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黒の守護者  作者: K-JI
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招かれざる使者 後編

 客人が探している人物と武斗の父親とは間違いなく無関係だろうという照臣の言葉と、適当に話を合わせた武斗の言葉で、紗夜は玄関での一件を重く受け止めずに済んでいた。

 客が帰ったことで、武斗は照臣への用件を果たせるようになり、「今いいか?」と照臣に了承を得て、紗夜の部屋には行かずにそのまま照臣と居間へ行った。その際、少し残念そうな紗夜に、照臣は「話が終わっても彼を帰しはしないよ。だから部屋で待っていなさい」と笑った。

 二人は居間に入ると、さっそく話を始めた。

「ヤナガから話は聞いた。彼の仇を討てたことは、私も素直にうれしく思っている。彼の死は、私も無念だったからな。しかしそれよりも、お前が無事で何よりだ。もしものことがあれば、あの子もひどく悲しむだろうし」

「まあな……。あいつ、ほんと泣き虫だから」

「しかも極度の心配性ときている」

「ありゃあ限度越えてるだろ」

「私もそう思うときがよくある」

 二人はそう言って軽く笑った。

「それで、お前がここに来た理由は、やはりお前にかけた呪術のことだな?」

「ああ。俺なりに色々と考えたんだけどな、昨日あんたにやってもらった呪術を消してもらおうと思ってよ」その顔には、完全には納得できていないという色が見える。

 武斗は、今朝からずっと考えていた。堂本の仇をとった今、自分はどうすべきなのか。夜狩人としての力をこのまま使い続けるべきなのか。人々を守る為に、このまま餌役となり、化け物退治を続けるべきなのか。

 自分は正義の味方ではないという心と、人々を守れる力を持ちながらそれを使わないというのは逃げることだという心のせめぎ合い。その狭間で、武斗はずっと揺れていた。そして、とにかく仇をとった以上、自分が餌となる必要ははないという答えを出した。

 このまま呪術を残した場合、最悪、近しい人を危険にさらしかねない。そしてそれが原因でその人たちの命が奪われでもしたら、後悔するだけは済まなくなる。それだけは、絶対に避けたい。だから武斗はこの答えを出したのだ。

 この決断に、武斗の身を案じてやまなかった照臣は胸を撫で下ろしていた。ただし、現時点ではあくまでも餌役を降りることを決めただけのことで、その決断も揺るぎないものではないという印象がある。

 だからこそ、その後どうするつもりなのかは聞かずに、先を急ぐことにした。

「そう言ってくれて、ほっとしたぞ。では早々に本殿で行おう。準備が少々必要だから、今すぐにとはいかないが、三十分もあれば終わる。そうしたらお前を呼ぶ。それまで紗夜といなさい」

「それはいいけどよ、御子杜にはなんて説明するんだ?」

「それはちゃんと考えておる」

「ま、それなら任せっけどよ」武斗はそう言うと、少し間を置いて「それで、あの野郎は何しにここへ来たんだ? 屋倉の人間なんだろ? 堂禅寺のヤツか?」と尋ねた。

「お前が気付くのは当然か……。彼は、御子杜本家の使いの者だ」

「本家から? それで、どんな話なんだよ」

「お前には関係ない、と言ったところで、納得してはくれないのだろうな」照臣は深いため息とともに言った。

「たりめえだ」

「……あの子のことだ。そう言えば、お前なら察しがつくだろ」

 言われるように、武斗はすぐに察しがついた。御子杜本家、紗夜、そして使いの男の、玄関へやって来たときの明らかに怒っていた顔。そこから導き出されるものは、武斗の知っている情報からでは限られている。そしてそれを肯定するような照臣の言い方。

「まさかあんた、またあいつを――」

「無論、従うつもりはない」照臣の目には強い意志があり、武斗はそれで納得した。

「ならいい……」

 武斗はそう言って席を立とうとすると、照臣が呼び止めた。

「武斗。……恐らく、お前の素性は本家の知るところになるだろう。たいした時間もかからずにな。そうなった場合、本家がどう考えるか私にはわからないが、何もせずにお前を見過ごすとは思えない。それは、覚悟しておいてくれ」

