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黒の守護者  作者: K-JI
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宿命の糸

 書斎で一人、御子杜清正は一枚の写真を手に思い耽ていた。その写真に写っているのは、年頃を迎えた一人の少女。艶やかな黒髪のその少女は、少し緊張気味だが柔らかい表情をしてこちらを見ている。

 清正は、物心付いてからの彼女の真っ直ぐな笑顔を一度として見たことがなく、写真の中にあるその表情を直接見たこともない。この写真は八城照臣が撮影したもの。少女はいつも、清正のいる場所では緊張し、怯え、小さくなっていた。その原因の一つが自分にあることは彼自身理解しており、下を向く彼女の心を、自分が父親として上に向かせなければならないことも理解している。その上で彼女に対し常に厳しく接し、優しい笑顔を向けてこなかったのは、清正の不器用な性格によるところが大きかった。

 彼女はいずれ、自分が養女であることを知ることになる。本当の両親のことや自身の生い立ちを知る。そのとき、一人の人間として自立した強さを持っていて欲しい。そしてゆくゆくは、御子杜の業から解放された場所で、何も知らないまま強く生きていって欲しい。

 そう思っているからこそ、その日のために、一族のことや闇の世界の住人のことを隠すように何一つ教えず、とりわけ厳しく躾けをし、習い事をさせてきた。

 しかし今、その多くが無駄になろうとしている。

 本家の命令に押し切られる形で、断腸の思いで首を縦に振ったとき、こういう結果になることも頭にはあった。罪の意識もあり出来る限り考えないようにしていたのだが、現実のものとなった今では、後悔することしかできない。

 今にして思えば、全ての過ちは清正が引き取ったことなのかもしれない。

 本家に近い自分ではなく、力を失った別の遠縁の養女にしていれば、幼い頃から平和で幸せな日々を過ごし、何も知らずにそのまま一生を過ごせたのかもしれないのだから。

 そうすれば、一番都合が良いという理由だけで生け贄の如き役目を負うこともなかったのだから。

 そう考えると、反対する本家に対し、その乳飲み子を養女にすると妻と二人で頑なに言い張った自分が恨めしく思えてくる。

 彼がそこまでして引き取ろうとしたのは、清正にとっても妻の静恵にとっても、彼女の両親とは古くからの良き友人だったから。そんな友人の忘れ形見だからこそ、自分たちの手でという強い思いがあったのだ。

「結局私は、あの子にとって良い親にはなれなかったよ……。いや、それどころか、最低な親だ」

 清正は、懺悔するように頭を垂れる。すると、書斎の入り口の方から「まだそんなこと言ってんの?」という声が飛んできた。見ると、そこに不機嫌な顔で突っ立っている長女の稟がいた。

「口の利き方を慎め。それに、ノックもせずに部屋に入るとは何事だ」

「開けっ放しの父さんが悪いんでしょ。それとね、私もう、子供じゃないの」

「それが父親に対する口の利き方か」

「そんな偉そうなこと言えるの? だいたい、最低な父親だって自分で言ったばっかじゃない」

「それとこれとは別だ!」

 この言葉に、稟は怒りを露わに「ああそうよね! 実の娘よりも拾った子の方が可愛いものね!」と怒鳴った。

「馬鹿なことを言うな!」

「馬鹿はどっちよ!」

 とここで、二人の喧嘩を聞きつけた静恵が「なに喧嘩してるの!」とやってきた。母親の登場に、稟は「父さんの馬鹿!」と捨て台詞を投げつけ、足を踏みならしながら何処かへ行ってしまった。その後ろ姿に、静恵は「まったく。あの子もいい加減、わかってくれないかしら」とため息をついていた。

「そうだな……。しかし、あの子の言ったことも間違いではない。私は、娘たちに偉そうなことなど言えない、最低な父親だよ」

「そんなこと言ったら、私だって最低の母親よ?」

 そして二人は、自嘲するように力なく笑い合った。

 本家からの呼び出しがかかったのは、それから数分してのことだった。


 御子杜本家の広大なお屋敷の廊下を、背広姿の若い男がビジネス鞄を手にしずしずと歩いていた。彼の名は藤本和一。本家で事務的な仕事をこなしており、主に当主である御子杜俊源付きの補佐官という役割を担っている。この若さで大役を任されているのは、それだけ有能だという証拠でもあり、だからこそ二日前、武斗と紗夜の意志を直接確かめるべく、彼らのもとに行き、話を聞いてきたのだ。

