爆弾発言とお祭り騒ぎ
武斗にとって人生初の、一世一代の告白は無事大成功となったわけだが、告白する前から互いに好き合っていたようなものなのだから、失敗の二文字は最初から存在していなかったのも事実である。
それはともかく、あまり深く考えないようにしていた紗夜への自分の気持ちを、こうしてはっきりと口に出したことによって、武斗の中で一つの踏ん切りがついていた。これによって、紗夜を好きだという気持ちに対して堂々とすればいいじゃないかという、ある意味開き直りのようなものが産まれていた。
そして紗夜は、今まで味わったことがないほど幸せな気持ちで眠りに落ちていった。
また、武斗はこの日も八城神社に泊まることになった。というのも、帰ったところで追い返されるのは目に見えている。なにせ武斗の部屋を占拠していた連中五人中四人は同じアパートの住人で、なおかつ五人とも、武斗の部屋で酒を飲みながら貫徹してもまったく不思議でない面々なのだから。
告白したことですっきり爽快な気分になったのか、この日の夜はぐっすりと眠ることが出来た。なお屋倉のことや武斗自身のことは、紗夜の体調を考えてこの日は話さず、翌日もっと体調が回復していたら話すことにしていた。
そして翌朝の早朝、武斗はバイトがあることを伝えておいた紗夜と照臣を起こさないように気をつけながら家を出て、途中のコンビニでおにぎりを二つとお茶を買って白鳥運送へ向かった。
この日のバイトは、前回と正反対と言っても過言ではなく、依頼主の見事な事前準備と的確な指示で、五時ぐらいになるだろうという見積もりを良い意味で裏切り、二時過ぎにすべて終わってしまった。ダンさんこと瓦谷団次郎は会社に戻ると、俺の配送の助手でもう一稼ぎしていかないかと武斗を誘ってみたが、今日はやめておくとあっさり断られてしまっていた。
この日の昼過ぎ、いつもの三人娘が紗夜の見舞いにやって来た。全快とまではいかないが、すっかり元気になった紗夜に、三人は「元気になって良かったね」と喜び合い、紗夜は、あの夜自分の知らない場所でどれだけ迷惑をかけたていたかを照臣から教えられていたので、深々と謝罪した。
それに対し三人は、紗夜の頭を上げさせるのに苦労し、ついつい、事前にこのことには触れないようにしようと申し合わせていた話題を、まさみが口走ってしまった。
「ほんと無事で良かったよ。御子杜さんが男の人たちに乱暴されたって聞いたから――」
「まさみっ!」ちとせが慌ててまさみを注意する。
「え? ……あ!」
「馬鹿っ」
「ご、ごめん……」
実は、武斗と紗夜を八城神社まで送った武斗の友人が、紗夜は拉致されたホストクラブで乱暴されたに違いないと発言し、それが既成事実となってしまっていたのだ。となれば、乱暴されたとされる紗夜の前でこの話題を出すのはタブー。
ということでまさみは激しく後悔し、ちとせと里子も紗夜に対し陳謝したのだが、紗夜はきょとんとした顔で「私、乱暴なんて、されてませんけど……」と言った。これには三人とも驚き、声を揃えるように「え!?」と声を上げていた。
そして思わずちとせが「だって、乱暴されて、怪我させられて、服もびりびりに破かれて……」と呻くと、「あれは、逃げるときに破れてしまったんです。この傷も、逃げるときとか、その後とかにできたものです。とにかく、必死だったので……」と、自分が売られてしまうところだったという恐怖に体を縮めながら言った。
「そ、そうだったの? それじゃあ、何もひどいことされなかったのね?」
「はい。何も」
「な……、なんだ〜、そうだったのか〜。良かった〜」
昨日からずっと心を痛めていたことが実は作り話だったとわかり、ちとせもそうだが、他の二人も深い深い安堵のため息を、うれし涙と一緒に落とした。
紗夜は何もされていないとわかると、ちとせたちは慌てて方々にメールを送っていた。
そして話題は、そのメールに関係して、紗夜を拉致して乱暴したとされていたホストクラブに移り、そこで何があったのかを紗夜は聞かされた。
紗夜を追ってその町に移動した捜索部隊が、ずぶ濡れの女子高生をレイジというホストが口説いて、そのままどこかに連れて行ったという情報を、その様子を目撃した別のホストクラブの男から得ると、武斗と頭の悪い友人組はそのホストクラブに乗り込んだ。
武斗はレイジというホストを呼び出し、紗夜はどこだと詰め寄ると、別のホストが怒鳴りながら武斗に掴みかかった。武斗が問答無用でそのホストを一殴りすると、人間に殴られたとは到底思えないほど、その体が見事に宙を飛んだ。それを見た別のホストたちは、一斉に席を立がって襲いかかり、武斗以外の男子がそれを向かい打って大乱闘となった。
