撃退
ライトは牛車を全力で走らせ、渓谷の崖のすぐ脇を駆けていた。
「白夜くん! ここら辺でいいかい!?」
「そのまま崖のギリギリを走ってください」
「わかった! 後は頼んだよ!」
白夜は、牛車の屋根の上に登った。
アフェモラマンティスは上空からこちらを見ており、いつでも襲えるように姿勢を整えていた。
「哲也! 恵理! 今だ!!」
「おう!」
「わかったっす!」
白夜の合図で、哲也と恵理の二人が牛車から飛び出した。
二人は手に持っていたモンスターの糞を、アフェモラマンティスに向かって投げた。
アフェモラマンティスはそれを軌道を変えて避けたが、避けた先には白夜の投げた玉があり、それが弾けると、閃光となった。
「キシャー!?」という悲鳴を上げ、若干渓谷の方に体が傾いた瞬間、白夜はアフェモラマンティスに向かってジャンプした。
そのまま足に捕まり、背中に登っていくと、腰からグラディウスを引き抜き、羽に向かって剣を振る。
剣が羽の中程までに食い込むと、それを察知したアフェモラマンティスは羽を硬質化させて、剣を止めようとした。
「ぐっ! …… おりゃああ!!!」
だが、白夜はそれを気合で振り切った。
一枚の羽を真っ二つに切断されたアフェモラマンティスは、バランスを崩して渓谷に落ちていった。
一方で白夜は、落ちていくアフェモラマンティスの上から飛び降り、崖に剣を突き刺して止まった。
「あぶねぇ…… 一緒に落ちるところだった」
白夜は冷や汗をかきつつ、崖から剣を引き抜き、手足だけでひょいひょいと登り始めた。
崖の上まで辿り着くと、哲也と恵理が白夜を出迎えた。
「白夜さん、凄いっす! あのアフェモラマンティスを追い払ったっす!」
「さすがは白夜だ。俺の見込んだ男だけある」
「おう、一応なんとかなったぞ。そういえば、アフェモラマンティスの羽はどうなった?」
「それならあそこにあるぞ」
白夜は、哲也が指差した方に顔を向けた。
するとそこには、地面に全体の三分の一が刺さっている状態の羽を見つけた。
「うわぁ…… 凄い切れ味だな」
「さすがは危険度Ⅷってところだな」
「あれ、どうやって持ち帰ろうか?」
「羽に折り目をつけて、無理やり折りたたむってのはどうだ?」
「なるほど。やってみるか」
白夜は羽に剣で切り傷をつけていき、ある程度強度が落ちたところで曲げていった。
すると、羽は意外と綺麗に折りたたまれ、バックの中に入る程度の大きさにまでなった。
「ふふふ…… これでみんなの武器も強化できるっすね!」
「いや、羽一枚じゃ一人が関の山だろ?」
「確かに白夜の言う通りだな。なにせ、その羽は硬いとはいえ、かなり薄くできているからな」
「え!? じゃあなんすか!? 白夜さんの独り占めっすか!? ずるいっすよ!!」
恵理は自分の武器が用意できないと聞いて、地団駄を踏み始めた。
「何言ってんだ恵理、あれは白夜の仕留めた獲物だろう?」
「ええー! それでもずるいっす! 私も新しい武器が欲しいっす!」
「残念だったな、恵理。これが欲しくば、次は自分で仕留めることだ」
「ぐぬぬ……」
完全に苦い顔をしてしまった恵理を横目に、ライトが牛車で近づいて来た。
「いやあ、お見事! まさか撃退するなんて思わなかったよ! さあ、早くボトップの町に向かおうか!」
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ボトップの町は闘いの町と言われ、昔から闘技大会を開き、強者を讃えてきた。だが、最近になって奴隷による大会が主なものとなり、強者を讃える風習が薄くなっている。
しかし、それはあくまで一般人の話だ。遠くから大会を観に来る者、大会に参加する者にとって、最強を決める大会は娯楽以上の意味を持っていた。
「いやぁ、おかげで無事に町に到着したよ。ありがとう、三人の討伐者さん」
「いえ、俺も良い素材が手に入ったので良かったです」
「白夜さん、ずるいっす……」
「いつまで駄々こねてるんだ。いい加減にしろ」
「哲也さんまで。本当は欲しいくせに……」
最後まで仲の良かった三人を見て、ニッコリと笑ったライトは、ポーチに手を入れて、紙を取り出した。
「三人ともお元気で。ほら、これが依頼達成書だ。ギルドから報酬を貰うといい」
「ありがとうっす! これで美味しいものが食べられるっす!」
その瞬間、駄々をこねていた恵理はどこかへ消えていた。
「切り替え、早いなあ……」
白夜がしみじみと、この一年で何度も分かってきたことを口にした。
「白夜、いつものことだろ?」
「気にしても無駄か」
「ふふ、それじゃ、僕はこれで失礼するよ」
ライトは白夜達に一礼して、町の中心にある闘技場の方へ向かっていった。
「ほらほら、何してるんすか二人とも! 早くギルドに行くっすよ!」
「哲也、ゆっくり行こう」
「賛成」
ボトップ到着までの道のりで疲労がかなり溜まっていた二人は、スキップして先を急ぐ恵理を無視して、ゆっくりと歩き始めた。




