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黒の守護者  作者: K-JI
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決意

 本殿を飛び出すその早さに、ヤナガは「まさかこれ程の力をまだ秘めていたとは」と感心しつつ、武斗の加勢をすべくヤナガもシンエンへの攻撃を開始した。

 武斗の頭にあったのは、シンエンの全身が細かい肉片になるまで切り刻むことだけで、その目的のために、本能のままに体を動かし続けた。それはまるで、学校の屋上で初めてヤナガと戦ったときのように。

 武斗とヤナガを迎え撃つシンエンの攻撃は全て、地面から次々と現れては地中に沈んでいく長槍のようなもの。その長さはどこまでも伸びていくようだったが、突き出るそれの動きは直線的で、一つ一つを避けることはそう難しいことではなかった。とはいえ、なにぶんシンエンの手数の多さと早さに思うように効果的なダメージを与えられず、どちらかというと劣勢のようにも見える。

 なかなか勝負の行方が見えない状況に、それを考える思考を完全に失っている今の武斗に苛立ちはなかったが、ヤナガはそうもいかなかった。

 楽に勝てる相手でないことは最初からわかっていた。だからこそ、夜狩人の子孫である武斗の存在を初めて感じた、武斗と紗夜が出会った最初の日から、彼を一人前の夜狩人にすれば自分が圧倒的に有利になると考えて今までやってきた。そして、予想を遙かに上回る力があることを、今目の前で確認した。

 しかし期待の武斗は、役に立ってはいるが決定的戦力に成り得ていない。その要因は、無駄のある攻撃と、まったく使いこなせていない武具。紗夜を助けたときの武具を使えばもう少しマシな戦い方が出来るのだろうが、それを言ってももう遅い。

 しかも、このまま長期戦になればなるほど、恐らく武斗が潰れるのが一番先となるだろう。夜狩人の力をこれだけ解放し飲み込まれ続ければ、やがて心身共に壊れて破綻するのは目に見えており、それでは今までのことが全て無駄になってしまう。

 そんな武斗が腹立たしく思い、「小僧! 少しは頭を使え!」と怒鳴る。だが今の武斗にはヤナガの声など届かない。となると、ヤナガが戦い方を変えて勝機を見いだすしかないだろう。

「本当に面倒な小僧だ!」

 ヤナガはそう文句を言うと、武斗の動きによって生じるシンエンの隙を突く戦い方に変えた。すると連携した攻撃は功を奏し、最初からこうしていればとヤナガは苦笑し、それまで余裕を見せていたシンエンは、少しずつだがその余裕を奪われていった。

 一方、武斗の咆哮に、怯えきっていた紗夜の心が武斗へと向けられ、堂本が殺されたと聞いたときの雄叫びを思い出すと、それまで涙を浮かべながら震えることしかできなかった紗夜は、武斗の身を案じて本殿の外へと振り向いた。そして扉の向こうに見える光景に、呆然と口を広げたまま凍り付いていた。今、紗夜の目にはシンエンの姿がはっきりと映っている。そして、シンエンと戦うヤナガの姿も。

 武斗の咆哮に反応したのは紗夜だけでなく、照臣も同様に武斗のことが心配になった。一気に膨れ上がる力に、無理に膨らませる風船のような危うさを感じていたのだ。さらに、力に完全に飲み込まれた夜狩人の行く末を、子供の頃に一度だけ実際に見たことがあるだけに、武斗が破綻してしまわないか心配でならない。

 シンエンの強大なプレッシャーに耐えるのに必死だった照臣は、武斗の心配がそれを上回り、どうにか武斗の姿を自分の目で見て確認しなければと、痛む傷に意識を失いそうになりながらも必死に体を動かす。そして、外を見たまま大きく目を見開き固まっている紗夜に、その不安がさらに増した。

 早く状況を確認せねばと気持ちは焦るが、力が入らず自力ではどうにもならない。照臣は堪らず紗夜に、ありったけの力を振り絞って声をかける。その大きな声に、紗夜はびくりと体を震わせると、ギシギシと鳴らすように首を回して照臣を見た。

「紗夜、私を起こしてくれ」

 しかし紗夜はすぐに手を貸そうとしない。照臣の声は届いたが、理解するまでは出来ずにいたのだ。照臣はもう一度、「早く! 私を起こすんだ!」と気力を振り絞って声を張り上げると、ようやく紗夜は我に返った。

