彼女たちの見解
楯村武斗が内原慎二と一緒に教室を出て行った後、御子杜紗夜は仲良くなったクラスメートに、一緒にお昼食べようと誘われ、体育館の二階にあるベランダに向かった。その途中、紗夜たちは購買部で飲み物を購入したのだが、紗夜はこの混雑ぶりにとても驚いていた。
彼女らはそう広くもないベランダに出ると、なぜかそこに置いてある長いベンチに、当たり前のようにハンカチを敷き、壁を背にして外を眺める格好で座った。
「どう? なかなかのスポットでしょ」と、川村ちとせが隣に座った紗夜に声を掛ける。彼女は、転校初日の紗夜に最初に声を掛けた人物で、気さくで明るく、引っ込み思案の紗夜もすぐに打ち解けることができた。今回こうして一緒に食べようと提案したのも彼女である。
「はい。とっても気持ちのいい場所ですね」
「でしょお。さてと、じゃあ戦利品を分けしますか。オレンジジュースの人〜」
「はあい」とどこかのんびりした声で手を挙げたのは津山里子。ちとせはそれを里子に渡すと、次に「ウーロン茶の人〜」と言うと、「はいさ」と元気な声で西山まさみが手を挙げ、それをまさみに渡す。
そして、それが誰のものか分かりきっていながら、ちとせは「お茶の人〜」と言った。
「すみません」紗夜が控えめな声で小さくを手をあげる。そんな彼女の姿が微笑ましく、にこにこと笑顔を見せながら「ほい」と渡した。
紗夜はお茶を受け取ると、「ありがとうございます」と言ってぺこりと会釈をした。そんな紗夜に、ちとせは苦笑した。
「大袈裟だって。なにもそこまで馬鹿丁寧にする必要ないっしょ」
「でも、あんなに人がいっぱいいる中で大変な思いをして――」
「まあさすがに楽勝とは言わないけど、いつもやってることなんだから、いいのいいの」
この四本の飲み物は、じゃんけんで負けたちとせが特攻隊長となって戦場をくぐり抜け、無事に勝利して買ってきたもの。ちなみに、そのじゃんけんに紗夜は含まれていない。購買部の様相に恐れをなしている転校してきたばかりの女の子に、負けたらこの戦場で戦ってこいというのは、あまりにも過酷というか、いじめだ。
残り一本となると、ちさとは自分の分をビニール袋から取り出した。
「しっかし、いつまでおっちゃんとおばちゃんの二人でやってくつもりかしら。飢えた高校生ども相手に、たった二人でどうにかしようとしてるから、あんな状態になるのよ。売り場だって狭いし」
「確かに、お店の人少なすぎるし、狭いですね」と夜紗も同意する。
「ま、あいつにとっては関係ないだろうけどさ」
「あいつ?」
紗夜が小首をかしげると、ここは私が、とばかりにまさみが説明し始めた。
「楯村武斗。さっき、教室に入って来るなり御子杜さんに見とれてたヤツよ」
「あ……」
その時のことを思い出した紗夜は、少しだけ緊張した。見つめ続ける武斗が、正直怖かったからだ。そんな紗夜の変化に気付かず、「駒井沢の虎。無敗の狂犬。ジェノサイダー。鬼殺し。などなど」と饒舌に武斗の俗称を言い上げる。
「一言で言えば、喧嘩しか能のないロクデナシよ。で、そんなヤツだからみんな怖がって、自然とあいつの周りから人が引いて、あいつは悠々とお買い物ってわけ」
「……そんなに怖い人なんですか?」すっかり怯えた様子の紗夜。
「そりゃもう。相手構わず喧嘩して、病院送りにした相手は数知れず。そんなヤツに目を付けられたら、どんな酷いことされるか」
「っと、ストップストップ。御子杜さんが怖がってるじゃない」と、紗夜の様子にちとせが慌てて話を止めた。
「あ、ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだけど。でも、さあ……」
まさみの言いたいことは、ちとせも里子も十分理解している。要するに、楯村武斗に見初められたことにより、今後、紗夜は彼に嫌な思いや酷いことをされるであろう、と心配しているのだ。しかも、言い寄ってくる武斗にやむなく応じればきっと酷い目に遭うだろうし、彼の申し出を断れば、逆上して何をされるかわからないと信じて疑わない。
彼女たちが紗夜の助けになれればいいのだが、駒井沢の狼相手に正面から立ち向かう勇気はない。しかし、だからと言って、何もしないわけにはいかない。
「とにかく、微力だけど力になるから、もし何かあったら私たちに相談してね。いざとなったら、警察呼べばいいし」とちとせが握り拳を作って勇気づけようとする。里子も「その為の国家権力なんだもんね」と、笑顔を見せた。まさみも、「あと内原が何か言ってきたら、その時も私たちに相談して。あいつ楯村と仲いいし、エロいから」と付け加える。
彼女らの気持ちに、紗夜は少しだけ勇気づけられ「……ありがとうございます」と、弱々しくも微笑んでみせた。
「さ、嫌な話はここまで。食べよ食べよ」このタイミングで武斗を話題に出したことに少々後悔したちとせは、そう言って弁当を広げると、早いところ雰囲気を変えねばと「ところで御子杜さんのお弁当、ひょっとして手作り?」と尋ねた。
「いえ、今お世話になっている家の叔父様が作って下さったものです。私、料理は一度もしたことなくて」
「へ〜。意外〜」との感想は里子。対してまさみは「やっぱり。お嬢様って感じだもんね。実際、喋り方とか仕草とか、お嬢様っぽいもん」という感想を述べ、どうにか話題は明るい方向へと向かっていった。
このやりとりを、彼女らの頭上で黙って聞いていた武斗と慎二は、場所を変えた方が良さそうだと判断し、すぐに移動を開始することにした。さすがにこのままここでランチタイムを過ごすのは良い選択ではない。というか最悪の選択だ。
どこに行こうかと考えた二人は、自分らの声が彼女らの耳に届かない場所ならどこでもよいのだから、無理に遠く行くこともないだろうと、屋上の反対側に移動し、喋りながらの食事を再開させた。
「しっかしロクデナシとは、酷い言われようだな。楯村」慎二は笑いながら武斗に言う。武斗も半笑いを浮かべて「そうだな。エロ慎二」と返す。あちこちで好き放題言われていることなどとうの昔から承知している二人は、今さら彼女らの発言に怒る気もしない。
「俺の場合、エロじゃなくて健全って言うんだ。分かってないなあ。この不健全少年」
「不健全で結構」
「女日照りの男はこれだから」
「お前も同じだろうが」
「お前と違って、俺はオアシスを求めて旅をしている途中なんだ。いつまでも砂漠で日光浴しているお前と同じにするな」
「……随分と気の長い旅してんだな」
「お前、それ言うか……」