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黒の守護者  作者: K-JI
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前夜

 夕食からしばらくして、武斗は紗夜の部屋を訪れた。神妙な顔で部屋に入ってきた武斗に、自然と紗夜も緊張していた。

「話って、何ですか?」

「紗夜が知りたかったことだ」

 その一言で、武斗が何を話そうとしているのか理解した紗夜は、一つ息を飲み、「そのことでしたら、もういいんです」と笑顔を作った。本音を言えば、全て教えて欲しかった。だが、それが武斗や照臣を苦しめることだと思うと、自分が我慢すればいいことだと自分自身を説得してしまう。

 そんな紗夜に、武斗は「いいわきゃねえ」とぴしゃりと言った。

「ほんとにいいんです」

「よかねえんだよ。お前は知らなきゃいけねえんだ。知って、お前自身どうするか決めなきゃいけない」

「私が、決める……?」

「ああ。お前が決めるんだ。俺がそうしたようにな。それに、お前はもう見ちまった。化け物の姿を。そして、俺の本当の姿を。それをなかったことにすることは、もう出来ねえ。だから、知らなきゃ駄目だ」

 自分に説明することで武斗を傷つけると思っていた紗夜。だが、武斗自身がそうしたように、紗夜も知り、悩み、苦しみ、自分で答えを見つけろと言う武斗の言葉が、自分の背中を押してくれているのだと感じると、教えて欲しいという気持ちが我慢できないほど強くなった。

「そうですよね……、本当は私、知りたいです。武斗くんのことも、私自身のことも、知りたいです。みんなに秘密にされるのは、嫌です」

「ったく、変な気使わねえで、最初から素直にそう言えばいいんだ」

 武斗は、やっぱり教えて欲しいと言う紗夜に小さく苦笑しながらそう言った。

「だって……」

「俺に素直になれって口酸っぱく言ってんのは、どこのどいつだ?」

「……」

「わかりゃいいんだ。さて、何から話すかな」

 そして武斗は、あくまでも照臣から聞いた話で、詳しいことは自分もよく知らないと前置きをした後、掻い摘んで話し始めた。

 闇の世界のこと、屋倉のこと、堂禅寺のこと、そして御子杜のこと。紗夜はそれらに黙って耳を傾けていたのだが、紗夜が普段闇の世界の住人を見ることができない理由を語ったときは、そうもいかなかった。

「お前が見れないのは生まれつきで、もともと、お前の爺さん婆さんの代からみんな見れないそうだ。お前の家が本家から遠縁なのも、それが理由らしいな」

「待ってください、私の家は、本家とは遠縁ではないです」

「そうなのか? ……でも、確かにそう言ってたと思うけど、じゃあ俺の聞き違いか、おじさんがうっかり言い間違えちまったのかもな。とにかく、お前が見れないのはそういう力がないからだそうだ」

 紗夜には釈然としない部分もあったが、あえてそれ以上聞かずに、再び耳を傾ける。

 そうして、いよいよ一ノ関と夜狩人の話となった。この話を聞いている間、紗夜は「ひどい……」と言ってからずっとポロポロと涙をこぼしていた。その涙は、一ノ関の者たちに対する悲しみもそうだが、何より武斗に向けられていた。

 今なら、武斗が自分のことを化け物だと笑った気持ちや、どれだけ悩み苦しんできたのかを、胸が切り裂かれるほどの思いで感じることができる。だからこそ、自分も現実をちゃんと受け止めて、自分に負けることなく答えを出さなければいけない。そうすることが、今こうして話している武斗の気持ちに応えることだと強く思うと同時に、以前にも増して、武斗の力になりたいと紗夜は強く願った。例え、自分に御子杜の者としての力がないとしても。

 そして、一ノ関が何者か、夜狩人が何者かを話し終えると、武斗は一度話を止めた。

「ひとまず休憩するか。いきなりこんな話聞かされちゃ、頭の中がぐちゃぐちゃになってるだろうからな」

「いえ、大丈夫です。正直びっくりしてますけど、整理する時間はいくらでもありますし、今はお話を聞く方が大事ですから」

「そうか。流石だな。俺が紗夜だったら、すぐに頭の中がぐっちゃぐちゃになっちまって、一気にここまで聞いてなんていられなかったぞ? 実際俺なんて、何回かに分けて聞いたからな」

「今の私は、武斗くんが話してくれていることを、ただ覚えようとしているだけですから」

「それが流石だって言ってんだ。まあんなこたあいいとして……」と言って、武斗の表情が少し変化した。残る話は三つ。ただしその一つである武斗の祖父母と父親の話は、紗夜に話さなければいけない話とは言えない。むしろ、紗夜が知る必要のない話だろう。少なくとも現時点においては。

