな感じだ」
哲也は若干目を逸らしつつ、そう言った。
「それって、大丈夫なのか?」
「まあ、少しだけだから大丈夫だ」
「休んでもいいんだぞ?」
「いや、一人で待ってるのも寂しいし、ついて行くよ。それに…… もう、治ってるはずだから……」
最後の言葉は、白夜と恵理の耳には届かなかった。
「ん? 最後なんて言った?」
「いや、なんでもない。とにかく、三人で行こう」
「まあ、哲也が大丈夫って言うなら、大丈夫なんだろうが。気分悪くなったら、すぐに言えよ?」
「わかってる。ありがとう、白夜」
哲也はそのまま部屋を出ていってしまった。
「哲也さん、なんかトラウマでもあるんすかね?」
「それなら打ち明けるだろ。一年間一緒にいるんだぞ?」
「ほうほう、一年経っても話す気にならない人がよく言えるっすね?」
「うっ…… それとこれとは別だ」
「そうっすか。まあ、話さないなら話さないでいいっすけどね。それじゃ、私も出かけて来るっす!」
「おう、いってら〜」
哲也に続いて、恵理も部屋を出ていった。
「話せるわけないよなぁ……」
白夜は、結局この一年の間に、親や美加子の話を伝えることは出来なかった。
理由も一年前と変わらず、怖いからだ。しかも、一年間仲間として一緒にいて、今まで以上に、嫌われることに対して恐怖を覚えていた。
だから打ち明けられない。一緒にいて仲良くなってきた分、余計に嫌われるのが嫌になってしまった。
そして、それは哲也も同じなのだろう。
例え、哲也の過去で闘いに関する何かトラウマを持っていたとしても、それを打ち明けることは相当な覚悟がいる。そのことを、白夜は身に染みて分かっていた。
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哲也は宿を出て、昼の商店街を歩いていた。
二ブルほどの規模ではないが、明日の闘技大会のおかげで、ここの商店街も凄まじい賑わいを見せている。
哲也はそんな商店街を、特に理由もなく歩き回っていた。様々な商品を見て、特に感想を抱くこともなく淡々と進んでいた。
すると、ある店で騒ぎが起こったのを目にした。哲也は駆け足になり、騒ぎのあった方に向かった。
そこには、泣きじゃくっている小さな女の子と、それを抱えたおっさんがいた。
「どうしたんですか?」
哲也は、怒った顔をしたおっさんに話しかけた。
「あ? なんだ兄ちゃん、こいつの連れか?」
おっさんは、明らかに不機嫌そうに、哲也に反応した。
「いえ、違いますけど……」
「ちぇっ、まあいい。こいつ、俺の店の肉を勝手に取ろうとしやがったんだよ。だから、今から憲兵の所に連れて行くのさ」
それを聞いた瞬間、抱えられていた女の子が騒ぎ始めた。
「うぁぁぁんっ! ごめんなさい!ごめんなさい! もうしませんからぁ!」
「うっせぇ! そんなの信用なるかよ!」
少女の服はボロボロの布で出来ていて、とても裕福そうには見えなかった。そのため、食べ物欲しさに万引きをしたのだろう。
哲也は少女を可哀想だと思った。日本人の感覚としては、それは一般的なものなのだろう。
だが、この世界の人々は違った。金がないのは自己責任だし、ましてや自分の店の物を勝手に取るなど言語道断。さっさと面倒なこいつを憲兵に取っ捕まえさせる。というのが、一般的な考えだった。
もちろんこの世界の人間にも、この女の子をかわいそうだと思う人間がいないわけではない。だが、それが少数派だというのは、紛れも無い事実だった。
「おやっさん。そのお肉、いくらだったんです?」
哲也は少し考えると、通り過ぎて行こうとしたおっさんに、もう一度声を掛けた。
「あ? まあ、銀貨一枚くらいだな」
「なら、これでその子を離してくれませんか?」
哲也が肉屋の手に握らせたのは、金貨だった。一枚だけだったが、それでも盗もうとした肉の十倍の価値である。
「な!? あんたこれ! いいのかよ!?」
「はい、差し上げます。ですから、その子を離してやってください」
肉屋は少し考えたが、仕方なさそうに少女を離した。すると少女は、何度か転びながら、路地裏に駆け込むようにして逃げていった。
「今回だけだからな!」
肉屋は哲也を指差して、そんな捨てゼリフを吐くと、自分の店へ戻っていった。
哲也はそれを軽く流して、再度歩き始めた。