「叔父様……」

「早く、私を起こしてくれ。武斗が心配だ」ぐったりとした声で照臣が頼むと、紗夜は慌てた様子で、言われるとおり照臣を起こそうとする。だが、照臣が痛みに顔を歪め、呻き声を上げると、彼が傷を負っていることを思い出して寝かそうとした。

 それを照臣は制するが、無理に起こして傷を広げるわけにはいかない紗夜はどうすれば良いかと、体同様にうまく働かない頭を必死に動かし、良い案をひねり出した。

 扉に足を向けた格好で横になっている照臣の体の向きを変えて見えるようにすれば、傷口を必要以上に広げる心配はない。幸いに床は板張りで、紗夜の力でも向きを変えることぐらいは出来る。依然として震えの止まらない自分の両腕を照臣の体の下に滑り込ませ、自分の体を密着させると、今出せる精一杯の微弱な力で照臣の向きを変えた。

 そして、首を横に向けて外の様子を見た照臣は、目を大きく見開き、息を飲んだ。

 地中から突き出ては戻っていく無数の黒い長槍のようなモノ。その向こうにある、大きな真っ黒いドームのようなモノ。そのドームの下の方には、人間の目によく似たモノがある。まるで、巨大な真っ黒い人間が地中から少しだけ顔を出し、何百本という真っ黒い竹串を自由に突き出し遊んでいるような光景で、化け物の全体の大きさを想像すると、その巨大さに押し潰されそうになる。

「あれが……、シンエン……」

 そう呟くと、伝承の中で聞いたことのあるその化け物を目の当たりにして、恐怖を通り越し、呆然としてしまった。だが、紗夜の「お願い、神様……、武斗くんを守って」という祈りの声に我に返ると、「い、いかん、武斗を、止めなければ……!」と、武斗の姿を捜す。

 武斗は限界をとうに超えているはず。今すぐ力を抑えなければ、力に飲み込まれ死んでいった過去の夜狩人たちと同様に破綻してしまう。

「このままでは、彼は――!」

 絞り出すように照臣は叫ぶ。だが、まさにそのとき、それまで人間とは思えぬ動きを緩めることなく戦い続けていた武斗に異変が生じた。一瞬、痙攣するように体をねじると、急に動きが止まった。

 そして武斗は、地面に落ち始める前に、前方から突き出された突起をかわそうともせず、腹部を貫かれた。串刺しになり、ぐったりと動かない武斗の体はそのまま高々と突き上げられ、その光景に、照臣は目を見開いて絶句し、紗夜もまた大きく目を見開き「いや……あ……」と呻くと、唇を振るわせながら声にならない泣き声を上げた。