「分かってる。ま、そんときゃそんときだ」

 そして武斗は居間を出て、紗夜がまだ着替え途中だったため隣の客間で寝っ転がりながら待ったのち、三十分ほど紗夜の部屋で過ごした。主にぬいぐるみの話題を中心に。そうして、照臣がやって来た。

 照臣はどうやって紗夜の目を誤魔化そうと考えているのかと、武斗は興味深くその出方をうかがっていたが、それは何ともシンプルな手法だった。一言で言えば、少々時間のかかるお使いを頼み、その間にことを済ませてしまおうというもの。

 計画通り紗夜が外に出て行くと、二人は時間を無駄にしないようすぐに本殿に向かった。本殿の数カ所に、呪文らしきものが書かれており、床にも一際大きく書かれている。術をかけてもらうときは、武斗から見てわりと簡単に行っていた。ならば、消すのももっとシンプルになるのではないかと照臣に尋ねたところ、今回は外へ向けて呪詛を解放するのだから、このようにする必要があるのだと説明していた。

「それでは始める」

 照臣の言葉で、本殿内の空気が緊張感に包まれる。その緊張感の中、照臣の詠唱が始まった。武斗には何を言っているのか、そもそも何語なのかも不明な音がつらつらと流れる。その音に引っ張られるように、武斗の体の中に消えていた呪詛が浮かび上がってきた。その間、武斗の体は、前回とは逆に全身が引きちぎられていくような痛みに苛まれた。

 本来その傷みは、常人なら痛みにもだえ苦しみ、悲鳴を上げるほどのもの。しかし武斗は、必死に歯を食いしばり見事に耐え抜いた。そんな武斗に、照臣は正直呆れかえっていた。なんという我慢強さかと。

 呪詛が完全に浮かび上がると、引きちぎられるような痛みは消えていた。代わりに、全身がじんじんと痛みを訴えていた。

「あとはその呪詛を消すだけだが、もう痛みを伴わないから安心しなさい」

「そいつは、安心だ」ぜえぜえと息を切らしている武斗は、余裕を見せる為に無理に笑って見せる。本当に気の強い男だと内心苦笑しながら、照臣は再び詠唱する。すると、武斗の体に書かれた呪詛を中心に大気が震えだし、熱を帯び始めた。その熱量に武斗はなるほどと思っていた。

 このエネルギーが一気にはじけ飛べば、何か策を講じていない限りそれなりに面倒なことになるだろうことは、容易に推測できた。

 そして詠唱が終わると同時に、ぱんぱんになったエネルギーが武斗の体からはじけ飛んだ。直接目で見ることはできないが、その凄まじさは武斗が絶句するほど。

 こうして呪術の消去は無事終わり、あとは、引きはがされた体を修復する為の呪術が施されて、完了となった。

「終わったぞ。気分はどうだ?」

「なんつうか……、体が軽くなったって、感じだな」息を切らし、疲れた様子ではあるが、表情はすっきりとしている。

「痛みや吐き気は?」

「問題、ねえ」

「そうか。では母屋に戻るか。あまりのんびりして、その間に紗夜が帰ってきたら、また嘘を付かねばならなくなるからな」

「そう、だな。なんか、あいつに嘘ついて、ばっかだな。俺も、あんたも」

「心苦しいが、これもあの子のためだ」

「そうだよ、な」武斗はそう言って深呼吸をし、乱れる呼吸をどうにか整えると、「うしっ!」と気合いを入れて立ち上がる。そしてそのまま本殿から出て行くのかと照臣が思っていると、照れくさそうにしかめっ面をする武斗が「あの、よお……」と躊躇いがちに言ってきた。

「うん? 他に何かあるのか?」

「まあ、なんだ。今回のことは、あんたにも世話になったわけだから、な……」

「私は何もしておらんよ」

「いや、少なくとも、俺が餌役になれなかったら、仇と会えなかっただろうからな。だから……、ありがと、な……」

 照臣に対する今までのわだかまりや、照臣にしてきた自分の態度や言動を考えると、どうにも素直に礼が言えず、今はこれが精一杯。だが、武斗の気持ちは照れくさそうに苦笑する照臣にしっかりと伝わっていた。