結局、喧嘩慣れしていた男子たちの圧勝に終わり、改めて武斗がレイジに紗夜はどこだと聞くと、すっかり怯えてしまったその男は、知らないうちに一人でどこかに行ってしまったと言った。
それを聞いた武斗の友人らは家宅捜索を始め、その間、武斗はもし嘘ついてたら首の骨へし折ると鬼の形相で威嚇し続けていた。そして紗夜の姿は見つからず、武斗はレイジに、紗夜に何かしたかと聞いた。
レイジは、ずぶ濡れの彼女を放っておけず、コーヒーを飲ませてゆっくり休ませただけだと、半分泣きながら訴えると、場合によってはまた来るからなと武斗は告げ、レイジの言い分を無視するように、陥没したかと思ったほどの音を立ててレイジの顔面を一発殴り、武斗たちは紗夜を探しに店を出て行った。
レイジやその店のホストからしたら、何も悪いことはしていないのに、何故にこんなひどい目に遭わなければならないのかと言いたいところだろう。しかし、レイジが口にしていた女子高生というのは自分ではないという事実を知る由もない紗夜からしたら、この話を聞いて、可哀想と思う遙か以前にほっとしていた。
なお、紗夜の話を聞いていなかったら、喧嘩好きな武斗の友人らが中心になって、この日の夕方にでもそのホストクラブを襲撃していただろう。その噂を耳にしていたちとせたちは、それを未然に防ぐために、先ほど慌てて慎二らにメールをしていたのだ。
この一件を話し終えると、ちとせは「しかし、男ってなんですぐ暴力に走るのかしらね」と呆れるように笑った。
そして場の空気がようやく落ち着き、最も紗夜に伝えなければいけない話題を持ち出した。それは、昨日一日で作り上げられた壮大な青春ラブロマンス。
ちとせがその説明役になり、適当に端折りながら紗夜に話した。その内容に紗夜はしきりに驚き、あくまでも原型がほとんど見えないほど脚色されたものだからと、何度も断りを入れられていた。そうしてそのラブロマンスが語られている最中に、仕事を終えた武斗が八城神社に帰ってきた。
玄関の靴を見た武斗は、近所の主婦がまた紗夜を見に来てくれているのかと思ったのだが、紗夜の部屋から聞こえてきた声に、誰が来ているのかすぐにわかると、ひとまず紗夜の部屋に顔を出してから居間で避難していようと、部屋に向かい戸をノックした。
「俺だけど、入っていいか?」
「はい。どうぞ」
そう了解を得た武斗が戸を開けると、ちとせが「お。話題の人のお出ましね」とにこやかに言ってきた。まさみと里子も、もう一人の主役の登場をにこやかに歓迎していた。
「どうせろくでもねえ話題だろ?」
「う〜ん、楯村くんにとってはそうかも。なんせ、楯村くんは今や、お姫様を助けた王子様だからね」
「なんだそりゃ。確かにろくでもねえ話のようだな」
武斗は鼻を鳴らし、ちとせとの会話が一段落すると、紗夜がようやく武斗に話しかけることができた。そしてその言葉に、ちとせたちは驚いた。
「お帰りなさい。武斗くん」
「武斗くん? お帰りなさい?」思わず、里子が声を出してしまった。今まで楯村くんと呼んでいた紗夜が『武斗くん』と、当たり前のように口にしたからだった。そして驚いていたのは、口にこそ出さなかったが、ちとせとまさみも同じようだった。
「どうしたんだ? お前ら」
「え!? あ、いえ、なんでもないです!」と里子。そんな彼女らを怪訝そうに見ると、まあいいやと、紗夜に具合はどうだと尋ねた。
「だいぶ楽になりました」
「熱は?」
「まだちょっとだけあるけど、平気です」
「そか。でも、まだ治りかけなんだから、いい気になってぶり返すような真似はするなよ? もしまた熱出したら、この土産は全部俺が食っちまうからな」
「それは?」
「アンジェなんとかって店のプリンだ。バイト先で、これがけっこう美味いって聞いてな。途中で買ってきたんだ」
と、そこでちとせが興奮気味に間に入ってきた。
「それって、アンジェリカのこと?」
「ああ、そんな名前だったな」と言って武斗はプリンの入った箱を確認し、確かにアンジェリカであることを確かめた。
「えーっ!? あそこの超美味しいって有名なんだよお! 私も食べたいーっ!」
そうは言われても、紗夜のためにと女性客の列に二十分近く並び、恥ずかしい思いに耐えてようやく買ってきたもの。ほいほいと気前よくやるわけにはいかない。
「食べたきゃ自分で買ってこい。けっこう大変だったんだからな」
「いいなあ」
そう言って恨めしそうな目を向けるちとせに、良い意味でこいつも随分と俺に対する態度が変わったなと内心で苦笑しつつ、「んじゃな」と言って部屋を出ようとした。
