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黒の守護者  作者: K-JI
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異界の光景

 目の前にいる、まるで四本足の巨体に、四つの歪な頭をでたらめにくっつけたような真っ黒い化け物に、紗夜は武斗に助けを求める声をどうにか出すのが精一杯だった。そして化け物は、足を動かすのではなく、足をずるずると滑らせながらゆっくりと紗夜へと近付き、その距離がおよそ五メートルになったところでその足を止め、頭の一つをにゅうっと伸ばし、紗夜の顔の間近まで近づける。

 化け物は、「や……あ……」と涙を流す紗夜を品定めするように、その頭を上から下になめるように動かし、紗夜は目をぎゅっと閉じて横を向く。そして化け物は再び紗夜の顔の前にその頭を持ち上げると、ぱっくりと縦に二つに割り、紗夜の頭に噛みつこうとした。

 だがその頭は、紗夜を喰らうことができなかった。長い首が串刺しにされ、それ以上前に進めなくなったのだ。四つ頭の熊の如きモノは、突然のことに他の三つの頭を伸ばし、もう一体の闇の世界の住人であるヤナガを見た。そしてそのときには既に遅く、ヤナガの体当たりに吹っ飛ばされ、最初に串刺しにされた頭はそのまま切り取られ、投げ捨てられた。四つではなく三つ頭の熊の如きモノは、僅かにじたばたと動くと、四本の足を、体の表面を滑らせながらその位置をずるりと移動させて、体を持ち上げ、三つの頭をヤナガに向けた。

 そして紗夜の前に立つヤナガは、ざらつき歪む声で三つ頭の熊の如きモノに言った。

「これをお前に食わせるわけにはいかないのでな」

 三つ頭の熊の如きモノは、頭を一つと餌を取られた怒りからか、威嚇するように三つの頭をぱっくりと割り、そして後ろ足を残し、胴体を伸ばして十メートル近い間を一瞬に詰めてきた。

 しかしそれにヤナガが動じることはなく、総毛立たせるように何本もの槍のようなものを突き立てながら、その場にどっしりと構えて迎え撃つ。そして、その槍のようなものはことごとく相手の体を貫き、三つ頭の熊の如きモノは暴れながらヤナガから離れようとする。しかしヤナガは離そうとせず、「相手が悪かったな」とにたりと笑った。

 そして槍のようなものを走らせて八つ裂きにしようとしたとき、すぐ側で別の気配を感じ、次の瞬間に訪れる危険を察知した。本来であれば、その危険から回避するために今いる場所から飛び退くべきなのだが、そうもいかない事情がある。

 この場から飛び退けば、その危険はヤナガのものではなく、紗夜のものになる。

 やむなくその危険を受け入れ、結果、ヤナガの横っ腹は別の化け物にがぶりと食いつかれた。

 この、もう一体の闇の世界の住人の登場に、ヤナガは不機嫌な顔をすると「貴様ごときに我を食いちぎれるわけなかろう」と吐き捨てた。だが、ずっとこのままでいれば話は別。

「しかし、こんな真似までするようになったか」と感慨深げに呟くと、この状況に対処しようと目を細める。

 とそのとき、「紗夜っ!」という武斗の声がすぐ近くで聞こえた。この声に、紗夜はぎゅっと閉じていた瞼を開いて武斗を探そうとした。だが、目の前の光景に再び強い恐怖が紗夜を支配し、「楯村くん……、楯村くん、楯村くん、助けて……」と、救いを求めると同時に、自分の居場所を知らせようと必死に出す声は、完全に萎縮してしまった喉によって大きな声とならなかった。

 武斗がその声を拾うのは不可能だった。だが、紗夜の居る場所に確実に向かっていた。肌が焼け付きそうなほど感じていたヤナガや他の化け物の気配に向かって走っていたからだ。そこにいるはずの紗夜が、無事であることを心の底から祈る思いで願いながら。

 紗夜を最初に見つけたのはヤナガだった。ただし、多くの人の協力を得て捜索範囲をある程度絞れたからこそ探し出せたことは、ヤナガも認めるところ。そして紗夜を発見したヤナガは、目撃証言などの手掛かりをもとにすぐ側を探していた武斗にその旨を伝えると、再び紗夜のもとに戻り、その隙にあらわれた四つ頭の熊の如きモノと、今こうして戦っている。

 そして武斗がその場に着いたとき、ヤナガは「遅いぞ」と不機嫌な声で文句を言った。三つ頭の熊の如きモノは今、ヤナガの向こうで、いくらか切り刻まれた胴体の痛みに悶えるように動いており、もう一体の、ヤナガに噛みついた頭を切り落とされた三つ頭の熊の如きモノは、残りの頭の一つを武斗に向けていた。

