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黒の守護者  作者: K-JI
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明けた夜

「堂本さん。仇、とってやったぜ? これで、心おきなく天国で過ごせるだろ?」

 それが、誓いを果たしたその足で堂本が殺された場所に行き、法着を纏った武斗が口にして堂本に言った報告の全て。残りの報告と、今堂本に語りかけたいことはすべて、誰にも聞かれないように心の中でしばらく喋り続けていた。

 懐かしそうに、そして寂しそうに。

 やがて語り終えると、また来るぜと言って武斗は立った。あとは家に帰るだけなのだが、公的交通手段はまだ動き出しておらず、それまでにはまだ数時間がある。このままここら辺りで時間を潰し、始発に乗って帰ろうかと考えたが、そうもいかない事情に気づき、武斗は試しにヤナガを呼んでみた。どうせいないだろうと思っていたのだが、その予想に反してヤナガはその呼びかけに答え、姿を現した。思わず、武斗は意外な顔をして「い、いたのか」と呟いてしまった。するとヤナガは不機嫌そうに「我の勝手だ。用がないのなら我の名を口にするな」と言って、すぐに姿を消そうとした。

「て待て。お前に言いたいことがあんだよ」

「我にはない」

「そう怒るなって。その、お前にまだ礼を言ってねえからよ。だから」

「不思議なことを言う。なぜ貴様が我に礼を言う必要がある」

「そりゃあ、お前がいなかったら、こうして仇を討てなかったからに決まってんだろ。お前が俺に色々教えてくれたり、武器まで用意してくれたから、こうして勝てたんだ。だから、やっぱちゃんと礼を言うのがスジってもんだろ」

 武斗はそう言うと、真っ直ぐな瞳で「ほんとにありがとうな。感謝してる」と頭を下げた。

 それを見たヤナガは「本当に理解できぬ生き物だ。人間というやつは」と、どこか嬉しげに言うと、こう付け加えた。

「しかし、こういうのも悪くはない」

 その後、帰るにも武具を持ってでは帰れないから預かってくれないかと武斗に頼まれたヤナガは、今宵は特別だと言って武斗を背中に乗せて、自宅に送り届けた。

 そうして家に帰ってきたのは午前四時。武斗は布団の上に横になると、すぐに寝てしまい、目を覚ましたのは午前十時過ぎだった。

 大々的な遅刻は今に始まったことではない武斗は、毎度同じく慌てる様子なく、まだ眠り足りなさそうな目で洗い場に向かい、傷だらけの顔を洗った。

 水は顔の傷口を刺激し、寝ぼけ眼の武斗をしゃきっと目覚めさせた。すると、武斗は「だり〜」と呻くように呟いた。

 昨夜の疲労に加え、仇をとったことで、それまで溜まりに溜まっていた精神的肉体的疲労が一気に吹き出したのだ。しかも睡眠時間は六時間弱。だるくない方がおかしいだろう。その中で救いと言えば、堂本の仇を討てたことで心の中のわだかまりが一つ解消され、久々に心が晴れているということと、偏頭痛がおさまったということ。

 しかし、それはそれ。

「今日はこのまま休んじまうか……。どうせ今から行っても四時間目だし、今日は五限で終わりだし……」

 口にそう出すと、さらにダルさは増し、すっかり休む気になっていった。そうして部屋に戻り、おにぎりを食べながら部屋の隅に置いてある、昨夜使った一組のクローナイフを見ると、仇を討てた実感を改めて噛みしめた。

 間違いなく、自分の手で堂本さんの仇を討ったのだと。

 武具がここにあるのは、餌としての呪術はまだ生きており、照臣から借りた呪術を弱める法着はあるが、完全に打ち消すことは出来ないということで、万一の場合を用心して置いていた。ただ、この物騒な代物をこのまま畳の上に置きっぱなしというわけにはいかない。武斗は押し入れを開け、しまうスペースをどうにか確保すると、段ボールの中にそれを突っ込んだ。

「さて、もう一眠りするかな」

 武斗は二度寝をしようと再び布団の上に横になる。と、視界にあった携帯電話に、武斗は少し気が重くなった。

「ああ……、あいつが残ってたか……」

 仕方ないと、とてつもなく深いため息をこぼすと、重い腰を上げて制服に着替えて、疲労感たっぷりの疲れた体を引きずって学校へと向かった。

 学校に着いたのは四時間目もあと十数分で終わるという頃。教室に入ってきた武斗に教師は何も言わず、紗夜は険悪な視線を向けると、昨日なかったはずの擦り傷に気づき、少し驚いた顔をしていた。そして唯一声をかけてきた慎二は、武斗の顔の傷を見て「なに? まだ喧嘩売ってくるお馬鹿さんがいんのか?」と言ってきた。

 これに武斗は「そんなところだ」と冗談交じりに答えて席に着き、武斗にとってはあっという間に四時間目が終わった。

 さあ昼食だと立ち始める生徒たち。武斗も慎二と購買に行こうと席を立った。しかしその行く手を阻むように紗夜が立ちはだかった。しかもその表情は半分心配し、半分怒っている。

