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黒の守護者  作者: K-JI
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願いと思い

 武斗と楽しげに言葉を交わしながら学校から出てくる紗夜の姿が、文江には心底気に入らず、紗夜が驚いた様子で文江を見つけたときも不機嫌そうに顔を歪めていた。しかし、武斗がこちらを向くとにこりと笑みを浮かべ、武斗の視線が敵意に変わると、満足した表情を浮かべていた。

「お久しぶりね。紗夜ちゃん。って言っても、先週会ったばかりだけどね」

 文江がそう言って二人に歩み寄ると、紗夜は緊張気味に「こんにちは、文江叔母様」とお辞儀をした。

「元気そうでなによりね。ほんと良かったわあ。家出したって聞いたときは、本当に心配したのよ?」などという嫌味ったらしいその声に、武斗の文江に向ける嫌悪の念が強まる。

「それで、隣の男の子はあなたのボーイフレンドかしら?」

 その問いに、胸を張ってそうですと答えたかったのだが、文江に対して真正面から対峙する勇気をまだ持てていない紗夜は、「あの……」と言い淀んでしまう。それを見た武斗は、すかさず紗夜より一歩前に出て、「それがどうした。あんたには関係ねえだろ」と唸った。

「まあ、そんな怖い顔しないで? 楯村武斗くん」

 自分の名前を口にされたことにひどく腹が立った武斗は、さらに険悪な表情を向ける。

「俺はな、敵と見なしたヤツには容赦しねえんだ。相手が本家だろうが何だろうがな」

 それが本気であることを示すように武斗が拳をぎゅっと握ると、一触即発といった緊張感が周囲を覆い、紗夜が武斗を制するようにその拳を手のひらで包んだ。そして、いったい何事かと足を止めたり、ひそひそと会話をしている生徒たちが緊張の面持ちで見守る中、一人の生徒が「ああっ! あのときのクソババア!」と声を上げた。

 その声に武斗が振り向くと、まさみが怒り心頭といった表情でやって来る。そしてそんなまさみを「ちょっ! まさみっ!」と里子が止めようとするが、一緒にいたちとせも「何しに来たのよ!」と牙を向けて歩いてくる。

 なぜ二人がこうも攻撃的な態度を文江に向けるのか理解できない武斗は、「何でお前らが怒ってんだ」と、文江への怒りよりも彼女らの行動に対する疑問の方が先に立ち、知らずに冷静さを取り戻していた。

「何でって、こいつ、御子杜さんにひどいこと言ったのよ!」とまさみが吠え、ちとせも「何様のつもりよ! こいつ!」と吠える。すると、周囲の生徒たちは文江に対する批難の視線などを向け始めた。この状況に、文江は不機嫌に顔をしかめて、「あんたもずいぶんと人に好かれるようになったものね」と吐き捨てる。

 火に油を注がれたようなちとせたちは、さらに汚い言葉を浴びせてやろうと口を開こうとした。しかしそれを武斗が「お前らちっと黙ってろ」と、背中がぞくりと震えそうな冷徹な声で止めた。

「あんたの用は何だ」

「まったく、礼儀知らずなガキばかりね。ここは」

「あんたほどじゃねえ」

「ふん。報告書どおり生意気なガキね」

 そう言うと、文江は表情を一変させ、楽しげに話題を変えてきた。

「ああ、そうそう。報告書といえば、あなたにも教えてあげなくちゃね。昨日の夜にね、あなたの大嫌いな箱崎が殺されたわよ?」

「箱崎?」

「ほら、あなたの正体をばらしちゃった男よ」

 その言葉で、それが誰かを理解した武斗は、思わず驚きの声を上げた。紗夜にはそれが誰なのかはわからなかったが、御子杜本家に関係する人だということは理解できていた。

「良かったわね。すっきりしたでしょ」

「てめえ……、何でそんなツラで言えんだよ……」

「殺されちゃったものは仕方ないでしょ? まあ、たいして使えない男だったから、所詮はいらない人間だったってことよ」

「な……、ンだとおっ!」

「そう言えば、あなたのお知り合いも殺されたんだっけ?」

 嘲笑うその言葉が許せなかった。堂本のことを、いらない人間だったから殺されたのだと言うその言葉が、夜狩人の力を解放してしまうほどに許し難いものだった。

 激情が武斗を覆い、思わず文江の首を両手で握り締めていた。そのまま彼女の細い首を粉々に握り潰さなかったのは、辛うじて残っていた自制心があったから。しかし、このまま首を絞め続ければすぐに窒息し、気を失ってしまうだろう。最悪窒息死してしまう。