 まさか二体も敵がいると思っていなかった武斗は一瞬驚いたが、それよりも紗夜の無事を確認する方がはるかに先決。武斗は「文句はあとだ! それより紗夜はっ!」と聞きながらヤナガのもとへと走る。

「我の後ろだ」

「後ろ?」

 ドラム缶が邪魔でその姿をすぐに目にすることはできなかったが、すぐ側まで着たとき、紗夜のあまりの姿に、思わず「紗夜っ!」と大きな声で驚いてしまった。体中傷だらけで、ぐっしょりと濡れた服はぼろぼろで、顔は恐怖と涙で覆われ、怯えた瞳は呆然と目の前の光景だけを見つめ、震える小さな声で「助けて……、楯村くん……、助けて……」と口にし続けている。

 武斗は、今この瞬間、紗夜を精一杯抱きしめて安心させてやりたかった。だが、もしそれをしてしまえば、紗夜は武斗から離れようとしなくなるだろう。そうなれば、二体の敵の相手はヤナガだけですることとなる。

 ヤナガが負けるとは微塵も思っておらず、そうしても良かったのだが、紗夜にこんな思いをさせた敵は自分の手で葬りたいという強い衝動もあり、あえて、紗夜に背を向けて戦うことにした。

 武器を携帯していなかった武斗は、武器になりそうなものを探す。以前、ヤナガと戦ったときにただのナイフでも夜狩人の力を借りれば立派な武器になることは証明されているからだ。すると、ヤナガは「これを使え」と言って、体の中からぼとりと武具を落とした。

 予想していなかったこの展開に、「なんでお前が持ってんだよ」と言いながらそれを拾い上げ、その武具を装着する。

「もう昨日のことを忘れたのか?」

「そうじゃねえ。ってその話はいい。今はこいつらをぶっ殺すことだ」

 武斗はそう言って、怒りの表情で敵を睨み付けながら全身を夜狩人の力で満たし、装着した夜狩人の武具に意識を向けた。その力に、ヤナガは満足そうに笑みを浮かべていた。

 昨日の夜、武斗は学校の屋上で、一ノ関の武具を一通り試した後、夜狩人の武具を手に取った。力の扱い方をある程度理解した武斗は、すっかり武具に飲み込まれなくなり、ヤナガ相手にこの武具で何ができるのかを色々と試した。そしてこのとき、なぜヤナガがこの場所を選んだのかよく分かった。

 そしてその後、堂本の仇を討った武具を除いたものを、神社に持って行ってくれとヤナガに頼み、武斗は緊急時用として持ち帰っていた。

 餌役を降りたというのにこのような行動をしたその最大の理由は、その日神社にやって来た本家の使者にあった。使者の言葉では、本家の人間はあくまでも紗夜にその役割を全うさせるつもりだ。それを阻止するには、少なくとも自分がもっと強くなる必要がある。そう考えたからこそ、さらなる向上を自ら望んだのだった。

「なあ、紗夜をこんなに傷つけたのはどっちだ?」その声は、怒りを押し殺すように低く響いた。対してヤナガは、どこか楽しそうに言う。

「恐らく、向こうで悶えている方だろう。もう一体はあとから来たようだからな」

「じゃあお前の担当はあっちだ」

「二体とも相手したいなら、貴様に譲るぞ?」

「お前がちんたらしてたらな」

 武斗はそう言うとヤナガの前を一蹴りで通り過ぎ、「よくもやってくれたなあっ!」と、目標へと駆け寄る。その武斗へと別の敵が攻撃しようとすると、「我に無礼を働いた褒美だ。我が貴様と遊んでやる」と、なにげに脇腹を噛みつかれた怒りを小さく燃やしながら、ヤナガが邪魔をしていた。

 一瞬にして間を詰めてきた武斗に、三つ頭の熊の如きモノは、その三つの頭をばっくりと割り武斗に襲いかかった。しかし武斗にとってその動きは遅く、払い除けるように左腕をぶんと大きく振る。その半径は、本来の刃の長さよりも数倍あった。というのも、昨日この武具を試した際、限界はあるが刃の長さを自分の意志で長く出来ることを再確認し、その方法も得ていたので、その半径を数倍にすることができたからだ。

 三つ頭の熊の如きモノの三つの頭は、武斗の一振りで全て切り落とされ、悲鳴を上げるようにその巨体を大きく振って武斗を叩き潰そうとする。だがこれも、今の武斗にはまったく通用せず、今度は右腕を下から斜めにすくい上げるように振り抜かれ、胴体の半分が四枚の刃でスライスされた。さらに武斗は振り上がった右腕を、刃を返して袈裟切りのように振り下ろす。