「もう、帰ってしまうんですか?」と紗夜が寂しそうな顔で尋ねる。
「いや、まだいるつもりだ」
「そうですか」
紗夜は、よかったと言うようにほっと胸を撫で下ろし、武斗は思い出したように、ちとせたちに向けて「一昨日は、ほんとありがとな。色々と助かった」と礼を言う。すると、ちとせはここぞとばかりに胸を張っていった。
「ほんとだよ。というわけで、次はアンジェリカのケーキ四人分、よろしくね。あ、一人二つだから」
「……ちょっと待て。なんで四人なんだ。それに一人二つって」
「なんでって、私でしょ。まさみでしょ。里子でしょ。それと御子杜さん。ほら四人」
「ほら、じゃねえっ。ったく、お前はマキさんかよ。付き合い切れねえ」
武斗はそう言ってハナを鳴らすと、「ここで盛り上がるのはいいけど、紗夜に風邪うつされんなよ」と言って部屋を後にしたのだが、武斗が『御子杜』ではなく『紗夜』と自然に言ったことに、三人は激しく驚いた。
その後三人が、名前で呼び合う仲となった二人の間に何があったのかと紗夜に尋ねたり想像したり、昨日一日で出来た青春ラブロマンスのクライマックスを話したりしているうちに、昨日の夜、武斗に好きだと言われ、自分も好きだと言ったことを紗夜は白状し、しかもそのあと、武斗と短いキスをしたことも自白した。となれば、それはもう黄色い声で大騒ぎとなるのは当然。
そして居間まで聞こえてくるその騒ぎっぷりに、武斗の背中に嫌な予感が走り、三人が帰るまで紗夜の部屋には寄りつかないようにしようと、当初の予定どおり照臣と色々と話し合ったりしながら避難していた。
その中で武斗は、紗夜のことや武斗のことに関する本家の判断はまだ下されていないようで、未だ本家から明確な通達や指示は来ていないことを知った。
三人が帰ったのは四時頃。その帰り際、三人は照臣に一言挨拶しておこうと居間にやってきたのだが、そこにいた武斗に意味ありげな笑みを残していった。それが非常に気になったのだが、敢えて深く考えまいと頭の片隅に追いやっていた。
ようやく帰ったかと紗夜の部屋に行くと、ずいぶん賑やかにしてたけど体は大丈夫かと、腰を落としながら尋ねた。紗夜は大丈夫と答えたが晴れ晴れとしたものではなく、少し困ったような表情でどこかぎこちない。
「熱ぶり返したんじゃないのか?」
「そんなこと、ないですよ?」
「じゃあなんだ」
「何もないです……」
そんな紗夜の様子に、不意に帰り際の三人の笑みを思い出し何かを感じた武斗は、訝しげに目を細めて「おい」と追求する。すると紗夜は、真っ直ぐ見つめる武斗に屈して、視線を手元に落として躊躇いがちに自白した。
「私……、昨日のこと……、川村さんたちに喋っちゃいました……」
「昨日のこと? ってどれだよ」
武斗はそう呟いて昨日一日のことを思い出そうとする。そして三人の笑みの理由に思い当たると、「ま、まさかお前っ!」と叫んでしまった。それに対し、紗夜は同意するようにさらに下を向いた。
「マジか……? どこまでバラしたんだ、お前は」
「その、武斗くんが私のこと好きだって言ってくれたことと、その後の……、キスしたこと……」
脅迫や強要ではなく、ちとせの巧みな誘導尋問にまんまとはまり、武斗に告白されたことと、その後短いキスをしたことを、自ら三人に暴露してしまっていたのだ。
「お、おま、お前というヤツは……、なんてことしてくれたんだ……」
この告白に、武斗の頭の中がくらくらと回った。その反応に、紗夜はしゅんとした表情で「ごめんなさい……」と謝る。
「いや……、紗夜が謝ることじゃない、よな……。そうだ……、悪いことじゃない……、だから……、ふざけたことぬかすヤツがいやがったら、ぶっとばしゃあいいんだ……。それで、全部解決だ……」
茫然自失といった様子だったが、紗夜を責めることではないという判断をするだけの余地は残っていたようで、武斗はそうやって無理矢理自分を納得させ、夕食の後に大事な話があると告げて、ぶつぶつと独り言を呟きながら帰っていった。そんな武斗の様子に、紗夜は落ち込んでしまっていた。
だが夕食の時には、武斗は完全に開き直ることで見事に復活しており、元気なく居間にやってきた紗夜に、さきほどの自分の態度を詫び、「とにかく、恥ずかしがったり卑屈になったりする必要なんか、これっぽちもねえんだ。胸張ってようぜ」と、謝る紗夜に不適な笑顔を向けた。その言葉と武斗の表情に紗夜は元気付けられたようで、表情が明るくなった。
「そうですよね。自分の気持ちを素直に出していて、いいんですよね」
そして二人の会話の内容を知らない照臣は、何を話しているのか尋ねるのではなく、黙ってそのやりとりに耳を傾けるだけだった。