 慌てて、紗夜が「武斗くんやめてっ!」と武斗の太い腕に飛びつき、それで我に返ることが出来た武斗は、憎しみの目を文江に向けたまま手を緩めた。

 文江は武斗の手から自力で逃れて、しばらくその場で咳き込むと、どこか楽しげに口を歪めながら武斗に言った。

「はっ。どこが心は人間だって? やっぱり化け物じゃない。一つあなたに言っといてあげるわ。化け物にはね、化け物に相応しい場所ってものがあるの。馬鹿な人間たちが安穏と暮らしているような場所じゃなく、化け物同士仲良く遊べる場所で――」

「やめてっ!」文江の言葉を、紗夜が悲鳴のような声で断ち切った。

「やめて下さい! 私のことは何て言ってもかまいません! でも、武斗くんにひどいこと言わないでっ!」

 文江を真っ直ぐに見つめてそう訴える紗夜に、文江は照臣の言葉を思い出す。そして、その言葉が間違いではないことを証明しているかのような、今まで一度もこのような口の利き方を文江に向けたことのない紗夜の姿に、文江は腹立たしさで顔を歪めて吐き捨てた。

「なに? 私に意見するの?」

 以前であれば、顔を伏して何も言えなくなってしまっていたのだろうが、今はぐっと堪えて必死に見返している。そして、その援護をするように武斗が「化け物に殺されたくなけりゃ、今すぐ失せろ」と、夜狩人の力を解放したまま文江に詰め寄った。

 さすがの文江も、気が狂いそうなほど禍々しく異様なその迫力に、怯え震えるように後ずさりしてしまっていたのだが、その力を、今この場で武斗を殺してしまいたいぐらい悔しく、殺されてしまいたいぐらい狂おしいほど魅力的に感じていた。

「そうね……。今のあなたじゃ、本気で私を殺すでしょうね。実際殺されかけたし。それじゃあ今日はこのへんにしておくわ。またね。楯村武斗くん」

 文江はそう言って、この場から立ち去っていった。その背中に、ちとせやまさみの罵声が大音量で聞こえてきていたが、まったく意に介することなく、やっぱり楯村武斗は欲しいわ、と不敵な笑みを浮かべるばかりだった。

 文江が去っていくと、武斗は紗夜の頭に手を置き、「止めてくれてありがとな」と礼を言い、精一杯の勇気を振り絞った紗夜は、その言葉に答える余裕もなく精根尽きたようにぐったりと武斗に寄りかかった。

「大丈夫? 御子杜さん。ちょっと楯村くん! いくらなんでもあれはやり過ぎよ? ほんとに殺しちゃったら――」と、まさみが思わず武斗に注意をすると、ちとせが「あんな言い方、許せるわけないじゃないっ!」と感情的な声を上げ、悔しそうに唇を噛みしめながら瞳を潤ませた。

 ちとせのこの様子にまさみは戸惑いつつ、「でも首を絞めるのはマズイでしょ。訴えられでもしたら」と返した。

「そんなの関係ないっ!」

「ち、ちとせ、どうしたのよ……」

 ちとせは、堂本の死を告げられたときの泣き崩れた武斗の姿を、こうして大声を出し、涙を流すほど悲しい気持ちで思い出していた。だが、その場にいなかったまさみと里子は、ちとせの悲しみを共有することはできない。それ以前に、あのときの武斗のことを軽々しく人に話すものではないと強く感じていたちとせは、まさみや里子にも何も話していなかった。故にまさみの反応は自然なものだったのだが、ちとせはどうしても、文江がどれほど非道いことを言ったのかを教えてやりたかった。武斗の悔しさや辛さをわかってもらいたかった。

「ほんとのお兄さんみたいに慕ってて、楯村くんにとってヒーローで! そんな大切な人が殺されて! それをあんな風に言われたら……っ、誰だって殺してやりたくなるじゃないっ!」

 そしてちとせは、泣き声をかみ殺すように強く口を結んだ。そんなちとせを里子が慰め、紗夜もあのときの武斗の悲しみを思い出して涙し、まさみは遠慮がちに「知り合いって、そういう関係の人だったの……?」と武斗に聞いた。

「ああ……。でも、お前の言うとおり、あれはやりすぎだったな」

「そういうことだったら……」

「いや、やっぱあれはマズかった。実際問題、こんなんなっちまってるからな」

 武斗は周囲に軽く目を向けてそう言いいながら苦笑した。すると、そんなことはない、楯村くんが正しいという言葉が方々から飛んできて、それどころか称賛の声さえ上がっていた。また、武斗を庇おうとした紗夜に向けた称賛の声もあり、変な盛り上がりを見せ始めたこの状況に、武斗は理解に苦しんでいた。