 残り二つは、武斗の現状と、紗夜について。どちらを先に話そうかと考えた結果、紗夜のことを先にした。化け物を倒す武斗の姿を紗夜は見ているのだから、自分の話は後回しだろうと判断してのものだった。

「……次は、紗夜が一番知りたいことだと思う。お前の役割ってやつだ」

「はい……」

 紗夜は涙を指で拭い、彼女なりに出していた自分の役割というものを持って、武斗の言葉を待った。

「最初に紗夜を俺の部屋に連れてったときの夜、あそこで倒れていたお前を見つけたからって話したよな。あれな……、嘘なんだ」

「やっぱり……」

「俺があの場所に行ったとき、化け物同士が戦っていた。片方は、この前お前が見たヤツだ。そんでそこに、お前が立ってた。カツラ被って、眼鏡付けて。しかも、なんか蝋人形みたいに突っ立って。最初は、何であんなところに、しかも変装なんかして立っていたのか訳わからなんなかったけど、紗夜がおじさんの家に住んでいるって聞いて、ピンと来たんだ。おじさんは絶対に何か知ってて、それを隠してるってな」

「それであのとき……」

「ああ。色々と聞き出してやろうと思ってな。あのときは、知ってどうするんだとか言うばっかで、何も教えてくれなかったけど、まあ色々あって、今お前に話したことをおじさんから聞いたんだ。ただ、紗夜のことはわからなかった。っていうか、自分のことでいっぱいいっぱいで、変装したお前があそこにいた理由を聞くのすっかり忘れてたんだけどな」武斗はそう言って苦笑いをし、再び話し始める。

「お前の役割に気付いたのは、ヤナガと喋っていたときだった。ああ、ヤナガってのは――」

「この前私を助けてくれた方ですよね」

 助けてくれた方、という文言に少しばかり違和感を感じると同時に、紗夜らしい言い方だと思いつつ、武斗は頷いていた。

「あいつ、御子杜本家と契約したとかで、人間を食う仲間を殺してるんだ。今はあいつだけでやってんだけど、以前は、相手をおびき寄せるための……、餌を使ってたって、言ってな……」

 そこで武斗は、紗夜の様子をうかがう。その顔は、驚きというよりも納得がいったという顔で、その表情のとおり、「それが、私なんですね」と、武斗がそれを言う前に自ら答えていた。

「やっぱ、気付いてたか……。お前ぐらい頭よけりゃ、答えは出てくるよな」

 紗夜が文江から聞かされた言葉は、紗夜が家を飛び出したときに照臣からおおよそ聞いている。ゆえに、既に答えを得ていた紗夜に驚くことはない。

「そのために、お前はあのトンネルの下に居たんだ……。どうしてお前にそんなことさせたのかは、俺も知らない。それについては、本家のヤツらに直接聞かない限りわかんねえだろうな」

「たぶんそれは、私があまり良く思われていないからだと、思います……」

「なんでお前がそう思われるんだ。なわけねえだろ」

「そうなんです……。実際、影で色々と言われてきましたから」紗夜は、寂しそうに小さく笑った。

「だったら、そんなヤツらは俺が片っ端からぶん殴ってやるよ」

「ありがとう。でも、そのことはもういいんです。武斗くんが、いてくれてますから」

「でも、ムカっついたときは俺に言えよ?」

「はい。そのときは、武斗くんにうんと甘えます」

「いや、甘えるんじゃなくて、って、まあ俺がそいつらをぶん殴ったら、それはそれで面倒になるだろうからな」

「そうですよ。だから、甘えちゃいます」

「まあ、それも解決法の一つか」

「暴力だけが解決方法ではありませんから」

「う……、耳がいてえ……」

 そして二人はけたけたっと笑った。その後武斗は、紗夜が囮として夜中歩き回っていたのは、こっちに越してきてからの一週間ほどで、武斗が紗夜を家に連れて行った次の夜からは、本家の指示に逆らい、照臣の意志により紗夜に危険なことは何もさせていないこと、しかし数日前、秘密にしていたこのことが本家に知られてしまい、再び紗夜に囮をさせるよう照臣に言ってきて、照臣はそれを突っぱねていることを伝えた。

「文江叔母様の仰ってたとおり、私のせいで、武斗くんや叔父様に迷惑をかけてたんですね」

「馬鹿言え。紗夜が好きでやってることじゃねえだろ。勝手にそうさせられて、しかも何も知らされてなかったんだから、お前に何の責任があるってんだ。責任あんのは、紗夜にこんなことさせた本家のヤツらだ。だから、俺やおじさんに迷惑かけたなんて、絶対に言うな」