 武斗はやっぱりなとため息を漏らし、これは武斗の管轄だと言わんばかりに慎二は一歩下がった。そして周囲の生徒たちは、二人を注目した。

「楯村くん……。どうして、遅刻したのですか?」

「男の事情だ」

「……喧嘩、ですか?」

 喧嘩とは違うが、相手を倒すまで戦う、という意味だけで言えば同じだな、などと頭の中で答えていた武斗だったが、紗夜が喧嘩というキーワードに敏感に反応している様に、また余計な心配をさせてしまうかなと、「いや、ただの寝坊だ」と嘘を付いた。

 しかしこの回答を不服とし、紗夜は「それでは、その傷はどうしたのですか?」と、昨日八城神社で別れるまではなかった傷について問いただす。

「ああ、これか。昨日アパートの階段から落ちちまってな」

「本当ですか?」

「お前な……、ちっとは俺の言うこと信用しろや」

「楯村くんは素直じゃないから、信用できません」

 自分が素直ではないことは武斗自身知っている。それに、そもそも武斗は嘘を言っているのだから、信用できないと言う紗夜が正しいわけで、それを頭ごなしに怒るわけにもいかない。相手が慎二や頭の悪い友人なら、殴って黙らせるところだが。

 どうしたものかと考え、武斗はある日の記憶を思い出し「じゃあどうしたら信用できるってんだ? まさかあのときみたいに、またパフェ奢れなんて――」と言いかけたところで、また別の記憶を思い出していた。

 それは、滝から堂本の死を知らされ、アパートから出て行くときに紗夜と約束したこと。

 用が済んだら好きなだけパフェを奢るという、まだ果たしていない約束。

 一方紗夜は、武斗にそう言われてその日のことを思い出していた。線路下のトンネルで泣いた後のことを。あのときのそんな会話を武斗がこうして覚えていたことが、とても嬉しかった。おかげで怒りと不安はほとんど吹き飛んでしまっていた。

「覚えてくれていたんですか?」

「そりゃあ、あんだけたかられりゃあな」

「そんな……! 私、あのときそんなに食べてません!」

「ふっ……」

「楯村くんっ……! 楯村くん、ほんとに意地悪です……!」

 これで主導権は完全に武斗のものとなり、武斗は、主導権を奪われ少し拗ねるような表情の紗夜の肩にぽんと手を置くと「今に始まったこっちゃねえだろ?」と笑い、そのまま教室から出て行っていった。

 そんな武斗をしばし呆然とした顔で見送っていた慎二は、はたと我に返り武斗の後を追った。また他のクラスメートたちのほとんどは、複雑な心境に陥っていた。そしてまさみは、難しい顔をしてう〜んと唸っている。

「どうしたの? まさみ」と里子が声をかけた。

「いやあ、今の取り組みだけどね?」

「取り組み?」何の話をしようとしているのかと里子は首を捻る。ちとせも同様に頭にクエスチョンマークを浮かべている。

「立ち会いは御子杜さんのがぶり寄りで、いっきに勝負が決まるかなと思ったら、楯村くんがものの見事にうっちゃりで御子杜さんに土を付けた、って感じで、なかなか見応えのある相撲だったなあって」

「相撲の話、だったんだ……」

「しかしなんていうか」と、今度はちとせが今のやり取りを振り返った。

「うまくなったよね。楯村くんの、御子杜さんのかわし方というか、扱い方というか」

 まさみと里子は、確かにと言うと、うっちゃりで負けたにもかかわらずどこか嬉しそうな紗夜に、激しく首を縦に振っていた。

 その後、昼休みが終わり、五時間目も終わると、武斗は「終わった終わった」と大きく伸びをした。そんな武斗をからかうように「昼飯食いに来ただけのようなヤツが、なに言ってんだか」と慎二は笑った。

「うるせえ。こっちは色々と大変だったんだ」

「何が大変だって言うんだ?」

「色々だ。色々」武斗はそう言って席を立ち、帰り支度をしている紗夜の席へと向かった。

「御子杜」

 武斗の声に、紗夜は「はい」と答えながら振り向く。

「お前、今日何か予定あるか?」

「い、いいえ……?」そう答える紗夜の心臓は少し早くなっていた。自分から同じようなことを言ったことは何度かあるが、武斗から言われたのは初めて。それだけのことなのだが、妙にどきどきしてしまっていた。

「ならちょうどいい。約束、まだ果たしてなかっただろ?」

「約束、ですか?」

「用が済んだら、好きなだけパフェ奢るってやつだよ」

「あ……」

 紗夜はすぐに思い出した。その約束を。そして、脳裏に焼き付いているあの日の武斗の姿を。

 それはとても辛く、とても悲しい記憶。紗夜にとってもそうだが、誰よりも、兄と慕う人が殺されたと聞かされ、悲しみに打ちひしがれ、ありったけの涙を流した武斗にとって。その記憶を呼び覚ますようなこの約束を口にした武斗は、今どんな気持ちなのだろうと、胸がきゅっと締め付けられた。