 スライスされた部分はさらにブロック状になって、ぼたぼたと雨に濡れる地面に落ちた。そして、化け物はあっけなく死んだ。残り半分の胴体はずしんと倒れると、切り落とされた肉片と一緒にちりちりと消え始める。

 一瞬にして、戦いは一方的に終わった。最初の戦いではあれほど苦労したというのに。この圧倒的な勝利に、改めて武具の存在の大きさを実感すると同時に、この武具がどれだけ力を消耗するかも実感していた。

 あとはもう一体の敵だが、ヤナガが相手しているのだから慌てる必要はない。武斗はふうと一息ついてから振り返った。

 ヤナガともう一体の敵は戦いの最中だった。ただ、ヤナガは明らかに相手をいたぶり弄ぶように相手している。ちんたらしてたら自分が相手すると言った手前、参戦しようとすると、ヤナガは「終わったようだな。ならばこちらも遊びは終わりだ」と言って、相手を一瞬のうちに切り刻み、殺した。

 こうして戦いが瞬く間に終わり、武斗は武具から意識を切り離し、急いで紗夜のもとに駆け寄ろうとすると、紗夜は怯えるような目で武斗を見ていた。武斗がヤナガの前を通ったとき、無意識のうちにその姿を追っていたのだ。

 武斗は一瞬、その瞳に足を止めてしまった。

 怯えているのはこの状況に対してか、武斗が倒した化け物に対してなのか、それとも、今の武斗に対してなのか。そう考えると、このまま紗夜のところへ行くのは余計に怖がらせるだけなのではないかと思ってしまう。いっそのこと、誰かを呼んで、自分は姿を消した方が良いのではとさえ。

 しかしその危惧は、すぐに取り払われた。紗夜は、辛うじて聞き取れる小さな声で武斗の名を口にしながら、自分から武斗のところへ、震える体を不器用に小さく動かしながら行こうとし始めたのだ。その姿に、武斗は「紗夜……!」と口にし、駆け出して紗夜を抱きしめようとした。だが武具が邪魔になることに気付くと、もどかしげにそれを外してその場に落とすと、ようやく紗夜に駆け寄り、震える体をぎゅっと抱きしめることができた。

「もう大丈夫だ。もう大丈夫」

 武斗は紗夜の恐怖を取り除ければと、何度も何度もその言葉を囁きかけ、紗夜は、必死に武斗にしがみつきながら思いきり泣いた。その泣き声は、今まで武斗が聞いたそのどれとも違う。やっと安堵した心から溢れかえる、それまでの激しい恐怖や不安がある。

 怯え、震え、泣いている紗夜に、武斗は強く思った。絶対に、彼女にこんな辛い思いはさせないと。

 そうして長い時間泣き続け、疲れたように泣き声を小さくしていくと、迎えを呼ぼうと武斗は携帯で慎二に電話をしようとした。だが、来てもらうにもこの場所を伝えなければならず、ここが何処なのか武斗はよくわからない。そこで、まだまだ武斗にしがみついて離れそうにない紗夜を抱き上げた。

 その体は驚くほど軽く感じ、余計、紗夜が味わった恐怖の大きさを考えると、こんな思いをさせる前にどうにもできなかった自分を悔しく思っていた。

 腕の中の紗夜は、小さく背を丸めてひっしと武斗にしがみついている。武斗はそのまま武具のベルトを持ち拾い上げる。すると、姿のなかったヤナガが「我が預かってやろうか? 昨日のように」と申し出た。

 武斗は、「助かる。ありがとな」とその申し出を受けてヤナガに渡すと、現在地を確認しに歩き出した。

 その後、武斗はこの建物の番地を調べてから慎二に電話した。慎二は車で捜索している免許持ちの友人に連絡して武斗のところへ向かわせ、照臣の家に連絡し、一斉に紗夜の無事をメールで送信した。紗夜を探して深夜の町中をずっと走り回っていた六名は喜びの声をあげ、もう遅いからと数時間前に撤収命令が出され自宅待機となった女性陣と、さらに数時間後に撤収命令が出され自宅待機となった男性陣のほとんどは、お互いにメールで喜び合っていた。

 そして武斗が慎二に電話してから二十分ほどして、免許持ちの友人がやってきた。そしてその友人は、紗夜の姿に信じられないモノを見たとでも言うような顔で驚いていたが、すぐに、彼女にこんな酷いことをしたヤツを見つけたら、絶対に血祭りにしてやると、怒りや憎しみなどを混ぜ合わせた表情になっていた。

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