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黒の守護者  作者: K-JI
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迷惑な日々

 慎二と共に昼食から帰ってきた武斗は、教室内の様子に不機嫌なため息をこぼし、慎二は失笑していた。紗夜たちの会話を眼下に聞いていた二人は、きっと教室内は紗夜と武斗の話題で持ちきりだろうし、武斗が教室に入った途端、好奇の目をこそこそと向けてくる連中が大勢いるだろう、もし川村ちとせらがいれば、警戒するような眼差しを向けて来るに違いないと予想していたのだ。そして結果は、まったくそのとおりのもの。

 武斗にとって唯一の救いは、「別の意味ですっかり有名人になっちまったなあ」と寄ってくる頭の悪い数名の友人の存在だろう。

 この状況において武斗ができることと言えば、楯村武斗は御子杜紗夜に気があるというデマを適当に聞き流す以外になく、今までの学校生活の中で一番居心地の悪い時間を過ごすこととなった。喧嘩話で注目されることには慣れきっていても、好きだ嫌いだの恋愛話で注目されることなど、今まで生きてきた中で一瞬たりともかく、このような不慣れな環境の中にいては、この日の授業が終われば早々に引き上げてしまうのも当然。

 武斗は一度だけ、紗夜を後ろから警戒の眼差しを向け、そして教室を出ていった。そんな武斗の様子を目撃していた生徒たちが、彼が教室が出た後どうしたかは言うに及ばないだろう。

 それからの学校生活は、やはり居心地の悪いものだった。御子杜紗夜への真意を聞きたがる頭の悪い友人たち。武斗の気持ちを勝手に想像して喋り散らかす生徒たち。彼女の身を本気で案じ、武斗に警戒の視線を向ける生徒たち。紗夜は俺が守ると本気で言って武斗に喧嘩を売ってくる勇者ども。下心満載で挑み掛かってくる馬鹿ども。そして、教師たちの冷たく鋭い視線。

 これでは、御子杜紗夜とは何者か、という問題に対処する余裕などあるはずもなく、何も進展しないどころか、悪化の一途をたどるばかりだった。こうした日々が週末まで続くと、さすがの虎もうんざりしてくる。土曜日の授業が終わる頃には、そのストレスは爆発寸前にまで高まっていた。

 結局、三日前のファーストコンタクト以来、武斗と紗夜が向き合うような状況は一度もなかった。その気になれば無理矢理にでも出来ただろうが、後のことを考えると武斗といえどぞっとし、何も出来なかったのだ。

 また紗夜に関する情報も、名前と年齢と性別と出席番号以外何も得られなかった。これについても、力ずくで聞き出すという手段もなくはなかったが、最悪の結果を招くのは目に見えていたので、黙って情報提供者を待つしかなかく、その結果がこれだけ。慎二や他の友人も情報を得られず、学校ぐるみの情報封鎖が行われていることは間違いないと武斗は踏んでいた。

 そのことを、帰り道の途中で立ち寄った喫茶店で慎二に話すと、やはり同様に考えていたようだった。

「だろうな。俺やプッチも完全にマークされてっから」

「たく、俺が何をしたってんだ」

「十分したと思うぞ?」

「俺は何もしてねえ!」思わず大きな声を上げる。武斗の怒鳴り声に、店内にいた客がじろりと視線を向け、すぐに自分たちの時間に戻っていった。

「落ち着けって。まあ気持ちはわかっけどよ。そうイラっついてたってしょうがねえだろ。ストレス解消でもしてきたらどうだ? 健康的で、合法的な方法でよ」

「そうだな。何かにぶつけねえと、ほんとに何かしちまいそうだ」

「そうと決まれば、銭は急げだ」

「……お前、本当にアホだな」

「なんか言ったか?」

「いや」

 そして二人はさっさとコーヒーを飲み干し、店を出た。


 八城神社の母屋の玄関がガラガラと開き、二人の少女が中に入ってきた。一人は川村ちとせ。もう一人は、先週からこの神社に下宿している御子杜紗夜。

「ただいま帰りました」

「お邪魔しまあす」

 二人はそう言って靴を脱ぐ。すると奥の部屋から一人の老人がやってきた。この老人はこの神社の神主で、八城照臣という。照臣は紗夜に「お帰り」とにこやかに声を掛け、次いで、紗夜が昨日と同様に連れてきた友人に「いらっしゃい」と応対した。

「また来ちゃいました」

「どうぞどうぞ。こちらは大歓迎ですよ」

 照臣はそう言うと、出てきた部屋へと戻っていった。内心、昨日に続いて紗夜が友達を連れてきたことを嬉しく思いながら。

 二人はそのまま紗夜の部屋へ行き、大量のぬいぐるみが二人を出迎えた。ちとせは「また来たぞー」と、ぬいぐるみに向けて笑いながら挨拶をする。それに合わせるように、紗夜も「ただいま」と声を掛け、小さく笑った。