「急に気持ち悪いことを言うようになったな」

「んだよ、せっかく素直に頭下げてやったのに」

「慣れないことはあまりしない方がよいぞ? 相手を驚かせるからな」

「だったらてめえには二度と言わねえよ」

「そうしてくれると、私も長生きできる」

 そうして二人は不器用に心の中で笑い合いながら本殿を出たのだが、扉を開けた向こうにある風景がいつもより少しだけ眩しく、そして清々しく感じられ、互いに心のつっかえが一つ取れたような気持ちよさがあった。

 だからだろう、武斗はぽつりとこんなことを呟いていた。

「口に出しちまえば、結構簡単なことなんだな」

 その意味を照臣はしっかりと汲み取り、あえて聞こえなかった振りをしていた。武斗の言葉の後を追うのは無粋というものだ。

「そういや、結局ヤナガのヤロー来なかったな。ぜってえ俺に嫌味を言いに来ると思ってたんたけど。貴様それでも夜狩人の末裔か、とか言って笑うためによ」そうぶつくさと言う武斗の表情は、怒りや憎しみではなく、どこか楽しんでいるようで、照臣はほほうと心の中で少し驚いていた。

「あれは本当に気まぐれだから、彼の行動は誰にも読めんよ。ところで、お前はまだヤナガを憎んでいるのか?」

「いや、それはもうねえな……。むしろあいつのこと、少しは信用してやってもいいかなって、思えてきた。口と性格はほんっとわりいけどな。ま、こんなこと、面と向かってはぜってえ言わねえけど」

「ははは。実は聞かれているかもしれぬぞ? なにせ、彼は神出鬼没だから」

「た、確かに……」

 武斗は慌てて周囲に目を配る。そして、一人の男を見つけた。その男は、照臣の客人としてここに来ていた、御子杜本家の使いの者。

「てめ、帰ったんじゃなかったのかよ」

 武斗は唸り声を上げてその男を睨む。照臣も、険しい顔で男を見つめた。そして男は、「そのつもりだったのだがな」と、武斗たちへと歩きながら、陰湿な笑みを浮かべて口を開いた。

「やはり、貴様らを監視して正解だったよ。絶対に何か隠していると思ってね。帰った振りをして、こうして監視していたのだが、しかし……。まさか化け物の生き残りが、こんなところに隠れていたとはな。本家がこれを聞いたら、さぞ驚くだろう」

「んだと」武斗は敵意を持って唸る。その迫力に使者は思わずたじろいでいた。

「ふん……、さすがは化け物ってわけか」

「もういっぺん言ってみろ。てめえのドタマ、この場でかち割ってやるぞ? ああ?」

 さらに増す迫力に、使者は「ま、まあそれはいいとして……」と数歩後ずさりし、矛先を照臣へと向けた。

「こ、この件については、きっちりと説明してもらうからな。それと、こんな大事なことを隠していたんだ。ただで済むと思うなよ?」

「説明などする気はない。それに、ただで済まないと言うのなら、好きにすればいい」

「そう強がれるのも今のうちだけだ。貴様など、本家から見れば取る足らない存在。どうとでも――」

 とそこで男の体が持ち上がり、息苦しさに呻きながら両足をばたばたと動かした。男は今、一瞬にして詰め寄った武斗に両手で首を締め上げられ、そのまま宙に浮いている。

「俺にとってもなあ、てめえみてえなヤローは、取るに足らない存在なんだよ」

「よさないか! 武斗!」

「だからよお、てめえなんぞ、どうとでもできんだよ」

 その言葉に、男の顔面が蒼白になる。このまま殺されてもおかしくないと心底感じたから。これ以上はさすがにまずいと、「武斗っ!」と照臣が一喝する。

 もともと殺す気などなかったが、腹の虫をおさめるためにもう少しいたぶってやろうと思っていた武斗は、ちっと舌打ちすると、男をぐっと引き寄せ「……良かったなあ。この場に八城のおじさんがいてくれてなあ」と半笑いで言うと、そのまま手を離した。男はどさりと落ち、激しく咳をしながら尻餅をついた。