 武斗は諭すようにそう言うと、「それに、お前にそんなこと言われたら、俺もおじさんも、ぶっちゃけつれえからよ」とにこりと微笑んだ。

「武斗くん……。ありがとう……」

「たく、いつまで経ってもその言葉の使い方がわかんねえんだな」

「だって、これが今の私の、素直な気持ちなんだもの」

「そうか。それじゃしゃあねえな」

「しゃあないです」

 それから武斗は、堂本の仇を討ったことや、餌役はそのときだけで、今はやっていないことなどを話して終わりにした。武斗の説明は十分とは決して言えなかったが、必要最低限のものは含まれていたので、紗夜なりに頭の中で今聞いた話をまとめ、概略をつかみ、理解することができると、自分はどうするべきかを考え始めた。

 そんな紗夜に武斗は驚いていた。てっきり、色々と悩み、泣いたりするのだろうと想像していたからだ。

「お前って、見かけによらず強いんだな……」思わず、武斗はそう呟いていた。

「そんなことないです」

「そんなことあるって。俺なんか、話聞いてけっこう悩んだし、かなりヤバくなったときもあったからな」

「それは、私と武斗くんとでは違いますから。私の背負っているものなんて、武斗くんに比べたら空っぽのようなものです。それに、私には武斗くんっていう心強い味方がいてくれてますから。……正直言うと、武斗くんがいなかったら、こういう風に思えている自信なんてありません。私、武斗くんみたいに強くはないですし」

「それは俺も同じだって。紗夜がいなかったら今の俺はいねえって、本当にそう思ってんだから。お前がいなかったら、間違いなく心も化け物になってた。でもお前がいてくれたから、お前が俺を癒してくれたから、俺は俺でいられたんだし、これからも俺でいられんだ。これは俺の素直な気持ちだ」

「武斗くん……」

 その言葉に、紗夜は心から喜び、その嬉しさに涙を流していた。自分は武斗の力になることが出来ていたのだと。


 紗夜との話を終えた武斗は、その内容と紗夜の様子を照臣に話した。照臣は、前を向いて受け止められたであろう紗夜に安堵し、武斗にありがとうと礼を言った。

 そしてその晩は、家に帰った。何日も家を留守にするわけにはいかない。ということで紗夜にまた明日と言って家路に就いたのだが、その途中、そろそろやって来るだろうと予想していた相手が、案の定声をかけてきた。

「丸く収まったようだな」

「お陰様でな。で、ここ二、三日見なかったけど、何してたんだ?」

「仕事に決まっておろう。まあ、その合間に十分楽しませてもらっていたがな」

 ヤナガはそう言ってくくっと笑う。その笑いに、武斗はまさかと思いながらもこめかみの血管を浮き立たせ、怒りに拳をふるわせつつ敢えてその話を広げようとなしなかった。ヤナガの覗き見趣味は、今に始まったことではない。それに、自分の気持ちに堂々としていればいいと言ったのは武斗自身。だから、恥ずかしがることはない。

 しかし、相手がヤナガだからこそ腹立たしさを流すことが出来ず、心の内が自然と表情に出ていた。そしてそれが良くなかった。ヤナガは何も聞こうとしない武斗を楽しむように見ながら、嬉々とした様子で勝手に喋り始めた。

「しかし、何度も人間どものあのような場面を見たことがあるが、貴様のあれは、本当にひどいものだったぞ? あれであの娘が腹を立てなかったのは、奇跡に近いというものだ。あれよりもまだ聞ける言葉でも、女に叩かれた男も何人もいたのだからな。人間とは本当に不可解な生き物だが、特にあの娘が不可解だ。貴様のあのような無様な告白に腹を立てないどころか、貴様と――」

 とここで、さすがに武斗が遮った。

「うるせえ! それ以上言うんじゃねえ!」

「ククッ。何を慌てる。堂々としているのではなかったのか?」

「てめえ……、今この場で、そのなめた口を潰してやろうか?」

 そう唸る武斗の眉間には何本ものシワがあり、武斗の体は夜狩人の力で充ち満ちている。その力は、これまでヤナガが見てきたものよりも大きなものだった。それだけ本気で怒っているということなのだが、ヤナガはそれを楽しむように「お前の力の限界はまだまだ先のようだな」と笑っていた。

 このとき、ヤナガも武斗も知る由などなかった。来るべきときが、もうすぐ目の前にあるということを。

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