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黒の守護者  作者: K-JI
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侵入者

 本家が何を言ってこようが自分の好きなようにすると、武斗は言っていた。それに対し、どうせそうするのだろうと照臣は笑って頷き、紗夜もそう思っていた。そして、自分が家に帰ることを決心したときに、武斗も一緒に来てくれると言ってくれたらと、淡い期待を抱いていた。

 しかし、この町には武斗にとって大切な思い出がたくさんあり、大切な人が大勢いる。その大切なものを置いて自分と一緒に来て欲しいというのは、一方的な願望でしかない。それでも願ってしまうのは、それだけ武斗への想いが強い証拠。

 考えれば考えるほど、家族のことよりも武斗のことを強く想うようになっていく自分に、パジャマ姿でテーブルに突っ伏している紗夜は「私、ひどい娘ですね……」と両親に謝るように呟いたのだが、そう口に出した理由はそれだけではなかった。

 彼女がこの町にやって来た目的は、人間を捕食する闇の世界の住人をおびき寄せて、殺すための囮になること。そのことを両親は知っていると、照臣から聞いている。つまり父親も母親も、自分の娘が囮になることを了承したということだ。そのことについて、きっと本家の圧力に抗えなかったからだろうという気持ちもあったが、それ以上に、両親はついに自分を捨てたのかもしれないという気持ちも強くあった。

 そんな自分の心の内を考えると、両親を信じられない自分を責める気持ちと、信じたくても信じ切れない、紗夜に対する両親の今までの態度を悲しく思う気持ちでひどくざわつき、落ち着かなくなる。

 こんな気持ちになるのなら、いっそのこと家族よりも武斗を選んだ方が良いのかもしれないと、「私も私の好きにして、本当にいいのかな?」と口にした。しかしそれでも決心がつかないのは、姉や妹はともかくとして、母親はときおり優しくしてくれたり、父親は、厳しさや冷たい素振りの中に、自分を想ってくれる優しさを感じるときが何度かあったから。

 家族が彼女に向けるものが、憎しみだけの厳しさや冷たさ、無関心などしかなかったら、迷うはずもなく武斗を選んでいる。

 迷い続ける心は、やがて紗夜を疲れさせ、「私、本当にどうしたらいいの?」と、彼女の手の中でいじられているライオンのぬいぐるみに答えを求めた。

 武斗を見立てて買ったそのぬいぐるみは、そんな紗夜を笑っているかのように微笑んだまま。紗夜は冗談交じりに、口を尖らせて「武斗くんの意地悪」と呟き、無言で微笑み続けるぬいぐるみにため息を一つこぼす。

 そして、今日はもう寝てしまおうと、いつもよりだいぶ早めに電気を消して布団の中に潜り込んだ。しかし頭の中は、あれこれ考え通しで疲れているはずなのに眠ろうとせず、何も考えないようにと思っても、ついつい考え事をしてしまう。武斗のことや家族のことなど、脈絡なく。

 これでは布団に入った意味がないと思いながら、諦めの気持ちで眠りに落ちるのを待ち続けた。そうして一時間ほどして、ようやくとうとうととし始めた頃に、部屋の戸がノックされた。

「紗夜。もう寝てしまったかい?」

 照臣の来訪に、こんな時間にどうしたのだろうと思いながら、布団から起きて「いえ、まだです」と答える。

「なら良かった。部屋に入って良いかな?」

「どうぞ」

 了解を得て照臣が戸を開けると、明かりを点けようと紗夜が布団から立ち上がったところだったので、部屋の中は真っ暗だった。

「なんだ。寝ていたのか」

「寝ようと思って布団に入ったのですけど、全然眠れなくて。それより、どうかしたのですか?」

 そう言いながら、蛍光灯のひもを引っ張り明かりを点ける。途端に明るくなったその眩しさに、紗夜は手でその光を遮りながら目を細めていた。

「すまないが、今から私と本殿に来てくれ」そう言う照臣の手には、懐中電灯が握られている。

「それはいいですけど……、いったい何が」

「取り越し苦労ということもあるだろうが、どうにも胸騒ぎがしてな。とにかく本殿へ」

 たったそれだけの説明だったが、照臣の様子に何かを感じた紗夜は、それ以上何も聞かずにパジャマ姿のまま照臣と本殿へと向かった。

 神社の異変に照臣が気付いたのは、その僅か数分前だった。

 異界と繋がる道を狭めるための拠点の一つとして建てられたこの神社は、結界のようなもので守られている。契約を結んでいるヤナガを除いて、本来この神社の敷地内に入れる闇の世界の住人はいないはず。小さな黒い虫でさえ。

 しかし照臣は、居てはならない小さな黒い虫を、居間で何度もため息をつきながら紗夜と武斗のことを考えている最中に目撃した。

 今の情勢が、たかが虫一匹と笑っていられるものならば、照臣が慌てることなどなかった。だが、終わらない大量血痕事件や、特にここ最近のヤナガの発言を考えれば、この侵入者の存在に胸騒ぎがしても不思議ではない。故に、この敷地内で最も安全な場所と言える、御神体があり、最も霊力の強い本殿の中に一時避難しようと考えた次第だった。用心のし過ぎかもしれないが、不用心の代償を考えれば決して無駄ではない。

 部屋を出た二人は玄関でサンダルを履き、照臣が鍵を開けて外に出る。夜の十一時半とあって辺りはしんと静まり返っているが、住宅街の中にあるのだから静かなのは当たり前。また、紗夜には別段変わった様子など見当たらなければ、そのような気配も感じられない。それでも、照臣の神妙な顔に不安を感じずにはいられず、数日前の化け物に襲われたときのことを思い出すと、この静けさがかえって不気味に感じられてきて、少しずつ足早になる照臣から離れないようにと、自然と足を急がせていた。