 その内容は、とんぼ返りして帰ってきたその日のうちに報告書としてまとめ、翌日、当主や意見番などに渡していた。

 そして藤本は今、とある情報を手に、屋敷の一番奥にある俊源の部屋に向かっているところ。武家屋敷を模したような建物の廊下を進み、広い庭に面した外廊下に出ると、部屋にいると思っていた俊源が、歴史を感じる大樹を見上げながら庭で一人佇んでいた。

 急ぐ必要がないのなら、藤本は黙って待ち続けただろう。しかし、あまりのんびりと待っていられない事情がある。藤本は廊下に正座し、大きすぎず小さすぎない声で、「俊源様」と声をかけた。

 和装の俊源はその声に振り返ると、藤本の方へと歩き出した。

「もう時間か?」威厳に満ちた声で尋ねる。

「いえ。まだ時間になっておりません」

「ならばなに用だ」

「はい。楯村武斗の母親、楯村雪音に関する調査報告の中で、事前に俊源様のお耳に入れておいた方が良いと思われるものがありましたので」

「それはどのようなことだ?」

 そう聞かれた藤本は、鞄から報告書の入った封筒を取り出し、「要点のみ書き出しておきました」と俊源に差し出す。すると、廊下に腰を下ろした俊源は「ここで話せ」と命じた。正直なところ、書類による事務的な作業に少々うんざりしていたからなのだが、さすがにその意図までは汲めず、この命令には藤本も少々驚いていた。普段あまり口頭で報告させず、しかもその内容は楯村武斗の母親に関するものなのだから、藤本の反応は当然だろう。

「よろしいのですか?」

「案ずるな。タチの悪い鼠はおらん」

「かしこまりました」

 藤本は承知すると、封筒から書類を出すことなく話し始めた。

「楯村雪音。旧姓諏訪雪音は、七歳の時、飛行機事故で両親を失っており、以後親類に育てられたのですが、その事故において不可思議な出来事があったようです。

 彼女の両親が乗っていた小型旅客機は、太平洋上空一万一千メートルを飛行中、左翼のエンジンが突如爆発。その十三秒後、尾翼付近で二度目の爆発が起こり、その二秒後に通信が途絶え、機体はそのまま洋上に墜落。後の調査で、通信の途絶えた直前に胴体が二つに折れたことがわかりました。またエンジンが爆発した原因については、整備不良による軽微なオイル漏れと、エンジンに吸い込まれた野鳥となってます。

 これだけならば、不可思議でも何でもない航空機事故の一つで終わるのですが、問題は生存者です」

「まさか……。生存者などいるはずなかろう」

「公式の発表では、生存者はいないことになっています。しかし、乗客名簿の中で生き残っていた者が一人いたのです。それが、諏訪雪音です。問題はここからなのですが、彼女が墜落した飛行機に両親と共に搭乗したところを、多数の者が目撃しており、監視カメラでも確認されております。そして彼女は飛行機に乗り、事故に遭遇した。

 もしも奇跡という言葉で彼女が助かったと言えるのなら、生存者一名と公式発表していたでしょう。しかしそれをしなかったのは、翌日彼女が発見された場所が場所だったからです。

 彼女が発見された場所は、太平洋上ではなく、富山県のとある山中でした」

「そんな馬鹿な話があるか」

「ですから不可思議な出来事なのです。さらに、この一件以来、彼女は不意に姿を消し、その翌日、何百キロと離れた場所で見つかるという事件を何度か起こしております。どのようにしてそこまで行ったのか聞くと、真っ暗い道を歩いていたらそこに辿り着いたと言うばかりで、警察は悪戯の一種だろうと、早々に相手にしなくなったそうです」

「つまり、飛行機事故の際に何かが起こり、その結果、暗い道を通って、容易く遠くへ行けるようになったと?」

「現段階で断定することは出来ませんが」

 俊源はしばし悩ましげに唸ると、「それは面白いな。息子に直接聞いてもみるが、お前の今までの報告書を見る限りでは、無駄だと思うがな。調査員をお前の裁量で増員しても構わんから、継続して情報を集めろ」と指示し、自分の部屋へと向ったのだが、この話はまだ審議会に出せるだけの情報を揃えていないと判断し、胸の内にしまっておくことにした。