「げはっ! げほっ! き、貴様らっ! 私にこんな真似をして、許してもらえると思うなよっ! いくら拒んだところで、本家がこの神社から貴様を追い出して、別の者に後任させてしまえば、本家の意向どおりになるのだからな!」

 それはそのとおりだった。本家が実力行使に出れば、照臣にそれを阻止する術はない。武斗が立ち向かったとしても、事は返って悪くなるだけ。それどころか、悪くなるという生易しいものを遙かに超える危険性の方が高い。となれば、武斗に言えることは一つしかなかった。

 武斗はその場でかがみ込むと、目の前で尻餅をついたままの男を睨む。男は「ひっ!」と悲鳴を上げた。 

「っせえんだよ。だったらその本家ってやつらに言っとけ。そんなに囮が欲しけりゃ、俺が代わりにやってやるってよ」

「きき、貴様のようなやつに、で、できるものかっ!」

「わりいな。実は既に一回やってんだよ。しかも、一匹倒しちまった」

「そ、そんなことが、し、信じられるものか!」

「まあどっちでもいいけどよ。ちゃあんと伝えて来いよ? 分かったか?」

「う、ぐ……!」

 男は恐怖で顔面を引きつらせつつも、どうにか気丈に見せながら立ち上がると、憎らしげに二人を睨み付けてから鳥居の方へ歩き出した。のだが、その足がすぐに止まった。

「ひ……あ……」

 男はまたも悲鳴を上げた。しかも、武斗の時よりも怯えるように。それはそうだろう。屋倉にまつわるその男のすぐ目の前にヤナガがいるのだから。

「小僧。一つ尋ねるが、こいつを食ってもかまわないか?」

「そりゃあ困る。そいつには、本家に伝えて欲しいことがあるからな」

「そうか。それは残念だな」ヤナガはそう言うと、にたりと目を細める。何も出来ずに立ち尽くす男に、武斗が「おっさん。ヤナガの気が変わらないうちに逃げた方がいいぜ」と声をかけると、男は男なりにヤナガの気に障らないようにしているのか、すり足で遠巻きに歩き、あとは鳥居まで一直線となると、「あ……うあああ!」と悲鳴を上げて走って逃げていった。

 そんな男を、ヤナガは不愉快そうに「ふん。虫の好かぬ人間だ」と吐き捨てた。すると、武斗が「お前と気が合うなんて、珍しいな」と笑った。だが、胸中は逃げていった男に対する怒りで笑ってはいなかった。

 男が姿を消すと、ヤナガは「ところで小僧。貴様はもう戦わぬつもりか?」と、武斗に尋ねる。そう聞かれるだろうなとなんとなく思っていた武斗は、正直に答えていた。

「……よくわかんねえ。本家のヤツらがどうでてくるかもわかんねえし」

「それでは困るな。貴様に我の手伝いをしてもらうと言っただろう?」

 そういえば、とそのような会話をしたことを思い出すと、「つまりお前のために、俺に餌役をやり続けろって言いたいのか?」と目を細める。場合によっては自分からそうするつもりでもいたし、そうすべきだという気持ちもないこともなかったので、その口調には腹を立てている様子はなく、それはヤナガも感じ取っていたようだった。

「その必要はもうなくなるだろう。貴様には、別の役に立ってもらう」

「別の役?」

「もうそろろヤツが顔を出してくるはずだ。そのとき、貴様にも手伝ってもらうだけだ」

「ヤツって、誰だよ。本家のやつらのことか?」

 武斗にはヤナガの言っている相手が誰かわからず、ヤナガはちゃんと答えようとしなかった。そして照臣は、その言葉に嫌な予感を感じていた。

 以前ヤナガは、そのうち相当に面倒なことになると言っていた。そして、最初から武斗を夜狩人として鍛え上げるかのような行動を取ってきた。こちらにも都合があると言って。

 そこから導き出される答えに、来るべきそのときに対して、照臣は険しい顔で唾を飲み込んでいた。

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