 それはまさに、二人にとって最も恐れていた結末。死と隣り合わせの戦いに身を投じた者の最悪の末路。

 骸となった愛しい者の無惨な姿に、紗夜はそこから救い出そうとするかのように両腕を必死に伸ばす。しかし、今の彼女に出来るのはそこまで。それ以上は体が動かなかった。

 対してシンエンは、ぴくりとも動く気配のない武斗に興味などもうないと言わんばかりに、「どうやらここまでのようだな」とヤナガに言う。

「ふん。小僧はいなくとも、まだ我がいる」そう憎々しげに答えるが、ヤナガだけで戦うのは少々分が悪く、それはヤナガもシンエンもわかっている。

「まだ戦う気か? 何故そこまで、仲間を裏切って人間に荷担する」

「仲間? 我は貴様らを仲間と思ったことなど一度もないが?」

「なるほど。お前らしい答えだな」

「それより貴様こそ、わざわざこちらの世界に出向いてくるとは、よほど退屈でもしていたのか?」

「そういうことだ。つまり、お前と同じ理由ということだ」

「低俗な貴様と一緒にするな」

 ヤナガは心底嫌そうに吐く。シンエンはそれに腹を立てるのではなく、むしろ楽しそうだった。

「人間に荷担しているだけあって、面白いことを言うようになったじゃないか。ヤナガ。ところで、私が提供してやった余興は、存分に楽しんでくれたかな?」

「貴様が用意した雑魚で我が満足できるはずなかろう? それに、途中からは我を楽しませるのではなく、夜狩人で遊ぶことに夢中になっていただろうが」

「確かに、夜狩人で余興を楽しむこともしたが、基本的にはお前で楽しんでいたつもりだったのだがな。そう思われていたとは、やはり用意した連中が間違いだったか」

「そのようだな。これでは我としても楽しみ足りぬ。やはり、貴様を始末せねばな。気分もスッキリしないというものだ」

「それでは仕方がない。余興はこれで終わりに――」

 シンエンがそう言いかけたところで、「なに!?」と驚きの声を上げた。その理由がわからないヤナガは、何が起きたのかと目を細めて事態を見守る。すると、武斗を串刺しにしている長槍の一部がぶるっと震え、次の瞬間、そこから枝分かれした枝のように真っ黒い長槍が派生し、シンエンの本体へと伸びた。

 シンエンはそれを、地中から突き出した長槍で壁を作り防ごうとする。枝はその壁に突き刺さりそこで止まった。だが壁になっていた数本の長槍がぶるっと震えると、そこから同じように何本も枝が派生し、それらがシンエンへと襲いかかる。

 今度は壁を作るのではなく、武斗を突き刺している長槍と、そこから派生している枝を断ち切った。すると、そこから先の部分は力を失いぼとりと地面に落ち、ちりちりと消えていく。そして武斗の体は、切り倒された長槍もろとも地面に落ちる。だがすんでの所で、突き刺さったままの長槍の一部がぐにゃりと形を変えて支えとなり、体を強打することなく、地面に横になった。

 いったい何が起きているのか、照臣や紗夜だけでなく、ヤナガもわからずにいると、シンエンは思わず叫んだ。

「こやつは本当に夜狩人か!」

 その言葉の意味に目を細めるヤナガ。すると、死んだと思っていた武斗の指先がぴくりと少しだけ動き、武斗の体そのものがジワジワと真っ黒に染まり始める。突き刺さったままのシンエンの一部も小さくなり始め、顔の一部を除いて全身が黒く染まると同時に、シンエンの一部は完全に消えた。それは消滅ではなく、武斗の体に完全に取り込まれたのだ。

 そしてゆっくりと起きあがり、ゆらりと立ち上がると、聞き取れないほど小さな声でぼそぼそと喋り始めた。

「てめえは……、余興で人を殺してきたってのか? 堂本さんやアパートの人たちを殺したのも、余興の一部だったってのか? だったら、俺もてめえを殺してやるよ。余興としてな……」

 その様子を、手を出すことなく見ていたシンエンは、驚きから喜びに変わると「これは面白い」と楽しげに呟く。串刺しにされた時点で絶命したと思っていたヤナガは、驚くと同時にシンエンと同じ感想を持っていた。横たわる照臣は、武斗の姿に何も考えられなくなっている。もはや、夜狩人としてどうこうという問題ではない。目の前にいるのは、人間でも夜狩人でもない存在としか見えないからだ。

 そして紗夜は、息をすることさえ忘れてしまうほどに驚くと同時に、武斗が生きていたことへの喜びよりも先に、今すぐ武斗を止めなければという思いに駆られた。

 このままだと、武斗は完全に人間ではなくなってしまう。

 例え命があったとしても、もう二度と、ささやかな幸せな時間を共有することさえ出来なくなってしまう。

 もう二度と、武斗の温もりを感じることが出来なくなってしまう。

 今度こそ、全てが失われてしまう。

「駄目……、武斗くん、行かないで……」

 紗夜は譫言のようにそう呟くと、一歩、また一歩とシンエンへと歩き出す武斗へ、躊躇することなく一心不乱に駆け出した。おぼつかない足は紗夜の体をよろけさせ、うまく階段を下りることが出来ずに段を踏み外し、そのまま転げ落ちてしまう。その痛みに短い悲鳴を上げたが、すぐに起き上がると再び走り出す。

 シンエンはこの乱入者に、「シラケさせるな」と長槍を地中から突き立たせ、紗夜を殺そうとした。前方から襲いかかってくる長槍に、紗夜は思わず足を止めて「きゃあっ!」と叫ぶ。しかしその長槍は、悲鳴が終わる前に切り落とされ、次の瞬間、ヤナガが紗夜の前で立ち塞がっていた。