「それじゃ何か飲み物もってきますから、ちょっと待ってて下さいね」

「うん、ありがと」

 紗夜は鞄を置くと、部屋から出て行った。一人になったちとせは、感慨深げに部屋を見回し、ぼそりと呟く。

「もうちょっとこう、女の子女の子の部屋にしたいなあ」

 ちとせが初めてこの部屋に入ったとき、半分喜び、半分残念がった。というのも、想像したものと半分一致し、半分異なっていたから。内向的な彼女の性格を考え、女の子らしいファンシーなアイテムがかなりあると考えていた。ベッドに並ぶたくさんのぬいぐるみ、女の子っぽいカーテン、ポスター、可愛いオブジェなど。また、本もたくさん並んでいると予想していた。しかし実際は、ベッドはなく、たくさんのぬいぐるみと観賞用の花二鉢を取り除くと、実に殺風景な畳みの部屋だった。

 そのことを紗夜に言ったところ、紗夜はくすりと笑いながら「下宿させてもらっている身ですから」と答えた。そしてそう言われて、ここが紗夜の実家で自分の部屋ではないという事実を完全に無視して考えていた自分が、急に恥ずかしくなっていた。

「ほんと、なんでいつも肝心なところが抜けるんだろ。私ってば」

 その時のことを思い出したちとせは一人苦笑した。やがて、冷たいお茶の入ったプラスチック製のポットとグラス二つを載せたお盆を持って紗夜が戻ってくると、二人は、あれやこれやとお喋りを始めた。というより、ちとせが一方的に喋っていたと言った方が正しいだろう。会話の支配率で言えば九対一。紗夜はほとんど聞き役に回っていたのだが、もともと口数の多くない彼女にとってはとても助かった。

 そうして一時間ほど経ったところで、話題は楯村武斗へと移った。

 学校中の協力を得て守られていることもあり、この話題に触れても怯えるような表情を浮かべることはなくなっていた。それどころか、武斗が紗夜に好意を寄せているという皆の意見が、果たして本当に正しいのだろうかと疑問に思うようにもなっていた。

 実際問題、告白されたわけでもないし、武斗自身も否定している。

 そう思って、思い切ってちとせに聞いてみた。

「あの、本当に、楯村くんは私のこと好きなんでしょうか」

「な、なに言ってるの! そうに決まってるでしょう!」紗夜の質問に、思わずちとせは声を張り上げる。ちとせが一番恐れていることが、武斗に対する紗夜の警戒心が緩むことだった。当人が気を許しては、守れるものも守れなくなるのだから。

「でも、彼も否定してますし」

「ああいう類の男はいつだって真逆のことを言うのよ!」

「そうかもしれませんけど……」

「騙されちゃ駄目よ! それがヤツの狙いかもしれないのよ? いい? 油断したら最後よ? あくまでも徹底抗戦でいかなきゃ、あなたが酷い目に遭うのよ?」心配顔で必死に説得しようとするちとせ。

 とそこに、照臣がやってきた。ちとせの大声と聞き取れた言葉に、何事かと慌てて飛んできたのだ。

「どうかしたのかね?」

 照臣の登場で、ちとせは興奮している自分に気付き、「あ、いえ、すみません……。大声出しちゃって」と背中を丸めた。照臣は、そんなことは構わないとちとせに言い、紗夜に目を向けて「酷い目に遭うって、どういうことだい?」と尋ねた。質問された紗夜は、少し口ごもってからとつとつと説明した。

「私のことが好きっていう男の子がいて、でも、その男の子、とっても怖い人で、だから、みんなに守ってもらってるんだけど……。私は……」

「私は?」

「その男の子、私のこと好きっていうんじゃなくて……」

「ふむ。つまり、怖い男子が紗夜のことを好きになって、でも紗夜はそうじゃないと思っていて、川村さんは、その男子が紗夜を好きだと思っている。ということで良いかな?」

 紗夜は肩をすくめてうなずき、ちとせは「そういう、ことです」とばつが悪そうに答えた。

「その怖い男子とは、どんな男なんだね」照臣はちとせに、彼女の方が詳しいだろうと思い尋ねた。

「喧嘩ばっかりしていて、凶暴で、本当にどうしようもないヤツです。あんなヤツの相手させられたら、何されるかわったもんじゃないですよ。いいように遊ばれて、汚されて、最後はゴミみたいに捨てられて」

「ずいぶんと非道な男だね……」照臣の顔が嫌悪感に少し歪む。しかし、次のちとせの言葉に表情が一変し、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

「非道どころじゃないですよ。楯村武斗ってケダモノは」

「楯村武斗って……、あの楯村武斗のことかね? ジェノサイダーとか虎とか狼とか色々言われてる……」

「知ってるんですか? って、まあ有名人らしいですからね。あいつなんですよ。御子杜さんに目を付けているのは」

「なんと……」照臣はしばし言葉を失う。この反応に、ちとせも紗夜も、彼の名前に愕然として言葉を失ってしまったと思った。確かに、彼の名前に驚いてはいたのだが、その理由は、彼女らが考えるものと全く違うところにあった。

 数秒の沈黙の後、照臣は我に返り、言うべき言葉を探すように口をぱくぱくさせ、二人が見つめる中、どうにか声を出すことが出来た。その言葉は、彼自身にとって的外れなものだったが、彼女らは言葉どおりに受け取っていた。

「とにかく、気をつけなさい」

 照臣はそう言うと、神妙な面持ちで部屋から出て行った。

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