 それから一時間ほどして、予定どおり大広間にて審議会が執り行われた。

 審議会に出席するのは、当主である俊源と、次に権限のある意見番、御子杜白火、名喜瀬一心。それと次期当主である、俊源の息子である長男の冬史。そして今回特別に呼び出した、分家の御子杜清正。

「では、始めるとしよう」

 俊源の合図により、審議会は静かに始まった。

 司会進行役でもある冬史は、最初の議題として「まずは楯村武斗についてですが、当主からご意見をお伺いしたいと思います」と話を進める。

 武斗への対応は、彼を受け入れることに強い反発があり、反対を無視して受け入れれば内部分裂が起こりうるということで、結論を見出せないままでいた。しかしそれは、箱崎が犠牲になるまでの話。彼の死が、自分たちの身の安全を考えさせ、やはり夜狩人は必要だという意見が大半を占めるようになっていた。

 そのような状況の変化により、結論はすぐに出た。

「彼を受け入れることに反対を唱える者はいるが、以前ほどの数ではない。それどころか、彼を求める声の方が多くなっている。となれば、夜狩人をドブに捨てる理由はない。せっかく向こうから働いてくれると言ってきているのだし」

 この意見に対し意見番の二人も冬史も、何の異論もなかった。また、武斗を誰の管理下に置くかという問題についても、次期当主である冬史が相応しいだろうということですぐにまとまった。

 次の議題は、御子杜紗夜の今後の処遇について。

「彼女の今後については、彼女の申し出どおりにしてやろうと思うのだが。如何かな?」

 俊源のこの意見に、まずは彼の実兄でもある白火が「私もそれが良いと思う」と同意する。

「御子杜の者としての彼女の力は無きに等しいが、呪詛を埋め込めば、それなりに役に立つかもしれぬ。彼女自身もそれを希望しておるしな」

 次に同意したのは名喜瀬一心。

「彼女の力は別として、楯村武斗の首に繋ぐ鎖にはなるだろう。それだけで十分というものだ」

「ついでにヤナガの首輪になってくれれば、万々歳なのだがな」と白火。

「それはむしろ、楯村武斗の役目になるのでは? 報告書によると、ヤナガと友好関係にあるようだし。実際に共同して戦っているとも書かれている。当主はどう考える」

「しょせん相手は闇の世界の化け物。友好関係にあったところで、首輪になるとは思えんし、そもそも夜狩人の役目はその化け物を始末すること。むしろ、密かに敵対関係であった方が自然だろう」

「ふむ。確かに。冬史はどうだ?」

 名喜瀬から話を振られた冬史は、「私も当主と同意見ですが、今の議題は、御子杜紗夜の処遇では?」と軌道修正を図る。

「そうだったな。では、お前は彼女の処遇についてどう考えている。意見番である我らは当主に同意するが」

「そうですね。彼女の精神的弱さは皆様の知るところ。埋め込まれた呪詛に耐えられるとは思えません。それに、楯村武斗の足枷となることも考えられますから、彼に対しての人質的扱いをするのが良いかと」

「耐えられなければ呪詛を解くだけだ。それと、彼女を人質にしたことによって我らに敵意を持たれても困る。彼の凶暴性と、夜狩人としての力、そしてもしもヤナガまで彼の味方についたら、こちらが皆殺しにされてしまうかもしれないぞ?」

「ならば、当主に同意するのみ」

「ふむ。ではそれでよな? 清正」

 清正がここに呼ばれたのはこの為だけ。紗夜の父親である清正の同意は得るべきだろう計らいによるものだった。ただしこれは、儀式的意味合いしかない。清正には反論する権利など最初からないのだから。

 それでも、紗夜を囮として使うと押し切られたときの悔しさから、正直なところ反論したい気持ちでいっぱいだった。紗夜の体を傷つけるようなことはしないでくれと。

 だが、これは紗夜が自らの意志で決めたことであり、清正には覆せないこと。身を切る思いで同意をしたのだが、せめてこれだけはという思いから、本家の命令に逆らった照臣に対する処分の話になったとき、懇願するように自分の意見を彼らにぶつけた。そして意外なことに、清正の意見に彼らはと同意し、そのような運びとなった。