 そして本殿まであと少しというところで、照臣は歩きながら紗夜から一歩後ろに下がると、「本殿まで走るんだ!」と突然に紗夜に言った。

 その声に、思わず紗夜は振り返ろうとしたのだが、照臣が「早く!」とそれを遮る。切迫した照臣の声に紗夜は危険を感じると、言われたとおり、転んでしまわないように気をつけながら駆け出した。

 距離にして十五メートル強。すぐに辿り着く距離だが、サンダルを履いているために走りづらく、ひどくもどかしく感じられた。そうして短い石段を駆け上がり本殿の扉の前に来ると、自分の体を楯にするようにして紗夜のすぐ後ろを走っていた照臣が、紗夜の体を隠すようにしながら本殿の扉を手前に引く。

 しかし扉は、ぎいという軋む音を一瞬鳴らして少し開いただけで、その隙間は、体を滑り込ませられることも出来ないほど狭い。扉自体にそれなりの重さはあるにせよ、照臣が苦労するほどの重さではないことを知っている紗夜は、まさかと思いながら振り返り、照臣の顔を見上げる。

 その顔は険しく、苦悶に満ちていた。

「叔父様っ!」

「早く、中にっ!」

 紗夜は嫌な予感を抱えながら慌てて照臣を手伝い、力任せに扉を大きく開け放つ。そして照臣の腕を掴んで、一緒に本殿の中に逃げ込もうとしたとき、彼の向こうに、月明かりにうっすらと浮か上がる真っ黒い化け物が見えた。その化け物は、数日前に見たものとは異なり、無数の蛇が絡まり合った塊のような姿をしていた。

 そして化け物は、あのときの恐怖を紗夜に生々しく呼び覚まさせた。紗夜は小さく悲鳴を上げ、体を凍り付かせた。このままでは紗夜まで殺されてしまうと感じた照臣は、そんな紗夜を、突き倒すようにして本殿の中に押し込んだ。硬直した紗夜の体はうまく受け身を取れず強かに体を打ってしまい、痛みに短く声を上げていたが、すぐに照臣の方を見た。

 照臣は中に入ってこようとせず、苦悶の顔でその場に立ち尽くしている。そしてそのすぐ後ろに、無数の蛇の塊の如きモノの姿があり、そこから数匹の蛇のようなモノが照臣の脇腹に噛みついていた。

 間近にある化け物の姿と血が滲んでいる照臣の脇腹に、恐怖が再び紗夜を支配し、あのときと同じように彼女の自由を完全に奪おうとした。だが、紗夜の声を奪うことは出来たが全てを奪うことは出来なかった。

 声を失ってはしまったが、咄嗟に化け物と戦った武斗の後ろ姿が脳裏をかすめ、色々な思考が一瞬の間に頭の中を駆けめぐっていた。

 数日前の、化け物を目の前にして怯えることしか出来なかった自分と、身を挺して守ってくれた武斗。その武斗は、たくさん傷つき、たくさん悩み、たくさん苦しんでいた。その姿に、少しでも力になりたいと思いながらも、武斗に支えてもらってばかりいた弱い自分。甘えて、救いを求めてばかりいた弱い自分。

 そんな自分自身を思うと、悲しいほどに情けなく、悔しく思えた。そして、こんな臆病の自分のままでは駄目と自身の弱い心を叱責し、歯を食いしばって怯える体を奮い立たせ、武器になりそうなものを探した。だが目につくのは、頑丈とは到底言えない背の高い木製の蝋燭立てぐらい。これで化け物を払い除けられるとは紗夜自身も思えなかったが、今は一刻を争う状況。無我夢中だったということもあり、紗夜は震える自分の足を、動いて!と数回叩き、ばたばたと蝋燭立てに飛びつくと、照臣の方へと振り向く。

 彼女のその表情は、照臣がいつも見ている、何かに怯えるような気弱なものを色濃く浮かべていたが、漆黒の双眸には、恐怖に瞳を潤ませながらも、必死に立ち向かおうとする力があった。

 紗夜が手にしている蝋燭立てが立派な武器になるとは考えにくいが、僅かばかりでも武器として役に立つ可能性がゼロだとは断言できない。というのも、本殿で使われている品には、多少なりとも御神体の持つ霊的な力の影響を受ける。そして長く使われ続ければそれだけ、霊的効力を持つ存在に成り得る。

 だがそれは、こちらの世界の存在を相手にした場合に役に立つ可能性があるという話。闇の世界の住人相手にどれだけの影響力を持ちうるかは、正直なところ、実際に使ってみないことにはわからないのだし、そもそも、その力がこの場面に適したものかさえわからない。

 そういう意味で、運良くこの状況で役に立つかもしれないが、あまりにも危険で、圧倒的に分が悪い賭であることは確かである。そして、万が一結果が最悪のものとなり紗夜の命が奪われでもしたら、死んでも死にきれない。

 紗夜が何をしようとしているのかなど一目瞭然の照臣は、「馬鹿な真似はよしなさい! そこでじっとしているんだ!」と、脇腹の痛みに耐えながら制する。

 しかし紗夜は、照臣の声を無視するように必死に立ち上がり、つまずき倒れるようにして駆け出した。

 せめて紗夜だけは助けたいという思いで照臣が「やめなさい!」と叫んだ声が、虚しく本殿の中で反響し、紗夜はその中を突き抜ける。そして、本殿の中に入れずにいる化け物へと握りしめた蝋燭立てを振り下ろした。華奢な蝋燭立ては、照臣の脇腹に噛みついている蛇のようなモノを叩くと同時に、あっけなくボキリと折れた。

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