「貴様こそ、我をシラケさせるな」その言葉は、シンエンに向けられたもの。

「ふん。その人間を助けるか。人間との契約を律儀に守るとは、確かにお前は、我々の仲間ではないな」

「やっと理解できたか」

 正直なところ、このあと武斗がどうなるのか興味があり、実力行使で紗夜を追い返そうかとも思った。しかし、武斗と出会ってからの紗夜を見てきて、彼女が諦めるとは冗談であっても思えない。

 それに何より、この先の武斗に破滅が待っているとしたら、結果的に楽しみが無くなってしまう。それは人間社会を楽しむ上での一つの玩具としてではない。何だかんだと言いながら、武斗のことをヤナガは気に入っていたのだ。そして、武斗と紗夜のやり取りも。

 故に、ヤナガは道を空けると「もたもたするな」と言い、ぐるんと首を回して紗夜を見る。目を向けられた紗夜は、触れられるほど近くにいるヤナガに怯えるのではなく、「ありがとうございます、ヤナガさん」と、ぎこちないものではあったが、今できる精一杯の笑顔で感謝の礼を言い、武斗へと急いで走り出した。

 その途中、シンエンは紗夜に対する興味が完全に失せていたため、彼女に直接手を出そうとはしなかった。しかし、胸部から腹部にかけて無数の真っ黒い細い針を伸ばし攻撃してくる武斗に、シンエンは応戦すべく紗夜の進路を塞ぐような場所からも長槍と突き出す。その障害物を、ヤナガは「我がこのような真似をするとは」と苦笑しながら取り除いていく。

 そうして、紗夜は武斗の背中に抱きつくことが出来た。だが武斗の体は驚くほど冷たく、更に紗夜を必死にさせる。

「武斗くん! もうやめて! お願いですから、もうやめてっ! 今度こそ本当に死んでしまいます! そんなの、私はイヤっ!」

 涙ながらに必死に懇願するが、武斗は何の反応も示さない。それでも紗夜は叫び続ける。その間、武斗は思い出したように足を一歩前に出し、好きに動けるようになったヤナガもシンエンへと攻撃をしていた。戦況は今、武斗とヤナガが圧倒し始めている。底の知れない武斗と劣勢な状況に、シンエンはすっかり余裕を失っている。そしてヤナガは、このまま押し切ってシンエンを倒せると確信していた。だがその確信は、ボキリという大きな音が打ち砕いた。

 その音は、武斗の体からした。

 それが、武斗の体が壊れだした音だと感じたヤナガは舌打ちをし、対照的にシンエンは余裕を少し取り戻す。

 そして二度目の音が武斗の体から鳴ったとき、紗夜は喉を切り裂きそうなほどの声で叫んだ。

「お願いっ! 私を置いていかないでっ! 私を、独りぼっちにしないでっ!」

 その叫び声に、武斗の体がぴくりと揺れ、動きが止まった。紗夜は武斗の変化に「武斗……くん……?」と声をかけ、シンエンはこの隙にと、周囲を取り囲むようにして無数の長槍で襲いかかる。

 武斗が串刺しにされたときの再現といった感じの状況に、助けようにも間に合わないとヤナガは苦々しい思いで半ば諦めたのだが、長槍は二人を突き刺す前に、透明な壁で囲われているかのように全て弾き返され、それだけでなく全て粉々に砕け散り、広がる波紋のように霧散していった。

 この光景に、シンエンは我を忘れて驚き、ヤナガも「何をしたというのだ」と呻いていた。

 一瞬の出来事だったので、破片が完全に消える間際しか見ておらず、何が起きたのかわからない紗夜は、「なに……?」と周囲を見る。そして次の瞬間、武斗がぐらりと揺れた。紗夜は「武斗くん!」と、慌てて武斗の体を支えようとするが、結局、武斗はがくん膝を突き、紗夜も引きずられるように膝を突いた。そして、串刺しにされた武斗が息を吹き返してからは彼の背中しか見えていなかった紗夜は、このときになってようやく、武斗の異様な姿を目の当たりにした。

 武斗の胸部から腹部にかけて、真っ黒い針のようなモノが無数に伸びていた。そしてそれは、瞬く間に短くなり、武斗の体の中に消えてしまうと、黒く染まっていた武斗が元に戻っていく。