 そんな紗夜の心情など、彼女の性格を理解してきた武斗にはよく分かる。だから武斗は、紗夜の頭をわしゃわしゃっと撫でると、「んな心配そうな顔すんな。俺はもう大丈夫だからよ」と言って笑った。

 その笑った顔が無理に作っているものでないことは、雰囲気から分かる。紗夜の心のどこかにまだ辛い気持ちはあったが、それでも、武斗の笑顔に安心することができた紗夜は、ほっとしたような、そして心底嬉しそうな顔を浮かべていた。

 それを見て、武斗は「それとも、腹でも痛いのか? だったら今日は無理だな」などと冗談を言うと、紗夜も「例え痛くても、全然大丈夫です。せっかく好きなだけご馳走してくれるのですから」と笑い返していた。

 これで話がいったんまとまると、武斗はちとせにも「そういや、川村にも奢るって言ったよな」と声をかけた。

「え!? あ、私はいいよ」ちとせはそう言って遠慮する。

「そういうわけにはいかねえよ。つうか、できればお前が来てくれると助かるんだが」

「……?」

「食い始めた御子杜の暴走を止める自信がねえんだ……」

「……なるほど」ちとせは、紗夜に視線を向けると、何となく納得していた。なにせ、紗夜は武斗に対してのみあまり容赦しないという印象がちとせにはある。そして紗夜は、自分を見るその視線に抗議の目を向けていた。

 結局、まさみと里子も同行することとなった。それはちとせの策略によるもの。その目的は、もう少し二人にも武斗に慣れてもらおうということだった。いかんせん、武斗に対する怖いというイメージがまだまだ強い。武斗の別の一面をほとんどその目で見たことなく、九人相手に一人で喧嘩し、相手を血まみれにした光景を見てしまっているのだから、当然なのだが。

 なお慎二は、そういう色々かと笑いながら帰っていった。てっきり一緒に行くと言い出すのかと思っていたちとせたちだったが、居心地の悪い思いをしてまで一緒に行きたいとは思わなかった慎二の内心は、武斗にはよく見えていた。

 そうして武斗は四人の女の子を連れて、というより、四人の女の子が武斗を連れて、パフェが美味しいと評判のお店に向かった。そこはデパートのレストランフロアにあるフルーツパーラーで、評判どおりに繁盛しており、満席の為に二十分待たされた。その間、紗夜たち女性陣はお喋りに花を咲かせ、武斗はときおり会話に参加する程度で、主にぼんやりと考え事をして過ごした。

 ようやく席が空き、店内に入ると、当たり前だが若い女性客がほとんどだった。そんな中に武斗が入ればただでさえ目立つというのに、女の子四人に男一人という組み合わせとなれば、さらに際立つ。

 この手の視線は経験したことのない武斗。あまりの居心地の悪さに、店内に入って早々、帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。しかもそんな武斗の気持ちを無視するように、紗夜たちは何を頼むかで花を咲かせる。武斗としては、どれでもいいからさっさと頼んでさっさと食えと言いたかったが、喉まで出掛かったその台詞をぐっと飲み込み、どうにか乗り切っていた。

 最初に注文したのは、五人分のパフェ。武斗はアイスコーヒーだけのつもりだったが、勝手に注文されてしまっていた。そして五つのパフェが完食されると、ケーキ四つとホットコーヒー三つに紅茶二つが注文され、ケーキ四つが完食されると、パフェ二つとケーキ二つが注文され、さらにパフェ二つとケーキ一つが注文されていった。

 この展開に、武斗は思わず「昼飯食ってそんな経ってないってのに、よくもまあそんだけ食えるよな」と呆れ顔で感想を述べた。

「女の子には、別腹という便利なものがあるのよ」とちとせが得意げに言う。

「随分とでかい別腹だな。ブラックホールにでもなってんじゃねえか?」

「それは認めるわ」

「認めんなよ」そう言って武斗は笑い、紗夜を見ながら今度はため息混じりに言った。

「つうか、これじゃあ御子杜を四人連れてきたようなもんじゃねえか」

「そんな意地悪言う楯村くん、嫌いです」しかしそうは言うものの、紗夜は楽しげにすまし顔をしている。

「俺も、こっちの財政事情をまったく考えないお前らが嫌いだ」と切り返す武斗の顔も、とても穏やかに笑っている。まさみと里子が目を丸くして驚くほどに。

 そんな他愛ない会話を、笑いを交えながらしている最中、武斗はふと思っていた。

 こんな気持ちで笑えたのは、どれぐらい久しぶりだろう、と。

 武斗にとってのこの二週間は、それぐらい長く感じられるものだった。その中でも特に、堂本の死を知ってから今までの約一週間は。

 そしてそんな武斗を見た紗夜は、傷つきボロボロになっていた武斗の心にようやく安らぎの火が灯ったのかなと心の底からほっとし、大声で泣きたいぐらいに嬉しく思っていた。

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