 予定どおり主な案件を滞りなく片付けると、その後しばらく彼らは雑談していた。その中で、紗夜と武斗が恋仲にあるという話になると、清正の心境は穏やかなものではなくなっていた。

 紗夜がどれほど武斗を慕っているか、特別に見せてもらえた報告書にしっかりと記述されており、昨日、それがどれほどの想いかを藤本からも直接聞く機会があった。

 もしもその相手が屋倉と何の関係もなく、ごく普通の男だったら、清正は素直に喜んでいたかもしれない。やっとそういう相手を見つけられるようになったのかと。しかし相手が夜狩人となれば喜べるはずもない。一ノ関や夜狩人の歴史を知っているだけに、その悲劇が彼女にも起こるかもしれないと考えれば、二人の仲を引き裂いてやりたいと思うのは、紗夜の育ての親として自然な感情だ。

 それにもう一つ。二人の間柄に関する報告書を見ている者のほぼすべてが、夜狩人の末裔をつなぎ止めるのに都合の良い存在がいて良かったとしか思っていない。紗夜を便利な道具としか見ていないのだ。

 闇の世界の住人が見えず、何も知らず、従順に従い、誰からも文句は出ないという理由で、本人の意志など関係なく囮役として紗夜を選んだときのように。

 しかし清正には二人の仲を無理矢理に引き裂くことは出来ない。その権限が清正にないからだ。武斗と紗夜の関係は、御子杜一派全体の問題であり、個人的感情でどうこう出来る問題ではない。夜狩人楯村武斗の存在は、それだけ彼らにとって重要な存在ということ。

 そんな清正の心の内など気にすることなく、雑談は別の話題へと移っていった。

 それは、朝日荘の一件と八城神社周辺の一件について。

 凄惨な殺人事件の現場となった朝日荘の、唯一の生き残りである武斗を、警察はともかくマスコミが静かにさせてくれるはずもない。しかしながら、マスコミに対する政治的圧力がかかったことで、武斗が晒し者にされることはなかった。

 それは紗夜と照臣も同じで、あの晩、八城神社周辺の家々も広い範囲で被害にあっていたのだが、二人が無神経なマイクやカメラなどを向けられることはなかった。

 裏で本家が動いたからこその結果なのだが、その目的は、あくまで今後のことを考えると、メディアに取り上げられるのは具合が悪いからであって、彼らの人権を守るためでは決してなかった。

 審議会はこうしてだらだらと時間を浪費されていったのだが、その最中、障子越しに藤本が「ご報告申し上げます」と、部屋の中に声をかけてきた。

「なんだ」と俊源。

「つい先ほど、紗夜様と楯村武斗がお迎えの車にご乗車したとの連絡がありました。もう間もなくお着きになると思います」

「うむ。もうそのような時間か。では二人を弥生の間に通したらもう一度来い」

「はい。かしこまりました」

 藤本はそう答えると、自分の持ち場へと歩き出す。部屋からは、化け物の末裔に噛み殺されないようにしないとな、などという俊源らの笑い声が聞こえていた。その言葉に、藤本はふっと笑みを浮かべ、「それは、あなた方次第ですよ」と呟いた。

 すると、廊下の向こうにいた文江が「あの子たちが来るんだって?」とにやにやしながら聞いてきた。藤本は足を止め、「私に聞くまでもないでしょう?」と答える。

「そんなことないわよ? 私、すっかり蚊帳の外になっちゃったんだから」

「そのわりには、色々とご存じのようですね」

「あなたほどじゃないわ」

「それはまあ、それが私の仕事ですから」

「あら。副業の間違いじゃない?」

 そう言われて、藤本はくすりと笑うと再び歩き出し、文江とすれ違うところでまた足を止めると、囁くように言う。

「私はあなたほど、身の程知らずではありませんから」

 そして藤本は去っていった。文江はその背中を見送ることなく、「あらそう。つまんない男ね。あなたも」と、言葉とは対照的な表情で呟き、頭の中を切り換える。もうじきやって来る、楯村武斗と御子杜紗夜へと。

「さあ、これからが楽しみね。あの坊や、どうしてあげようかしら。それと紗夜ちゃんもね」

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