 あまりの光景に、さすがに紗夜も言葉を失っていた。

「ここまでだな」そう言ったのはシンエン。ただし、シンエンには武斗にトドメを刺す意志はなく、ヤナガはそれを口調から汲み取っている。

「そのようだな」

「しかし、これは面白い。今までで一番面白い。ここで殺してしまうのはあまりにも惜しいというものだ。お前もそう思うだろう?」

 戦うことに興味を失ったシンエンと同様に、ヤナガも武斗に対する関心ばかりが増してすっかり戦う気が失せていたので、「確かに面白い小僧ではあるが、用が済んだのであれば、とっとと失せろ」と答える。

「ふむ。そうしよう。これ以上は、せっかくの興を冷ましてしまうというモノだ。そこの夜狩人よ。また楽しもうではないか」

 シンエンはそう言うと、沈黙する武斗の返事を待たずにゆっくりと地中に沈み始め、そしてその姿は完全に消えた。壮絶な戦いは終わり、大量血痕事件も、それを起こしていた張本人の退場により終結となった。

 静けさを取り戻した境内には、何事もなかったかのように拝殿が元通りに佇んでいる。照臣は、まるで幻を見ていたような気持ちにさせられたが、それが幻でも夢でもないということを、武斗と紗夜が思い出させた。

 外見上体が元に戻った武斗だったが、突然ごふっと血を吐き出し、続けて数回血を吐きながら咳をし、体をくの字に折って両の手を地面についた。

 その姿に紗夜がようやく我に返ると、「武斗くん! 死なないで! お願いだから死なないで!」と武斗にしがみつく。武斗はさらに数回血を吐きながら咳をしたのち、「死ぬわけ、ねえだろ」と、荒い息で途切れ途切れに言葉を発しながら答えた。

「死んで、たまるか……。あのヤローを、ぶっ殺すまでは、死ねるかよ……! 何があっても、あのヤローを、ぶっ殺すんだ!」

「もうやめて! もう、傷つく武斗くん、見たくないです!」

 紗夜は、これ以上武斗が戦い傷ついていく姿を見たくなかった。だからこそ、もう一度戦おうとする武斗を止めたかった。だが、深い悲しみを抱えたまま復讐に燃える武斗の続く言葉に、何も言えなくなってしまっていた。

「マキさんや、トネさんや、アパートの人たちまで、俺の家族まで、殺しやがったんだ……。てめえが、楽しむだけに……! そんなヤローを、許せるわけっ、ねえだろっ!」

 朝日荘での惨劇を知る由もなかった紗夜は、この言葉に自分の耳を疑い、思わず「嘘……」と呟く。そしてじわりと、武斗の言葉が紗夜の中に入ってくる。巻野と利根林とは、ほんの二週間ほど前に知り合ったばかりだったが、紗夜にとっては大切な人となっていた。その人たちが殺されたという悲しみが、痛みを伴いながら紗夜の心を深くえぐった。

「ヤツをぶっ殺せるなら、本家だろうが何だろうが、使えるものは全部、使ってやる……! 何だってしてやる!」

 そう叫ぶ武斗に、紗夜はどうすれば良いかわからなかった。正直、家族同然の親しい人たちが殺されたのであっても、もう戦って欲しくなかった。だが、武斗の負った心の傷は、戦うことを止めても癒えることは絶対にないだろう。それどころか、怒りや悲しみを向ける場所を失うことによって、心が壊れてしまうかもしれない。

 どちらにしろ武斗は傷ついていくのだと思うと、紗夜は神様を呪いたい気持ちでいっぱいになり、「どうして……」と涙声で呟く。

 どうして、神様は武斗にこんな辛い運命を強いるのかと。

 それが悲しくて、悔しくて、涙が溢れ続ける。

 その想いが憎しみと悲しみにまみれていた武斗の心に届いたのか、武斗はハタと、周囲を見るだけの冷静さを取り戻す。そして、武斗に寄りかかるようにして涙を流す紗夜に気付くと、ようやく意識を紗夜に向けることができた。