 この騒動に、教師らが何事かと走ってくると、多くの生徒が自らバリケードとなり、教師に見つからないように武斗と紗夜を逃がし、まさみと里子もちとせを連れてその場を離れ、一致団結してこの出来事を見事に隠蔽していた。

 という事件があったと武斗が照臣に話すと、ずいぶんとお前も好かれたものだなと笑っていた。といっても、それまでの話しは決して愉快なものではなかったので、くすりと笑みをもらす程度であったが。

 いま武斗は八城神社にいる。バス停で紗夜とバスを待つ間、本家からの連絡があったか照臣に電話し、あったと知らされたので、こうしてやって来たのだ。もし連絡がなければ、久々に柔術を習っている道場に行って、汗を流そうと思っていたのだが、それはお預けとなっていた。

「さて、それでは本家の意向を説明するが、ひとまず最後まで聞いて欲しい。個人の意見はそれからだ。よいな、武斗」

 武斗はそれに同意し、照臣は居間で話を始めた。

 照臣が話をしている間、紗夜は当然として、武斗も黙って耳を傾けていた。恐らく、今の武斗の気持ちの半分は、自分と同じように、紗夜の処遇に多少安堵しているからだろうと照臣は思っていたのだが、実はそのとおりだった。

 そして一通り話が終わり、先に口を開いたのは武斗で、その言葉は照臣が思っていることと同じものだった。

「向こうに帰ったところで、また何やらされるかわかんねえんだろ? それじゃあんま意味ねえと思うけどよ」

「それは私も同感だ。しかし、本家の意向を無視してここに居続けることが本当に良いことなのか、私にはわからんのだ」

「そうかもしれねえけど……、少なくとも、今帰るべきじゃないってことは確かだろ」

「うむ……。紗夜はどう思っている。これは紗夜の問題だ。紗夜がどう思い、どう決めるか。結局のところ、紗夜次第なのだからね」

「私は……」紗夜はどう答えるべきか悩んでいる様子だった。しかし、武斗に「本家とは何とか関係なく、自分が一番どうしたいか言えばいいんだ」と背中を押されると、ようやく素直な気持ちを口にした。

「私は、武斗くんと一緒にいたいです……。ですから、家には帰りたくありません……」

「なんだ。なら話は簡単じゃねえか」武斗は思わず笑みをもらす。しかし、紗夜にとってはそう簡単な話ではない。

「でも、そんなことしたら、お父様やお母様たちに迷惑をかけてしまいます……」

 母親が死んでからは特に、親に迷惑をかけたくないという気持ちをほとんど持ったことのない武斗には、そんなもの無視して、自分のやりたいようにやれと言ってやりたかった。しかし、武斗と紗夜では、二人の性格やものの考え方が違うのは当然として、家族と過ごしてきた時間やその内容なども全く異なる。それを一切無視したような一方的な見解の押し付けは、ただの傲慢でしかない。

 故に武斗は、何も言うことができなかった。

「私は……、やっぱり、家に帰るべきなんでしょう……」

 そう力なく笑顔を見せる紗夜は、明らかにその答えを認め切れていない。ならば、最終的な答えを出すのはもう少し先にすれば良い。今すぐ答えを出さなければならないことでもないのだからと、武斗は「まあ、時間はまだあんだ。今聞いて今答えを出せってのも、無茶な話だしな」と言った。

「そうだな。今すぐ帰ってこいという話ではないのだから。答えを急かすようなことを言ってしまって、悪かったね」

「いえ、そんなこと……。それより、武斗くんはどうなるのですか?」

「正直、私には何とも言えんが……、向こうで意見が別れていることは確かだね。これだけ答えが先延ばしにされているところを見ると」

「んなもん、俺には関係ねえ。本家だろうがクソだろうが、何を言ってこようが俺は俺の好きなようにするだけさ」

 武斗はそう言うと、紗夜に向けて不敵な笑みを浮かべる。そんな武斗に、紗夜は心強さを感じ、照臣は「お前のことだ。結局のところ、そういうことになるだろうな」と苦笑していた。

 その後三人は、この日の休み時間のことを中心に笑い声を交えながら話し、五時を過ぎた頃、武斗は自宅へと帰って行った。そして鳥居をくぐる際、その鳥居の笠木に亀裂が入っていることに、武斗が気付くことはなかった。

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