「紗夜……」

 彼女の涙に、武斗は言うべき言葉を探すが、色々とありすぎてどれから言えばいいのか迷ってしまう。しかも照臣のことを思い出し、今すぐ救急車を呼ばなければならず、いつまでもここで迷っているわけにもいかない。そこで武斗は、彼女の中の恐怖を取り除く言葉ではなく、彼女への気持ちを言葉にした。

 武斗は口の中に残っている血を唾と一緒に吐き出すと、そのままの体勢で話す。

「紗夜。さっきはありがとな。お前が止めてくれなかったら、俺、本当の化け物になって、そのまま死んじまってた。ほんと、お前には助けられてばっかだ……。おまけに、こうして泣かしてばっかだしな」

 シンエンと戦っている間、周囲の声はぼんやりとだが耳に届いていた。その声に応えなかったのは、意識がそちらにまったく向かなかったから。しかし最後の最後、ようやく紗夜の声が届き、心が動いた。

 もしもあのまま力を使い続けていたら自分がどうなってしまうか、今になって誰よりも一番肌で感じ、理解している。だからこそ、紗夜への感謝の気持ちを選んだのだった。

 武斗の言葉に、紗夜は首を振って答える。自分の方こそ、助けてもらってばかりだと。

 そして、心の中で固く誓っていた。武斗が例えどんな道を選んだとしても、絶対に武斗の側に居続けよう。例え微力でも、絶対に武斗の力になり、支えになるのだと。


 その後、まだ動けない武斗に代わり紗夜が救急車を呼び、ほどなくして照臣は紗夜に付き添われて病院へと運ばれていった。照臣の傷は深かったが、致命傷に至るものではなかったらしく、搬送先の病院の医師によると、しばらく安静にしていれば問題ないということだった。

 そして武斗は、病院で診てもらったところでどうにもならないし、行ったところで余計な面倒をかけるだけだろうし、勝手に直ってきているようだから、などと理由を並べ、最後に、今から朝日荘へ行くつもりだと言い、無理矢理紗夜を納得させて、やってきた救急車に搬送されていく照臣らを見送った。

 その際、紗夜に「あとで武斗くんの携帯に電話します。それと……、一人で遠いところへなんか行かないでくださいね。絶対にですよ」と、懇願するような瞳で念を押されてしまった。散々心配を掛けてきた自分に苦笑いしながら、武斗は「人一倍泣き虫のお前を、独りぼっちにさせっぱなしには出来ねえだろ。あとでそっちに行くから、大人しく待ってろ」と冗談交じりに返す。

「本当ですか?」

「信用しろ。って言っても、説得力ねえか」

 はい、と答えそうになった自分を抑え、紗夜はこう答えた。

「……もし、もしも武斗くんが何処かへ行ってしまったら、私、武斗くんを捜し続けます。どんなに苦労しても、どんなに時間がかかっても」

 その真剣な眼差しに、武斗も真っ直ぐに「今の言葉、肝に銘じておく」と受け止めていた。

 そして照臣と紗夜は病院へ向かい、神社には武斗とヤナガだけとなった。武斗はどうにか動けるぐらいに回復した体を無理矢理動かし、ヤナガの背を借りて朝日荘へと向かう。殺されていった朝日荘の人々の無念を、しっかりと体に刻み込むために。

 その道すがら、ヤナガは何度もククッと笑っていた。朝日荘の人たちへの想いでそれどころではなかった武斗だったが、ヤナガの小さな笑い声に気づき、やがて腹立たしくなると、「何がそんなに面白れえんだ」と唸るように文句を付ける。

「これが笑わずにはいられるか。夜狩人だと思っていた貴様が、我ら以上の化け物だったのだからな」

 冗談として流せる言葉ではなかったが、武斗自身、シンエンの体の一部を侵食し、体内に取り込み、それを武器として戦ったことに驚き、戸惑っていることもあり、「笑えるかよ! つうか、どうなってんだよ、俺の体は」と聞いてみた。

「我が知るか。まあとにかくだ。夜狩人の亜種であることは間違いないのだから、それでよかろう。こうして死なずに済んでいるのだしな」

 死なずに済んだ、というのは間違いではない。純粋な夜狩人であれば、串刺しにされた時点で死んでいたのだから。しかし、その台詞がヤナガの口から、というのが武斗としては面白くない。

 体の中が修復されていく感覚に多少吐き気を感じながら、武斗は「良いわけねえだろ」と吐き捨てていた。

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